4 結婚式
カフェ、カランコロンで無事に卒業論文を完成し、アキラは大学院を卒業、臨床心理士の国家試験にも合格した。
桜の開花宣言が南から訊こえてくるようになり始めた頃、アキラは市立病院にカウンセラーとして働き始めた。
始めはやり甲斐はあった。毎日が生き生きとし、患者の話がすんなり頭に入り、自分はカウンセラーとして認められているような気がした。が、一年が過ぎた頃、虚しさがわいてきた患者の話しを訊き共感し、どう進むべきなのか、一緒に考える。
時には患者に意見が伝わらず、怒鳴られる時もあった。
泣き崩れる患者もいて、アキラ自身が思わず引っ張られそうになる時もあった。
アキラは仕事が終わるとビールを買い、アパートで一人飲む癖がついた。
そんな生活をしていると、このままでは酒癖が着いてしまう。自分はカウンセラーなのに、患者を助けられない。一体自分はどうしたらいいのか、悩むようになっていった。
そんな時、和也と桜子の結婚式の招待状が届いた。
結婚式は少人数で会費制。パーティーだと思って気軽に来て欲しいと、招待状の端の方に和也の手書きが添えてあった。
「そっか。あの二人結婚するのか…」
自分は何やってるんだろう…。プシュッと缶ビールを開け、グイグイと飲み始める。
アキラは二人の結婚を少し恨めしく思った。
初夏。
青葉が光り輝き、木漏れ日が眩しすぎる季節になった。
「結婚おめでとう!」
「乾杯!」
和也と桜子の結婚パーティーが開かれた。アキラは紺のスーツに赤いネクタイをし、二人の門出のお祝いに出席した。
「和也、桜子ちゃん、結婚おめでとう」
この日アキラは、素直に二人を祝福した。
「アキラありがとう。会うのはしばらくぶりだよな?大学院の卒業式以来だから、ちょうど一年ぶりか?元気にしてたか?仕事はどうだ?」
「和也、母さんみたいなこと訊くな。ボクはまあ、なんとかやってるよ。それこそなんだよ。結婚式する前に一言教えてくれたら良かったのに、みずくさいなあ」
「わりぃわりぃ。実は桜子のお腹の中に子供がいるんだ。なんだか言いにくくて…」
「ダブルおめでたか!それは良かったな!和也本当におめでとう!」
「ありがとう、アキラ。オレは幸せだよ。桜子みたいな可愛い嫁さんと結婚できるなんて、しかも子供もできたなんて、これも、アキラがあの時電車の中で桜子に話しかけてくれなかったら、上手くいってなかったよ。全部アキラのお陰だ。サンキューな」
「何言ってんだよ。友達だろ?良かったな」
「ああ」
「おーい!記念写真撮るぞ!みんな集まってくれ!」
写真の中の二人は、この上なく幸せそうな笑顔だった。
ガランゴロン!
扉を開けると、大きなカウベルが客が来たことを知らせてくれた。
「いらっしゃいませー」
初美の明るい声が聞こえた。初美の人見知りはすっかり改善されていた。それもそうだろう。ここ、カフェ「カランコロン」で働き始めて、もう四年目になる。初美は今年で二十二才になろうとしていた。相変わらず黄色いエプロンがまだ似合っている。
「今日は珍しくスーツ姿なんですね。それに赤いネクタイ。何かお祝いごとですか?」
初美がアキラに尋ねた。
「ああ、うん、友達の結婚式に呼ばれてね…」
「そうでしたか!それはおめでとうございます!花嫁さんキレイだったでしょうね」
「うん、そうだね。キレイだった。二人とも幸せそうで良かったよ」
「うん、うん、良かったですね。白井さんもお疲れ様でした。メニューはいつものでいいですか?」
「うん、お願いします」
「はい!少しお待ちくださいね」
初美はにっこりと笑って、マスターの福島にメニューを伝えた。
十分くらい過ぎただろうか。プリンアラモードがアキラの前に運ばれて来た。
「お待たせしました。ゆっくりして行ってくださいね」
アキラはネクタイを緩め、第一ボタンをはずした。初美の笑顔で肩の力が抜ける。
アキラはプリンの上の生クリームの上にあるさくらんぼをガラスの器の端に置き、生クリームとプリンを一口食べた。甘いものが喉を通り、スーっと胃の中に落ちて行くのがわかった。脳全体に糖分が行き渡り、やっと一息ついた気がした。
そのあとは盛り付けてあるフルーツを次々と生クリームに付けながら、頬張った。その勢いはいつもより早く口の中に入っていく。
テーブルの端に置いてあるペーパーで口を拭ったところで、ちょうどオリジナルブレンドコーヒーが運ばれて来た。
「ありがとう。絶妙なタイミングだね」
「はい。白井さんのコーヒーのタイミングは、すっかりわかっていますから」
初美はまた笑顔で首を横にかしげた。
そんな初美の姿にアキラは、疲れた体と心を癒された。
ホットコーヒーを一口ズッと飲む。はあー。体全体にコーヒーが染み渡った。
アキラは今年で二十四歳になる。結婚なんてまだまだ先だと思っていたが、和也と桜子の結婚に早いなと思いながらも、もうそういう年令なんだなと、改めて感じた。
そしてまたコーヒーを一口飲む。
アキラは考えていた。人生はまだ長い。自分はこれからやり直しが効くだろうか。今ならまだ間に合うだろうか。
そう考えていた。
アキラは自分がもっと心理学に自信が持てるように、もっと患者と向き合えるように、もう一度大学に入学することに決めた。
アキラは精神科医を目指そうと決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます