第30話 秘密事項

 イーライと別れ、単独行動をしていたユウカは、すぐにここでは通信が妨害されていることに気がついた。

 続いて爆発音⋯⋯と言うより、何かが崩落するような音が間隔を開けて二度。

 おそらくミナたちだろう。そう思って音の発生源にユウカは向かった。


「良くないな。これは」


 しかし、そこは行き止まりだった。ユウカは来た道を戻っただけだというにも関わらず、だ。

 ユウカはその壁を調べる。そうして分かったことがある。これはシャッターのようなもの。道を封鎖する為にあるのだ。

 つまり何者かがユウカの動向を監視しているということ。


「誰か見ているんだろ? 来るなら来い。私がこの程度で閉じ込められるわけないだろ」


 ユウカは封鎖壁に手を触れる。


「どうやら現実強度を保つ仕組みがあるようだが⋯⋯無駄だな」


 『破壊』の能力を用いて、ユウカは壁を一瞬で塵とした。

 そして、ユウカは歩き始めた。

 しばらくそうしていると、今度は目の前で壁が下がった。彼女は呆れ溜息をしつつも、もう一度破壊しようと近づく。

 その時だった。

 突然、ユウカを真後ろから襲うものがいた。だが彼女は敵性に反応して、彼女に一定距離近づいた対象に自動的に破壊能力を発動させるようにしている。

 襲撃者の飛び道具はユウカに当たる前に粉々となった。


「⋯⋯ようやく姿を見せたな?」


 ユウカにナイフを投げたのは、つい先程、片腕を捥いだ相手。それにより、戦線を離脱したはずの彼女。


「ルイズ・レーニー・ヴァンネル」


「⋯⋯はあ。あなたとは、今は戦いたくないのだけれど。上がうるさいからね」


 ルイズと同じく、メディエイトを始末するために送られてきた彼女の部隊は、彼女を除き全滅だ。

 無論、返り討ちにあって、誰一人として殺せていないとなれば、役立たずの烙印を押されても文句言えない。


「あなたは厄介だって。だから必ず殺せ、だと。困っちゃうよね。私、片腕落としたばっかなのに」


「ふーむ。なのに治るのが早いな? 手首から先を落としたはずだが?」


 見れば、ルイズが失ったはずの右手首から先は戻っている。消滅させたはずだ。拾ってくっつけることはできなかったはず。

 何より、傷跡が一切ない。治癒系の超能力だとしても、多少なりとも傷跡くらいはできるはずだ。


「ただの人間ならね。私のような人間が、普通に生まれて、普通に育ったとでも思うの?」


「⋯⋯どうでもいいな。なら今度は全身を破壊してやる」


「そうかい。できるものならやってみるといい」


 ルイズは、治った右手ではなく、左手でナイフを持っていた。それが何を意味するか。

 彼女は確かに手を取り戻したが、かなり強引な方法なのだろう。だから麻痺でもして、万全の状態ではないのかもしれない。

 勿論、そう思わせるためのブラフである可能性も無視できない。ルイズはそういうことをする。


「────」


 ユウカは一直線にルイズに走り出す。レベル6の身体能力を最大限まで活かした直進。しかし、ルイズも同じレベルだ。

 ユウカの拳を容易く受け流し、ルイズはナイフを突き刺そうとするも避けられる。彼女はその際に屈み、ルイズの体制を崩すべく足を払った。


(氷結能力。時間加速ではないか)


 ユウカの足を掴むように氷が伸びる。ルイズの能力の弱点を知る彼女は、瞬間、破壊能力を開放。氷から地面、そしてルイズに伝播させる──


「させないわ、よっ!」


 破壊の伝播はルイズに到着する前に封殺された。

 都合の良い位置に来てくれたユウカを、ルイズは思い切り蹴り付けた。

 久しく感じる痛み。が、ユウカはそれで怯むことはない。


(腕で⋯⋯)


 ユウカは蹴りを防御した。体が飛ばされこそしたが、ダメージは軽い。

 ユウカは部屋に逃げ込む。硝子張りではない。ルイズの視界を切るのは容易い。

 それで彼女は対応に遅れることはない。ルイズは能力を切り替え、魔力を覚醒させる。魔力回路を起動し、回路術式を展開した。

 〈時間倍加速〉でルイズの反射神経、そして切り替え速度を上昇させる。不意打ちでも即座に対処できるように。


(破壊の伝播は一瞬じゃない。確かに素早い⋯⋯一分もあればこの施設全体を木端微塵にできるほどの拡大速度だ。けれど距離さえ取れば、対処可能)


