5 2度目のキャンパスライフ
アキラはカウンセラーを目指した時と同じ大学に、精神科医として再び入学した。
ここから6年間医師として勉強することになる。
実家にも一応報告しようと思い、母親に連絡した。
「もしもし、母さん?ボク、アキラ。カウンセラーになろうと思ったけど、やっぱり医者になるよ。ボクは精神科の医師になる」
「そう、お父さんもアキラが医者を目指すのなら、きっと喜ぶわ。医師を決断したのなら、最後まで貫き通しなさい」
「うん、また世話になります」
「何言ってるの。気にしなくてもいいのよ。とにかく、アキラが医師を目指してくれるだけでお母さんもホッとしたわ。これで全員医師になるんですもの。お父さんも安心すると思うわ。ちゃんと伝えておくわね」
「うん、ありがとう。それじゃ、また…」
電話を切った後アキラは、医師を目指すということへのプレッシャーを、少し感じていた。
医師の勉強は学ぶことが多く、カウンセラーとは違い、新たなことが多かった。
そんな時に各地で震災が起き、アキラは、必ず精神科が必要になると思った。今こうしてまだ自分が学生でいることを、もどかしく思えた。
そして長男の優斗は、既に外科医として働いていた。次男の光は研修医としてあちこちの病棟を周り、小児科にしようと考えていた。
これで白井家は兄弟全員、医師になることになった。
「センパイ、やっぱりここにいたんですか。探しましたよ」
こう、馴れ馴れしくアキラに話しかけてきたのは、工藤聖良だった。
聖良はアキラと同じ医学部で、歳もまだ二十歳にもなっていない。
一度授業を受けた時に、たまたま隣の席に座り、アキラが消しゴムを拾ってあげた。
その時から何かしらあると、アキラに話しかけてくるようになった。
アキラは少し聖良がうっとうしかった。というか、面倒臭いと思っていた。が、年齢が他の人よりも上だということを知られたくなかったのだ。だが聖良は、アキラが消しゴムを拾ってあげた時、
「ども、サンキューです。なんかお兄さん、歳上っぽいですね。いくつなんですか?」
「まあ、君たちよりは上だよ」
「そうっすよね。なんか雰囲気が違うなと思って。オレ、工藤聖良って言います。聖良なんて名前だとよく女子に間違われるんすよ。センパイの名前は?」
「白井アキラ」
「そうっすか。アキラセンパイですか。これも何かの縁です。これからよろしくです」
聖良はそう言うとグータッチを求めてきた。
アキラはこの時、長い付き合いになることはないだろうと思い、適当に聖良に合わせてグータッチを返した。
それからというもの、食堂や自動販売機、中庭テラスまでアキラの後をついて来るようになった。
そしてこの日も、テラスのお気に入りの場所で読書をしていると、聖良が息を少しだけ切らしながら、アキラのところにきたのだった。
アキラは正直、このテラスでの読書の時間は、一人でゆっくりと過ごしたかった。
業間にテラスにきては、花壇の、白やピンクや赤の小さな花たちが、風にそよそよと揺れるのをそっと見守り、自動販売機で買ったブラックコーヒーを、少しずつ飲みながら、花たちと同じ風を受け、深く深呼吸をし目を閉じては頭の中で授業の復習をする。
そしてその後は好きな本を誰にも邪魔されずに読む。
何気ない時間だが、アキラにとってはリフレッシュてきる、貴重な時間だった。
そんな大切な時間に、聖良は、アキラを探してきたのだった。
アキラは断るのが苦手で、聖良を邪険に扱うことはできなかった。
「今度は何?」
「合コンっす。男四人、女の子四人なんすけど、どうしても男一人が足りなくて、この通り!お願いします!」
「また合コン?懲りないね。女の子は可愛い子いるの?」
アキラも男だ。合コンは面倒臭いが、女の子は興味がある。
「大丈夫。今度は文学部のかわい子ちゃんみたいっすよ。オレの仲間が言ってました」
「そう、それじゃ行くよ。いつ?」
「それが急なんすけど、今日の6時からっす」
「ほんとに急だね。まあ、予定ないからいいけど。場所は?」
