第16話

 全身粘液まみれのまま湿地帯を歩き回るわけにもいかず、ガレリアとリーフィに合流してすぐ、俺は水たまりで体を洗い流すことを提案した。

 少し離れた場所で、気を失ったままのフェリカを洗う女子どもの声が聞こえてくる。


「フェリカちゃん、こんな液体まみれにされちゃうなんて……。ディアスちゃんはそういうプレイが好きなのかしら」

「最低、下劣」

「聞こえてんぞ、お前ら」


 背を向けていなければ、今すぐにでもぶん殴りに行っているとこだ。よかったな、俺が紳士で。

 頭から水をかぶり、少しべたつく身体をボロ布で拭き上げる。脱いでいた服を着てコートを羽織ってから、腰に本をぶら下げた。


「それにしてもフェリカちゃんの身体、キメが細かくてほんとに綺麗ねぇ」

「ここ、スベスベ。あ、ヌルヌル、間違い」

「やぁだもう、リーフィちゃんたら。それならこっちはどうかしら」

「フェリカ、反応、いい」

「ね! 楽しくなってきちゃったわ!」


 あいつらは何をしているんだ、全く。追求する気も、ましてや知りたくもないため、俺は、呑気に水の中で泳ぐヴェインに「おい」と呼びかけた。


「そろそろ出発するぞ。早く出て用意しろ」

「あ、うん!」


 水を滴らせながら上がってきたヴェインは、だが身体を拭くのに手が進んでいないようだった。


「ヴェイン、何考えてる」

「え? あぁ、その、なんでここは、こんなに雨ばっかり降るんだろうって思って」

「は?」


 余分なことを考えやがって、と思う反面、ガキらしい疑問だとも思った。だからボロ布でヴェインの頭を乱暴に拭いてやりながら、


「創世の女神様が泣いた跡だとも、やれこの地形が降りやすいからだとも、そもそも気にするなとも言われているな」

「詳しいことはわかっていないの?」

「俺らが生まれるより、ずっと前のことだからな。ヴェイン、お前は今いくつだ」


と拭く手を止め、あとは自分で身体を拭けとボロ布を押しつけた。


「僕は十三。ディアスは?」

「俺のことはどうでもいい。ヴェイン、お前は十才の頃を覚えているか」

「えぇ? んー、誕生日に美味しいお肉食べたりとか、あと、贈り物もらったりとか、かなぁ」


 身体を拭き、今度は服を着ながら、ヴェインが首を傾げる。ちなみに俺も、俺がガキの頃なんて早々覚えちゃいない。思い出したくもないしな。


「そうか。じゃあ、十才の今日と同じ日に、何をしていたかは?」

「え、えぇ? そんなの覚えてないよ……」

「そう、それが当たり前だ。まぁ、日記という形で記録をつけている奴もいるとは思うが。俺はその歴史を記録するのが仕事で、天降る国この国ではそれをする奴がいないんだろうな」

「ふーん」


 服を着終えたヴェインが「出来た!」と腰に剣を差した。それを視線だけで確認すると「ガレリア」とまだ頼りにできるやつの名を呼んだ。もちろん振り向かずに。


「はぁい」

「出来たか」

「それなりに?」

「よし、なら」


 遠慮なく振り向き、俺は冷静に顔を反らした。


「なんで三人とも脱いでんだ」

「せっかくの水入らずなんだし、絆を深めようかと思ったのよ」

「そういうのは宿でしろと言っているだろうが」


 ヴェインを背中に隠しながら吐いたため息は、虚しくも雨音に掻き消されてしまった。

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