第29話 真相
三人を吹き飛ばすだけの風。状況が状況であったため、調整なんてできずに能力を使ったことで、イーライたちは勢い良く壁にぶつかりそうになった。
無論、レオンがそんなヘマをするはずなく、風を引き起こすことで衝撃を相殺し、着地する。
「⋯⋯ここ、は⋯⋯?」
ヒナタは周りを見る。景色は然程変わりないが、何か雰囲気が異なる。
「さあ。分からない。⋯⋯でもやることは分かってる、そうだろ?」
レオンが答える。彼はこんな状況でも笑顔を絶やさない。
「ですね。コンピュータがあればハッキングして何となります。まずはそれを探しましょう」
手がかりの一つもないため、とりあえず近くの部屋に入った。当然のように鍵が掛かっていたが、イーライが蹴り破った。
その部屋は幸運にも当たりだった。研究室であるらしく、机と椅子、ラック、よく分からない機械や液体の入った容器の数々。そしてコンピュータが何台かあった。
「俺が見張りをする。探索は頼んだ」
蹴り破った扉を形だけ直し、もし入ってきてもすぐさま対処できるようにイーライは扉際に立った。
レオンはラックを。ヒナタはコンピュータを調べ始めた。
「⋯⋯書類。研究結果、なのか?」
ラックにはネームプレートが取り付けられており、そこにはDD/MM/YYの様式で年月が書かれている。
内容を精読するような時間はないため、斜め読みする。が、専門用語が多かった。
「化学⋯⋯いや、薬学、か? まあ、どちらにせよ専門外だぜ⋯⋯何書いてんだかさっぱり分からん。が⋯⋯」
エヴォ総合学園は様々な学問が学べるが、あいにく、レオンの専門学科はそれらではない。化学部、薬学部ならば分かったのかもしれないが、彼にはさっぱりだ。
しかし、見出しの一つに見覚えのある言葉が並んでいた。
「『能力覚醒剤の概要』か」
文書一枚一枚をスマホで撮影し、書類は元に戻した。レオンは時間が許される限り、ラックにある書類を撮影し、戻していくことを繰り返す。
また、おそらく『能力覚醒剤』の実物と思しき薬もいくらか入手した。
その間、ヒナタはコンピュータを操作していた。
ヒナタの超能力は『
「まずはファイルから、ね」
ファイルを開き、パソコンのポートにUSBメモリーを接続。全てのファイルをメモリーに転送した。その間、一分もなかった。能力を応用し、ファイルデータの転送を円滑にしていたからだ。
転送のログを削除し、作業は完了だ。
「ええと⋯⋯マップは⋯⋯あった」
ヒナタは自身のスマホにデータを転送し、能力で検索。目的の情報を表示する。
標示されたものは施設内のマップ。これで現在地と各部屋の役割が判明する。
とは言っても、情報は入手した。きちんとVellと財団の関係や、『能力覚醒剤』、他にもきな臭いものは手に入れた。
つまり、あと残すのは、件の少女の救出と、ここからの脱出のみだ。
「ヒナタ、そっちはどうだ?」
「終わりました。ついでに女の子の居場所もある程度絞れました」
ヒナタはマップのとある場所にマーキングを施す。
「ここか?」
「はい。彼女の名はメリー。超能力は『
超能力社会において、それはすべてを根底からひっくり返しかねない力だ。まさしく神のような力とも言うべきもの。やっていることは遺伝子操作に等しい。
「⋯⋯きな臭いぜ。なあ、それって」
「察しがいいですね。彼女は『能力覚醒剤』の
「⋯⋯⋯⋯」
超能力者は、その人が持つ能力の性質によって、体質が変化する。リエサが低温に強い体を持つように。
その理由は、能力因子と肉体が混ざっているから。遺伝子に能力因子が組み込まれている。
中でも血液にはより濃く能力因子が表れている。リエサの血液の温度は、常人よりも低い。
「この前の学園大体育祭にあった、あの重力強化装置あるじゃないですか。あれは能力者の血液データを参考にして作られていたはずです」
「血から、能力と同じ効力を持つ薬剤を作るのは、何も不可能なことではない、か⋯⋯」
「無論。オリジナルほどの精度と効果は得られないでしょうがね」
もしこの仮説が正しいのだとすれば、メリーという少女はVellにとって非常に大切な存在となる。
