第7話

 夜の暗闇が無くなり、夜でも平気で人が歩き、誰も暗闇を怖がらなくなり、噂もしなくなった。妖怪たちは存在しづらくなってしまい、消えていく者さえ居たと檸檬は切なそうに言った。


 そんな弱い妖怪を見かねて、古き妖怪の隠れ婆が身を隠せる世界を創り出してくれた。その噂を聞いた沢山の妖怪が集まり、そこで商売や仕事をするようになったのが、この『奇界きかい』という事だ。


 『奇界きかい』に立ち寄ることは、気軽に出来るが、住むとなると隠れ婆の許可が必要になる。隠れ婆に嫌われれば、追い出され、二度と立ち入ることすら出来なくなるらしい。


 参道から祭りの賑わいが薄れ、小さな祠の前に辿り着くと、檸檬が背中を押して祠の前に立たせた。小声で『あとはアンタしだい』と言うと、世界がぐにゃりと歪んだ。


 林の中で小さな祠を前に立っていたはずなのに、いつの間にか立派な梁や柱で出来た日本家屋の室内と思われる襖に囲まれた和室にいた。


「さて、あんたは使える子かい?」


 部屋の奥から甘い香りと共に皺枯れた声が聞こえた。声のした方に近付くと小柄な和服姿の年寄りがキセルを咥えて座っていた。


 頭の天辺で白髪まじりの髪をまとめかんざしで止め、落ち着いた色の着物には丁寧な柄が織り込まれていた。口に咥えた長めのキセルからは先ほど香った甘い香りの煙が漂った。


 返答に困っていると、小柄な年寄りには思えない鋭い目つきでニャモを睨みつけた。思わず尻尾が伸び、耳が下を向く。


「やれやれ。挨拶も出来ないのかい?」

「あ、あの。ニャモって言うにゃ」

「で、ココに何しに来たんだい?」

「檸檬が連れてきてくれたにゃ。ニャモは、ニャモは・・・」


 何をしに?と聞かれると分からなかったので、今まで起きた事を丁寧に話してみた。老婆は黙ってニャモが話し終わるまで待ってくれた。


 話し終わると、老婆は立ち上がり、ニャモに近付いた。小柄と言っても猫のニャモより倍くらいある老婆の姿は強烈な威圧感を放った。


「アタシは隠れ婆だ。ここはアタシの街だ。住みたきゃ、しっかりアピールしな」


 喉が渇いて声が出なかったかわりに、一生懸命頷いた。


「なら、仕事を探しな。仕事を見つけて居場所を作りな。仕事が出来なきゃ、ココでは取って食われるだけさ」


 大きく開いた隠れ婆の口から甘い香りが漂った。ニャモの髭が針金のように引きつり、身体が膠着した。


「檸檬、檸檬。アンタが連れてきたんだ。世話をしな」


 気付けば、小さな祠の前に立っていた。気が抜けて腰から崩れたニャモを笑顔の檸檬が出迎えた。

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