「なんか最近できたオシャレなカフェらしいっす。オレの友達が知っているみたいなんで、一緒に行きましょう」
「わかった。じゃあ集合場所はここで。時間は?」
「四時半にしますか」
「OK。じゃあまた後で」
「サンキューっす」
聖良は頭を下げてから手を振りながら、その場を離れた。
アキラは合コンも少し面倒臭いと思っていたが、そこは男。医学部では女子が少ないから、出会いのチャンスも数少ない。今までも聖良の頼みで何度か行っていた。が、どうも自分には合わない人ばかりだった。今度は期待してもいいか?と思いながら、缶コーヒーを飲み干した。
「センパイー!お待たせしました。今日の幹事の中谷悠真と、武田広夢っす。そしてこっちはセンパイのアキラさん」
三人ははじめましての挨拶を早々にすると、早速待ち合わせのカフェに向かった。
夕方ということもあり、街は人混みになっていた。スクランブル交差点では、行き交う人々が方向を間違えないようにと、交差しながら足早に歩いていた。
アキラは何度も通っているが、未だに慣れないでいた。この人混みの交差するホコリっぽい臭いが苦手だった。
狭い路地に差し掛かり、緑色の壁に赤い扉のカフェが見えた。どうやらここらしい。
中に入ると木目調の四人のテーブル席があり、赤い椅子が可愛らしく鎮座していた。その奥には同じテーブルと赤いソファがあり、少しゆったり座れるようになっていた。
少しオレンジがかったライトが、落ち着く雰囲気をかもし出していた。
「マスター今日はよろしくお願いします」
中谷悠真が、慣れているかのようにマスターに挨拶すると、
「やあ、いらっしゃい。奥のソファを空けてあるから、そこに座るといいよ」
と、マスターはソファの方に案内した。
もちろん女子軍団は、まだきていない。
その間にアキラたちは、メニューを見ていた。
二十分くらい経っただろうか。ようやく女子軍団が店に入ってきた。
「お待たせしました。遅くなってすみません。私女子幹事の井浦美波と言います。そして端から…」
女子軍団は次々と名前を言うと、ようやく席に座り、メニューを一緒に見だした。
アキラは今日もハズレだと思っていた。みんな可愛いことは可愛いが、アキラの中では何か違うんだよなーと、邪魔をする気持ちの方が強かった。
その後の会話は盛り上がったが、アキラはあくまでも楽しいふりをしていた。
年令が離れているからだろうか。みんなの弾んだ声も、アキラにとってはわずらわしさに変わっていった。
そして二次会。まだ八時前だった。
みんな揃ってカフェを出た。どうやら次はカラオケらしい。
みんなは歩きながら会話が弾んでいた。少し離れた位置でアキラは歩いていて、誰にも気づかれないようにその場から抜け出し、そしてカランコロンに真っ直ぐに向かった。
ガランゴロン。
大きなカウベルがアキラがきたことを、奥にいるマスターに知らせた。
この時初美は仕事が終わり、帰宅していた。アキラは少しガッカリする。
「いらっしゃい。この時間に来るってことは、また合コンかな?」
「はい。疲れました。どうも年令が違うせいか、話を合わせるのも大変ですよ。いつもの下さい」
「それはお疲れ様。すぐに持ってきますね」
「お願いします」
水の入ったコップをテーブルの上にコトッと置くと、マスターは奥の厨房に戻った。
客はアキラ一人で貸切状態だった。ようやく気持ちが落ち着いた。アキラは深くため息をついた。その時タイミングよく、レトロガラス皿に入ったプリンアラモードをマスターは運んできて、
「この時間客は殆ど来ないから、ゆっくりしていって」
と優しく言ってはニコっと笑った。
「ありがとうございます」
アキラはそう言うと、ホイップの上のさくらんぼをガラスの器の端に置き、プリンとホイップを大きな口で一口食べた。
アキラはようやく、解放感と安らぎを感じていた。
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