 壁が破壊される。瓦礫と同じく、そこから飛び出してくる。ルイズはすぐさま対象を設定し、超能力を行使した。


 ──違和感。


「⋯⋯いや」


 殺意を感じ取ったルイズは、その元の方に振り返る。そこには先を斜めに切り取ったパイプを持ち、迫るユウカが居た。


「っ!」


 肉を突き刺す音がした。ルイズは、左腕でパイプを受け止めたからだ。貫通し、血が流れる。

 カウンターを叩き込もうにも、既にユウカはパイプから手を離し、避けられた。


「⋯⋯今のでやったと思ったんだが⋯⋯勘が鈍ったか」


 あの不意打ちは確実に決まったと思っていた。あんな小細工を仕掛けたというのに、ルイズはそれを看破し、反応までしてきた。

  

「言わなかったっけ。私、あなたのこと全部知ってるから殺しに掛かってるって。私、殺す相手のことはよく調べるのよ」


「⋯⋯⋯⋯なるほど。なら、この私の本当の能力も知っているわけだ」


 レベル6超能力者、白石ユウカの超能力は、一般的に『破壊デストロイ』であるとして知られている。

 だが、それは表向きの話だ。

 彼女の真の能力は、その危険性と希少性から秘匿されている。

 レベル6超能力者の基準は様々あるが、中でも『単独で学園都市の全軍事力に匹敵すること』において、彼女を超えるものは第一位を除き存在しない。

 ユウカの本当の超能力は──、


「『完全複製オール・コピー』⋯⋯ありとあらゆる超能力をコピーし、ストックする。条件は視認。ストック数は無制限。まさに私の完全上位互換」


 ルイズのコピー能力は、オリジナルより強化し、コピーできるという利点はあるものの、それはユウカより優れた点になるとは限らない。

 なぜならば、ユウカがコピーした能力の性能は、ユウカの出力で決まるのに対し、ルイズはあくまでもオリジナルを基準にして決まる。

 極端な話、元のレベルが1だと、ルイズがコピーしたところでレベル2が限度なのに対し、ユウカは少なくともレベル6相当の出力でそれを行使できる。


「知っていたのか。てっきりブラフだと思っていたが⋯⋯。私のこの超能力をコピーすれば、お前は完全上位互換になれたはずだろう」


「それができたら苦労しないからやってないのよ。私の能力でコピーした能力はオリジナルに弱い。そして私本来の能力もそうでね。同じ系統の能力はコピーできないの。コピー能力をコピーして制限外して⋯⋯って上手い話はなかったわけ」


 ルイズはナイフを構えるが、まだ始める気はないようだ。


「むしろこっちが聞きたいわ。あなた、なぜイーライ・コリンの超能力をコピーしないの? そうすれば、コピーした能力全てを同時使用できるあなたが格段に有利になるでしょうに」


「理論上できるのと、実際できるかどうかは別だ。そもそも人間の頭は同時にいくつも能力が使えるようにできていない。何より、お前がその辺の対策を怠っているとは思えないからだ。どうせ、私が能力の複数使用が可能な時間も把握しているんだろう?」


「⋯⋯正解。頭が回る相手は面倒だわ、全く」


 ルイズの近接戦闘技術はユウカでは及ばない。仮にユウカがイーライの能力を使用し、一方的な能力行使をしたとしても、制限時間以内にルイズを殺し切ることは難しい。

 後は脳回路が焼き切れ、無力化したユウカを、ルイズは殺すだけで良くなる。

 よって、ユウカは能力の同時使用は諦めた、というわけだ。


(白石ユウカが所持している能力は多種多様。さっきの不意打ちもテレポート系の能力で私の背後に回ったんでしょうね。⋯⋯ただ、部屋に隠れてから不意打ちするまでの間、他に何かしていたかもしれない)


 ルイズはユウカが所持している能力を、かなりの数把握している。だが、全て把握していると言い切ることはない。

 分からないが、テレパス系の能力を持っていてもおかしくない。もしそれで救援を呼ばれていたら厳しい状況となる。

 特にイーライは天敵だ。不意に能力を抑制されようものなら、それが死因になりかねない。


(⋯⋯あまり時間は掛けられない。確かに、同時使用は長時間もたない。でも、一瞬一瞬であれば、問題なく行使可能なはず。つまりテレポートを──)


 瞬間、目の前にいたユウカの姿が消える。姿勢を低くしたのだ。

 視界を切った。それならば、と思ったルイズはその場を跳躍し、天井に着地した。

 ユウカの拳は空を殴る。風圧が生じるほどの衝撃だった。あんなものを食らえばひとたまりもない。


「──ッ!」


 天井を蹴り、ユウカに斬りかかる。当然のように避けられるも、想定内だ。連撃を加えて体制を崩しにかかる。

 ユウカはルイズの斬撃を避けるために無理な体制を取った。その好機を逃すはずがない。

 ルイズはナイフを大ぶりに振るった。ユウカはテレポートを行使して彼女の背後に現れ、大ぶりの一撃を回避した。


「──ぐぅ!?」


 しかし、反射神経が良いという言葉では片付けられない速度でルイズはユウカの首元を斬りつけた。


(誘導された⋯⋯!)


