第34話 もしも、の話(怪物伯side)


 ◆


「ユーリウス様ぁ♡ これ、とてもかわいいですわぁ♡」

「あぁ、そうだな……」


 ユーリウスは辛うじて返事を返す。正直、心底どーでもよかった。

 最初は、こうした女性向け雑貨屋も三店舗目。最初は『アイル殿へのプレゼントに役立つかも!』と乗り気でメルティ嬢の話を聞いていたが、それが悪手だった。


 元より、ファンシーな趣味があるわけでもないのだ。

 菓子は作るのも食べるのも好きだけど、別にウサギのぬいぐるみを自室に飾りたいなど思ったことはない。実際にアイルの部屋は『俺の考える女の子が好きそうな部屋』にしてみたが、別に自分が好きなわけではないのだ。ただ、『俺の考える女の子が好きそうな部屋』にしただけで。……実際の彼女の趣向を知って、部屋に世界各地の酒瓶を並べるかといったら、それは違うと思うけれど。


 根本的に、似たような店を三軒となれば、単純に飽きる。


 ――しかも、この喋り方もくどいよなぁ。


 舌足らずな喋り方はわざとなのだろう。五人で食事をしていたときは、もう少しまともな話し方をしていたはずである。ユーリウス自身にはあまり経験がないが、男を口説くために敢えてこのような話し方をしているのだろう。女とはそういう生き物だと、いつかリントが言っていた記憶がある。


 ――あれ?


 そこで、ユーリウスは気づく。


 ――少し前まで、こんな女性を好ましく思っていなかったか?


 それこそ、メルティ嬢は申し分のない美少女である。そんなお嬢様が、あからさまに自分を好いてくれている。それこそ、頼めば『メルたん』『ゆーたん』と呼び合えそうな雰囲気だ。


 うんざりしながら聞いていた彼女の好みの話も、まさにピンクなど女性らしいものが好きな様子。ユーリウスが用意した部屋や甘いパンケーキな朝食も喜んでもらえそうだ。なんなら、一緒にお菓子作りもできるかもしれない。


 まさに、理想の女性像のはずなのに。

 ここにいるのが、なぜのんべえ聖女のアイルではないのか――と、残念でしょうがない自分がいる。


 ――昨日、アイル殿と回った食料品店巡りは楽しかったな。


 もちろん、酒屋もたんまり見て試飲して回ったのだが。それでも、やれこの酒にはこのつまみが合う、など話題には事欠かなかった。天空城に戻ってからも、この食材は燻製にしよう、どの木材で燻してみようなど話し続けていたほどだ。


 いつの間にか、メルティ嬢の買い物も終わったらしい。

 ユーリウスは無意識にたくさんの荷物を持たされていた。店から出て当たり前のようにさらに手を差し出してくる彼に、メルティ嬢がわざとらしく縋りついてくる。


「や、やっぱり荷物は全部自分で持ちますわっ!」

「それより腕から離れてくれたほうが助かる……が、こんなに買い物していいのか?」


 本当に荷物と言っても酒樽などでないのだから、どうってことないのは確かなのだが……彼女は旅の途中のはずなのだ。それなのに、こんなかさばる雑貨ばかり買って、旅の邪魔にはならないのか。両腕に下げている袋はそろそろ十を超えそうだし、肩に担いている贈呈箱は五つが絶妙なバランスで積まれている。


 ユーリウスは歩きだしながら案じてみれば、小走りでついてくるメルティ嬢が「ぷう」っと頬を膨らませた。


「わたくしの何が不服なんですの?」

「不服も何も……ただ冒険者としてのきみの状況を案じただけで――」

「違います。ユーリウス様は、そもそもわたくしのこと自体がお気に召さない様子ですわね?」


 率直に、心を見透かされて。


 ――こういう聡いところは、さすが令嬢だな。


 女性ならではの鋭さに感心しながらも、ユーリウスはため息を吐いた。


「お嫁さんのいる男が、他の女に目移りするほうがおかしいだろう」

「でも、まだ籍を入れてないのですよね?」


 その疑問に対しては、ユーリウスも眉根を寄せるしかない。

 本当に、たった三か月分にも満たない給金で、女性の一生を買ってしまっていいのか。

 そんな良心という器に入った気の弱さがないわけでないのだから。


 メルティ嬢が小さく愚痴る。


「怪物伯がこんな素敵な方って知ってたら、わたくしお見合いを断らなかったのに。お父様ったら……」


 ユーリウスが縁談の打診をしたあと、彼女が父親とどのようなやりとりがあったのかわからない。彼女の言い分からは父親が一方的に断ったようだが、実際は彼女が『化け物伯なんか』と一蹴した可能性だってある。


 ――でも、もし彼女とお見合いが順調に進んでいたら。


 そんな可能性を、ふとユーリウスは想像してしまった。


 お見合い三十連敗なんかせず、二年前くらいに結婚式を挙げていたかもしれない。

 だったら、今頃彼女との間にこどもが生まれている可能性だってある。

 あの天空城でも、幼児が走り回っていたら、それなりの活気が生まれるだろう。リントなんてずっと怒っていそうだし、ヴルムは馬代わりに四つん這いさせられているかも。


 ――でも、なんだろう。

 ――何かが、物足りない気がするのは。


 近くでは、子連れの女性たちが防壁クリスタルの前で談笑をしていた。こどもたちはロープ柵の中で遊んでしまっているが、母親たちは話に夢中で気が付いていないらしい。


 この防壁クリスタルとは、名前の通りこの町を守護する結界の核となる魔力の結晶体だ。基本的な管理は教会組織が一任している。そんな大事なものを外に出しておくなという話もあるが、結界魔法の透過性の問題で、どうしても屋外に設置する必要があるとユーリウスも聞いたことがある。だから、この防壁クリスタルが住人の待ち合わせ場所になったり、町のシンボルになっているところも少なくない。


 そんなよくある平和な光景を尻目にしながら、ユーリウス尋ねてみる。


「……メルティ殿は、甘い物が好きか?」

「はいっ、すごく好きです」

「そうか……料理する男って、どう思う?」

「コックはたいてい男性では?」


 たしかに、貴族である彼女からすれば、料理とは大きな厨房で専用の料理人を雇っているのが当たり前だろう。ユーリウスは、単純に自分かリントかヴルムが料理するしかないから、必然と自分も料理を始めて……甘い物が好きだったから、自分でも甘い物を作るようになっただけだったが。


 気が付けば、メルティ嬢の機嫌が戻っていた。


「天空島ってどういうところなんですか? 実はきれいなところだったりするんです?」

「俺は綺麗だと思う。年がら年中、何かしらの花が咲いているしな」

「わあ、わたくしも行ってみたいですわぁ♡」


 ――これは、俺が彼女に興味があると思われてしまったのだろうか。


 そういうわけではない。単に、ユーリウスは比較してみたくなっただけ。

 その結果を鼻で笑ってから、ユーリウスは清々しい顔でメルティ嬢に告げる。


「なら、アイルに聞いておくよ」

「え?」


 あからさまにメルティ嬢が傷ついた顔をしていたが、ユーリウスはもう迷わなかった。


「俺とアイル殿二人の家なんだ。彼女の許可をとるのは当然だろう?」

「そんな、どうしてわたくしがあんな酒飲み女なんかに――」


 メルティ嬢が再びユーリウスの荷物をこれでもかと持った腕に縋りついてくる。


「どうかもう一度わたくしにチャンスをください! 天空伯ともあろう高貴な貴方様には、もっと貞淑な伴侶が必要なはずです!」


 と、可憐な女性に上目遣いで涙ぐまれたら、誰もが一瞬うろたえるであろう。

 だが、ユーリウスはそれどころではなかった。


「おい、さすがにそんな体重をかけられたら⁉」


 わずかな体の傾きにより、絶妙なバランスでユーリウスの肩に積まれていた小さな箱がメルティ嬢の頭の上に落ちる。


「きゃあっ」


 よろめいた彼女はロープ柵ごと倒れそうになるも、そんなことは些末なことだった。ただ、それを避けようと慌てたこどもが、転んだ拍子にクリスタルにぶつかって。


 クリスタルのわずかなヒビから、徐々にその光が消失していく。

 そして、空に張られた障壁がパリンと割れた。


 突如、町の入り口のほうから悲鳴があがる。


「ま、魔物だああああ⁉」

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