「どうも、まだ『能力覚醒剤』は未完成なようです。メリーちゃんというオリジナル⋯⋯参考元を失うわけにはいかないでしょう。つまり⋯⋯」
逆に言えば、彼女の身柄さえ確保してしまえば、『能力覚醒剤』の開発が停止する。
ましてや原材料と示されていることからわかるように、重力強化装置とは異なり、それが無くては作れないのだろう。あるいは、データのみだとあまりにも不安定なのか。
「なら尚更、メリーちゃんを助けないとな。まあ元々、助けるつもりだが」
「ですね。⋯⋯コリン先生、もう調べものは終わりました。次、行きま──」
ヒナタがイーライに話しかけた時、彼は人差し指を口に当てるジェスチャーを見せた。彼は外の様子を伺っていることから、何者かがこちらに近寄って来ているらしい。
レオンとヒナタも扉際に寄り、音を聞く。すると、足音と会話音が聞こえた。
「──ああ。『ババイの袋』はヴァンネルと来てないメンバー以外は全滅したよ。全く、そっちの方が僕たちに都合良いとは言え、仮にも同じ財団所属の部隊。ただの生徒に負けるとは⋯⋯いや、彼女には仕方ないかな」
男の声だった。年齢的にはヒナタたちに近いだろうか。爽やかな声だった。
男は何者かと電話でもしているようだ。足音は一つしか聞こえなかった。
「え? メイリ? さあ。僕とは別行動だからね。でもまあ、さっきとんでもない音してたから、接敵したんじゃない? あの音から察するに、最下層まで穴ぶち抜いたんでしょ。彼女の能力ならそれくらいできるだろうし」
メイリ、とはミナと戦っている相手だ。どうやらこの男はメイリの仲間であるようだ。
この会話の間にも、男はイーライたちの居る部屋に近づいてきていた。
「『能力覚醒剤』の情報についてはある程度集まったよ。あと一つの部屋調べて、目新しいものなかったらそのまま帰還するつもり。メイリにもその時声掛けるよ。じゃ、切るね」
男は扉の前で立ち止まる。会話内容から察するに、この部屋を調べるつもりのようだ。
イーライはジェスチャーで不意打ちを仕掛けると伝えた。二人は頷き、いつでも攻撃を仕掛けられるように構える。
ゆっくりと、扉が開かれる。
射線が通った瞬間、イーライは躊躇なく引き金を引いた。
一発、発砲音が響く。──同時、金属音が甲高く鳴った。
「⋯⋯気配隠すなら、もう少し殺意を抑えないといけませんよ、先生?」
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯やはり、お前だったか」
黄金の盾によってイーライの銃弾は防がれた。最初から気づかれていたようだ。
──現れた少年にイーライは見覚えがあった。
過去に一度、ミース学園で出会ったことがある。
薄い青色のウルフカットの爽やかな印象を受ける顔つきの少年。
ミース学園の入学者の一人。
そして⋯⋯ミナの幼馴染。彼の名は──
「空井リク。まさかお前が財団の人間だったとはな」
「ははは⋯⋯それで、どうするんですか?」
黄金の盾が変形し、いくつかの剣となって、リクの周囲を浮遊する。
「僕は何も、あなたたちを殺しに来たわけじゃない。それは彼女の役目だ。⋯⋯ここは互いに見逃す、ということで手を打ちませんか?」
「それはできない相談だな。生徒の不良行為を正すのが先生だ」
「そうですか」
黄金の剣が射出され、イーライに飛来してくる。彼は能力を発動させると、黄金の剣は崩れた。
「⋯⋯⋯⋯」
「何か予想外みたいだな? ⋯⋯お前の能力は、少なくとも黄金の生成ではなかったはず。それは⋯⋯魔術か」
「物知りなようですね。S.S.R.F.だと魔術の講習があるのですか? それとも、ヴァンネルを退けたのはあなたなのか」
リクは魔術の使用が困難となった。魔力のコントロールが酷く乱されているような感覚。まともに術式を展開できない。
ただ、魔力が封じられたわけではない。対超能力ほどの影響は無さそうだ。証拠に、超能力の方は使えそうにもない。
「能力は当然。魔術も使えないだろう? 大人しくしろ」
