第3話

 掴んだ情報に満足して、マンションから駆け出す。地面に降り立ち何度か跳ねると、尻尾が2本に変わっていた。街に落ちる闇に紛れながら、住宅地を駆け抜ける。徐々に身体が薄青く変わり、影に溶け込み始める。


 今なら、人とすれ違っても風が吹いた程度にしか認識されないだろう。身体は薄青色から、半透明になり輪郭がボヤけ始める。街の外れにある神社の鳥居の前まで辿り着くと、辺りを見回し、人が居ない事を確認する。


――――かごーめ、かごめ


 鳥居の下で、半透明の猫が2本脚で立ち上がり、うたい始める。月明かりが身体を妖艶にきらめかせる。


――――籠の中の鳥は いついつやる

――――夜明けの晩に 鶴と亀が滑った

――――後ろの正面だあれ?


 うたい終わると、鳥居の向こうで薄いカーテンが風に舞うように、ゆらりと風景が揺らいだ。


 暖簾のれんをくぐるように、揺らいだ風景をめくると、祭囃子まつりばやしが耳に届いた。風景の中に顔を突っ込むと、同じ風景に先程までは存在しなかった露店が立ち並んでいた。


――――人の世界を1枚捲れば、妖怪の『奇界きかい』へと変わる

――――隠れ婆かくればばあが創る神隠しの世界


 静かだった神社は喧噪けんそうに包まれ、多くの者が露店へと足を運ぶ。今日が特別な日では無く、この神社では朝が来る事は無く、休むことなく祭囃子が鳴り、祭りが続く。

 

 賑わう参道を慣れた足取りで駆け抜けると、少し開けた場所に出た。そこでは祭囃子の賑わいも聞こえず、灯火ともしびだけが辺りを照らしていた。


 灯火は中央の木造の祠を照らし、ゆらゆらと影を落としていた。犬小屋程度の大きさの祠の前に座り、息を整える。


隠れ婆かくればばあ、帰ったんにゃ」


 手のひら程度の大きさの祠の扉が少しだけ開いた。「入っておいで」とぼそりと声が聞こえた瞬間、小さな扉に身体が吸い込まれた。


「ただいまだにゃ」


 いつの間にか広い和室に座り込んでいた。特に気にするでも無く、奥に座る相手に向かって、片手を上げて挨拶を交わす。


 和室の奥で、キセルを口に咥えた年老いた和服姿の女性が背中を丸めて座っていた。


「報告しな、


 口から煙を吐きながら、低い声で隠れ婆がニャモに声を掛けた。ニャモは、尻尾を身体に巻き付けながら、隠れ婆の前に座り込んだ。


大茂木会おおもぎかいの真田のオンナ宅に忍び込んで本人から聞き得た情報だにゃ」


――――会合の日時は、来週××

――――清流会の和田が会合に出席

――――会合の目的は、××――――


 知り得た情報を伝えると、隠れ婆は聞いた情報を紙に書き綴る。目的の情報は得たと纏めた書類を紐で縛ると、空中へ投げた。投げた書類は、闇に溶けるように掻き消えた。


「まったく何日も時間かけて、要領の悪いったらありゃしない」


「んにゃこと言っても、アイツ猫嫌いだったんだから仕方ないにゃろ」


 近付いた瞬間に蹴っ飛ばされた記憶を思い出す。仕方ないから、アイツの女の家を探し出し情報を得るなんて手間をかけた。


「だから何度も言うように、猫として行動するんじゃないよ。お前は猫又なんだから」


 隠れ婆は、ニャモの髭と耳が下を向くのを眺めながら説教を続ける。


「猫又って言えば幽体化、火、変化や呪いなんて習得できれば、さらに猫又としての箔が上がるってのに、お前ときたら」


 こうなると隠れ婆の説教は長くなる。人間世界で猫として隠れていた時間が流すぎて、妖怪としての自覚が薄いのは、自分でも分かっている。


「分かってんのかい?化け猫は猫の変化だ。だけど猫又は猫じゃない元から妖怪だ」

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