 後ろに引くことで傷は浅く済んだ。だが痛みは鋭かった。

 ルイズは更に踏み込み、追撃を仕掛ける。刃がユウカの首を切断する直前、テレポートが間に合い、距離を取った。


「治癒能力。まあそりゃ持ってるわよね」


 ユウカの首の傷が癒えていく。完治するまでに十秒と掛からないだろう。

 しかし、ルイズがそれを見過ごすはずがなかった。十メートルくらいなら、瞬間移動とさして変わらない速度で、素の状態でルイズは動ける。

 ユウカは扉を目の前に引き寄せ、刹那、ルイズからの視界を切った。蹴り飛ばされるよりも先に火炎能力を行使。扉ごとルイズを焼き払おうとした。

 が、視界妨害は悪手だったようだ。


「ガラ空きよ」


 懐に入ったルイズが、ナイフを逆手に持ち、ユウカの首を突き刺す──


「悪いが、そこまでだ」


 突然、ルイズの体にとてつもない力が働く。彼女は廊下の壁に叩きつけられた。全身に激痛が走る。

 力は止むことがなかったものの、それを行った少年を見たことにより、解除した。


「⋯⋯ふむ。本当に、見られただけで能力が使えなくなるのか」


 ユウカはテレパスを送り、救援を呼んでいた。そしてここに真っ先に来たのは、やはり、彼だ。


「⋯⋯序列第四位。『暗黒斥力ダーク・エネルギー』。アルゼス・スミスね」


「そういうあんたがルイズ・レーニー・ヴァンネルか。命が惜しくなければここから立ち去れ」


「⋯⋯⋯⋯。なるほど。レベル6二人⋯⋯能力を封じているとはいえ、相手するのは面倒ね」


 ルイズは懐から閃光弾を取り出し、炸裂させる。強烈な光にユウカたちの視界は奪われた。

 視力が回復した頃、ルイズの姿はもうなかった。


「⋯⋯ありがとう。スミス。助かった」


「ああ。しかしすまない。先手で致命傷が与えられればよかったんだが」


 流石のルイズも、レベル6二人を相手にして戦いを続行する選択は取らない。アルゼスがここに来た時点で、ルイズは逃げの一択だっただろう。

 不意打ちで殺しにかかれたらそれが一番だったが、次点で痛み分けだ。


「奴は手強い。死ななかっただけマシだ。⋯⋯能力無しの殺し合いだと、何枚も奴が上手だった」


「それは⋯⋯相当、強いな。素の状態なら、おそらくレベル6で一番のあんたがそう言うか」


「ああ」


 ユウカは自己治癒を完了させる。それを見たアルゼスはやはり驚いたらしく、聞いてきた。


「なんだあんた⋯⋯その、回復能力は?」


「君は秘密主義か? 命を賭すことになるが」


「そうか。あまり深入りするのは止そう」


 ユウカが先に歩いていく。


「おい待て。場所、分かるのか?」


「目が良いからな。行くべきところはすぐ分かる」


 彼女の目は、例外を除き全てを見通す。それは数ある能力の一つ、『千里眼クリアヴォイアンス』の力だ。

 ユウカは助け損なった少女の顔を良く覚えている。『記憶操作コントロール・メモリー』による影響により、彼女は物を忘れることはないのだ。


「⋯⋯⋯⋯」


「どうした?」


「面倒になってきた」


 ユウカは風紀委員長らしくない言葉を吐いた。しかし、彼女の本質はな怠け者だ。ただ、彼女にとっての『適当な仕事』とは、他者にとっての『完璧に近い仕事』であるだけ。

 そんな彼女も、適当な仕事さえしたくない案件はある。


「と、言うと?」


「救助対象が攫われた⋯⋯言い方おかしいが」


「なるほど」


 ユウカの目には、Vellの若頭が少女を連れて逃げているのが見えた。脱出用の通路があるのだろう。少なくともユウカたちが地下施設に降りてきた階段は使わないようだ。

 急がなくては。彼女が「面倒だ」と言ったのはそれが理由だ。


「どうする?」


「壊し抜ける」


「──はい?」


 ユウカは右手を前に出し、吸い込んだ息をゆっくり吐き出す。

 そして──。


「────」


 一瞬、だった。

 目的の場所目掛けて、一直線に、風穴が開く。

 圧倒的な破壊力。そして、コントロール。次元の違う超能力者。

 同じレベルであるはずのアルゼスにさえ、これほどまでの破壊力はない。


「君の能力ならいけるはずだ。スミス。さあ、行こう」


「⋯⋯あんたほんとに⋯⋯凄いな」


 二人は直通の穴を飛び降りた。能力を用いて、各階層を足場に跳躍しながら。

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