「どうしてそんなに警戒しているのですか? まさか、近接戦闘で僕を恐れているはずはない。ヴァンネルもやったんでしょう?」
イーライはルイズにされた、あの魔力の放出を警戒している。
「はははは⋯⋯全く。あなたほどやりづらい相手は、久しいですよ。コリン先生」
リクの手元に魔術陣が展開された。それを見たイーライは動揺するも、すぐさまレオンとヒナタに逃げろと叫ぶ。
刹那、辺り一帯に金色の稲妻のようなものが走った。それは魔力だった。通常ではありえない現象である。
「〈
その魔術が行使された瞬間から、リクを中心にあらゆるものが黄金へと変化していった。それは生き物さえ例外ではなく──。
「ヒナタッ!」
周囲の黄金化に巻き込まれたヒナタは、その全身が同質量の黄金の人形となった。
空中に逃げたレオンと、接触していても超能力の影響か、イーライは黄金化は免れたが、状況は最悪だろう。
「ヴァンネルは魔術が使えますが、彼女は先天的な魔術師ではない。本来、魔術というものは才能によって使えるかどうかが決まるもの。彼女はその才能がないにも関わらず、能力で使っていた⋯⋯」
魔力自体は人間、生命であれば何者でも持っている。ただそれが魔術を使えるかどうかには関係ない。
超能力のように、誰でも魔術師になれるわけではない。
「まあ彼女は下手な魔術師よりかは魔術を使えていましたが⋯⋯僕の方が魔術師としては優れています。その意味が分かりますか? 先生」
魔術とイーライの能力の相性は良いとは言えない。対超能力ほどの制圧力はないからだ。対して、リクは生粋の魔術師。その練度は、ルイズを超える。
「確かにあなたの能力で魔力コントロールはまともにできませんが、術式に流し込むことくらいはできる」
ルイズは魔術を使えなくなっていた。が、リクは無理をすれば魔術が使える。複雑な術式は使用不可であるものの、〈黄金の都〉は単純な構築の術式だ。
本来より、倍以上の魔力を消費して従来通りの効力しか発揮できないほど、変換効率は悪くなったものの、発動すらしないことはなかった。
「流石に魔術の影響から逃れることは予想外でしたが⋯⋯ここに見える全ての黄金は僕の支配下にある⋯⋯さてどうしましょうか?」
全ての黄金。即ち、黄金化したヒナタも対象だ。
「っ⋯⋯」
「黄金化させたのは僕です。戻すことくらいわけない。⋯⋯正直な話、先生とそこの生徒を相手にはしたくない。人殺しなんてできる限りしたくありません」
イーライは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた後、構えていた拳銃を投げ捨てた。それを見たリクは少し安堵したような顔を見せた。
「⋯⋯流石は先生。良い判断です。そこの彼も、後ろ向いてくれませんか?」
レオンはリクの言うとおりに従い、後ろを向く。
直後、ヒナタの黄金化が解けた。
「それでは。失礼しますね」
取引が成立し、リクはその場から離れようとした。
だが、その時、イーライが発した一言で状況が変化した。
「やれ。星華」
リクは咄嗟に黄金を生成し、その爆裂を防御した。しかし至近距離で食らったこともあり、衝撃を消し切ることはできず、部屋の壁に叩きつけられた。
彼は立ち上がり、現れたミナの方を見る。
「⋯⋯できれば会いたくなかったよ、君とは。幼馴染でいたかった」
リクは血を手で拭く。
「それはわたしの台詞だよ。リク。なんでこんなことしてるの?」
ミナの様子は、いつもの彼女から大きく離れていた。感情を抑えて、平常心を保とうとしているのが丸わかりだ。
幼馴染と対立しているのだ。しかも、犯罪者として相対している。誰だって、そうなる。
「メイリはどうしたのかな?」
「わたしの質問にまず答えて。リク。どうして、あなたがこんなことを!?」
「それは話せないな、ミナ⋯⋯」
「⋯⋯っ! ならっ! もう、いい!」
リクの周りを星屑が舞う。激情したミナは、能力を制御なんてしていない。確実に人を殺すだけの出力。どころか、辺り一帯を消し飛ばしかねなかった。
