第2話 愛のコトバ 妻目線

「君は、そこでなにをしているんだい」

 旦那様が言いました。

「君の手の中にいるその子はもう、抜け殻になっているよ」

 降りしきる雨がどんどん私を打ちつけて、私はどんどん悲しくなりました。

「どれ……」

 旦那様は、水たまりに倒れ込んだまま立ち上がろうとしない私の傍にしゃがみ込んで、私の腕からそっと子猫を抱き取りました。

 旦那様の柔らかな眼差しが、しばし子猫に向けられた後、私の背後に向けられました。

「そのままでは、君の目には映らないね」

 旦那様は子猫を抱いていない方の手で、そっと私の瞳を覆いました。

 その手が触れた時、ぼわりとした暖かさを感じ、靄がかかったような淡い黄色の光が見えたような気がしました。

「さあ、立ち上がって、後ろをご覧なさい」

 静かで低い旦那様の声が、私に生気を吹き込みました。

 私は水たまりの中でゆっくりと体を起こし、旦那様の言葉通りに振り返りました。

 そこには、寄り添う体の透けた二匹の猫がいました。

 その内の一匹は、今し方まで私が抱いていた、あの子猫にそっくりでした。

「お母様……」

 なんとなく、そう感じました。

 子猫の体にあった透けたものが、同じく透けた母猫に甘えている。

「うん……わかったんだね、君には」

 次第に遠ざかっていく二匹が、一瞬だけ私を見たような気がしました。


 ありがとうございました。


 こころにそのコトバだけが溢れ、気づけば私は涙を流していました。


「私は……なにもできなかったのに」

「いってしまったね……あの子たちには、こころがね……伝わるんだ、直に」

 旦那様の声が、ゆっくりと重く深く私の中に染み込み、私はそれに酔ってしまったかのようでした。

「埋葬しよう、一緒に。それが終わったら、私と一緒になってくれないか」

「え?」

 私はすぐさま問い返しました。

 その時、私は初めて旦那様の顔をハッキリと認識したのです。

 どきりとしました。

 雨に打たれて冷たくなった服の内側が、急に燃えるようにあつくなりました。

「得体のしれない不気味な男の妻には、なってもらえないかな?」

「いえ、そんな……でも、どうしてこんな、泥まみれの私を?」

「君がきれいだから」


 君が、きれいだから、と。

 そう言って。

 旦那様は、照れたように笑ったのです。

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