リクもこれには焦った。だが、何とか致命傷は避けられた。
「けほ⋯⋯メイリは何やってる⋯⋯」
いいや、おそらくは逃げられたのだろう。ミナならば、メイリを相手にして時間を稼ぎ、そのまま逃げることくらいできるはずだ。
ただ、だとしても文句の一つくらい言いたくなる。ミナは、リクを容赦なく殺そうとしていた。
裏切られた失望とは、人をそこまで変えるらしい。
「⋯⋯ホント、やりたくなかったんだけど」
〈黄金の都〉はまだ解除していない。再び侵食を開始できる。
見逃してくれることを条件にヒナタを元に戻したが、それを破ったのはイーライたちだ。
リクはもう一度、同じことをやろうとした。
「────」
しかし、黄金化は何かに阻まれたように、侵食を停止した。
イーライの能力か? 違う。これは抑制。妨害どころの話ではない。
なら、何が原因か──それを探ろうとした時、全く予想外のものを彼は感じた。
「⋯⋯そうか」
ミナ、だ。リクの魔術に抵抗したのは、彼女だ。
リクの〈黄金の都〉に抵抗するには、その魔力出力が彼以上でなければならない。
ミナは、黄金化に対して、無意識に魔力をぶつけたのだ。そしてそれは、リクを超える出力だった。
勿論、ただ力で上回れば良いという単純な話ではない。だが、事実としてそれは為された。
(今は無意識。だけど、ミナは⋯⋯僕の知る彼女は、多分、この無意識をあと何度か繰り返せば意識できるようになる。⋯⋯不味いね)
魔術師は才能が八割だ。逆に言えば、才能が優れていれば、昨日魔術を使いだした人間が、熟練の術師を超えるようなこともありえないことはない。
特に、魔術戦とはジャンケンのようなもので、相性によっては格下が格上相手に勝利することもある。
(ミナは魔術の才能がある。もし魔術を使いこなせるようになれば⋯⋯)
ここはやはり逃げなくてはならない。ただでさえ、イーライとレオンから逃亡するのも厳しいのだ。ミナがそこに加わり、更に魔術まで使ってこようものなら何もできない。
リクは何とか隙をついて逃げようとするが、それは問屋が許さないようだ。
ミナが星屑を使って、的確に逃げ道を潰してくる。レオンの風がリクの動きを封じている。イーライのせいで、現状をなんとかできそうな魔術は使えない。
「く⋯⋯」
万事休す、か。そう思った時だった。
「悪いね。少し遅れた」
リクの周りの天井、床が、地上から最下層にかけてぶち抜かれた。
こんなことができるのは、メイリだ。
「早く逃げよう。もう情報あるでしょ? 流石のワタシとキミでも、これ以上は無理だよ」
「ありがとう。僕に捕まって」
一瞬できた隙で足元に黄金を生成する。勢い良く上昇する黄金を足場に、リクとメイリは地上へと逃げていった。
「──!」
ミナは二人を追い掛けようとするが、イーライが静止した。
「止めないで先生! わたしは!」
「待て。そのまま追い掛けても撃ち落とされるだけだ」
「でも⋯⋯」
イーライの言うことは正しい。このまま飛んで追いかけていっても、レオン以外はついていけないし、何よりリクの黄金による迎撃が待ち受けているに決まっている。
「空井のことはあとだ。今優先すべきことは別にある」
「⋯⋯⋯⋯」
イーライはミナを説得する。顔をしっかり見て、諭した。
「星華。しっかりしろ。らしくないぞ。⋯⋯今は、考えなくていい」
「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯はい」
ようやく冷静を取り戻したミナは、イーライの言葉に従い、リクを追いかけることを諦めた。
「よし。じゃあ、やることをさっさと終わらせよう。⋯⋯また、厄介事が増えたからな」
最後の目標であるメリーという少女の救出。それが最優先で達成しなくてはならないものだ。
ミナは何とか心を切り替えた。けれど、やはり、考えてしまう。
どうして、リクは財団側についているのか、と。
「⋯⋯考えても、わからないよ」
しかし、答えは出ない。
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