第25話 襲撃者

 『鍵のかかった部屋』を解錠し、そこに潜入組のリエサ、ライナー除く全員が集まり突入した。

 しばらくしてアレンからの連絡が途切れ、また救難信号が出されたことでユウカが離脱。

 残りのアルゼス、エドワード、ヒナタ、ミナ、レオンの五名で、部屋の中にあった地下に続く階段を降りることになった。


「なるほど。上を探索したところで意味なかったわけだ」


 地下はまるで研究施設を思わせる雰囲気があった。全面が白の通路。ガラスで仕切られており、中がよく見える部屋もあった。扉は全て電子認証──おそらくカードキーのようなもので開くようになっていると思われる構造だ。

 レオンの言葉通り、本丸はこの地下空間である。


「⋯⋯⋯⋯なんか、違和感があるような──」


 ヒナタがそう言った瞬間、倒れた。

 何の前触れもなく、ヒナタは急に倒れたのだ。まるで、そう、電源が切れたように。


「ヒナタ? ⋯⋯ヒナタ!?」


 ミナはヒナタの肩を揺らし、起こそうとする。しかし起きない。脈を測っても、生きてはいる。寝息さえ立てている。

 どうやら眠らされたようだ。ならば、誰がやったのか。


「⋯⋯ああ、そういう、ことか⋯⋯!」


 レオンは急にゆらゆらと千鳥足となり、壁にもたれ掛かり、目を段々閉じていく。


「⋯⋯⋯⋯」


 そして完全に眠ってしまった。

 ここまでやられれば、流石に三人も既に理解していた。この時点で、自分たちは敵から攻撃を受けている。


「眠気⋯⋯」


 辺り一体、ミナは注視した。すると、ようやく景色に異変を感じた。少しばかり、青く濁っている。

 ミナはこれが、二人を眠らせた原因だと直感した。そしてもしこれが能力によって生み出されたものであれば、


「二人とも、ちょっと近づいて来て。じゃないと巻き込むから」


「ああ」「⋯⋯わかった」


 ミナに、アルゼスとエドワードが近づく。そして彼女は能力を行使した。星屑がそこら中を舞う。

 そして、地下空間を吹き飛ばすつもりかと勘違いするほどの爆発を引き起こした。ただそれは爆風を起こすことに重きを置いた操作をしており、破壊力はそこまでだった。

 風圧によって、青く濁った空気は吹き飛ばされる。だがここは地下空間だ。離散したわけではなく、ただの一時的なものに過ぎない。


「俺たちの侵入はバレていたようだな。人を眠らせる超能力者を地下空間に潜ませるくらいだ。その辺に居るんだろ?」


 アルゼスの声が木霊する。しばらく、反応はなかったが、観念したのか一人の男が物陰からゆっくり出てきた。

 背丈の高い黒髪の男だ。黒スーツ。シャツまで黒と来ている。紫色の目をしており、言いようもない不気味さを感じる。


「いやはや。高位能力者にはやはり効きが悪いですね。鼠退治のつもりでしたが、どうやら害獣駆除であったらしい」


「害獣か。自己紹介ご苦労」


 エドワードは男に向かって容赦無く電撃を放つ。指向性のある電撃を男は躱した。

 エドワードは懐からレールガン専用弾を取り出していた。それに電流を流し、放つ。

 先の電撃を回避したことで体制が悪くなっていた男に、レールガンを避けられるだけの余裕はなかった。横腹が削られる。


「ぐあ⋯⋯っ!」


「直接戦闘苦手な能力者が前に出てくるなよ。お前は逃げりゃよかったんだ」


 エドワードは男に近づいていく。その時、彼はミナとアルゼスに話し掛けた。


「こいつはすぐに終わらせる。先に行け」


「⋯⋯油断はするな」


 ミナとアルゼスは先に走っていった。

 二人を先に行かせたが、遅れるつもりはない。この男をさっさと捕まえて、追いかけようとエドワードは考えていた。

 そのために近づき、電流を流し、気絶させようとしていた。


「⋯⋯ええ、そうです。私のような能力者は、さっさと逃げるべき。⋯⋯でもそれはセオリー通りの固定化された思考だ」


 男──名無しジョン・ドウは、拳を構えていた。拳からは例の青く濁った気体が漏れ出ている。しかも、それらは空中に散布していたものよりずっと濃度が大きそうだ。

 徒手空拳の心得はあるらしい。


「⋯⋯っ!」


 ミナ、アルゼスの二人に対して、不意打ちを仕掛ける者が二名いた。

 肩の先からが大鎌のようになっており、それをミナに振り下ろした、濃い赤色の髪、赤いパーカーを着た少年。

 手の平から伸びる凝固した血を、槍のように扱い、それをアルゼスに突き刺した黒髪、黒スーツの男。

 既に数的にはイーブンとなった。


「何者か聞いても?」


 アルゼスは黒スーツの男の血の槍を受け流しつつ、質問する。


「貴様の質問に答える必要はあるか?」


 だが返答はなかった。代わりに暴力が返される。血の槍は途中で分岐し、それぞれの先端がアルゼスを突き刺そうと迫ってくる。

 彼は能力を使い、それら血の槍を弾き飛ばした。


「ほう」


 黒スーツの男もそれ以上の追撃はしなかった。なぜなら避ける必要があったからだ。吹き飛ばされてきた仲間──濃い赤髪の少年を。


「いってて⋯⋯ああでもいいな! オレ、キミのような豪胆な女の子大好きだよ!」


 少年は、クレーターが出来上がる程の衝撃を受けても尚、平然と立ち上がっていた。それは、彼が自らの肉体をクッションとしたからだ。


「体を変形させる能力ってところね」


 腕を大鎌にしたり、背中を低反発性のクッションにしたり、そういうのを見せられれば、少年の能力が凡そどんなものであるかは理解できる。


「ああそうさ! そういうキミの能力はなんだい? オレの知ってる星華ミナちゃんの能力、『仄明星々スター・ダスト』と言えば、爆発を引き起こす能力だったはずだ!」


 星屑と同じような光をミナの肉体が僅かに発している状態。

 能力を体に回すことで、自らの肉体能力を大幅に向上させているのだ。現時点での出力は3%である。


「⋯⋯⋯⋯」


 ミナは今まで人前では見せたことがないほどの嫌そうな顔をした。


「無視かい? 寂しいなぁ。ああ、そういえばまだ名乗っていなかったね。何て呼んだらいいか分からなかったのかぁ!」


 少年は大鎌に変形させていた腕を、普通の腕に戻し、挨拶でもするように名乗った。


「オレはエリヤ。エリヤ・アンデルセン。よろしくね、ミナちゃん!」


 声も姿も好青年らしい様子の少年。しかし、エリヤは少し話しただけで、相手に嫌悪感を覚えさせる性質の人間だ。言葉とか、話し方が特別悪いわけではない。雰囲気がそうさせている。


「下手に名乗るな、エリヤ」


「えー。そうは言ってもさ、女の子に名乗りもしないなんて男としてどうなのよ? ロイ」


「⋯⋯⋯⋯貴様のその態度、リーダーに報告しておく」


 ロイと呼ばれた男は、エリヤに苛つきを感じているらしく、眉間に皺が寄っている。ただ普段からそうであるらしく、呆れも感じられた。


「身内で争わないでくださいよ。全員殺せば、その心配も必要ないでしょう」


 ジョンは二人を制する。それもそうだ、と納得でもしたようで、ロイも戦闘態勢に入った。


「結果で見せてこそオレたちってね!」


 真っ先に仕掛けようとしたのはエリヤだった。彼は右腕を有刺鉄線のようなものへと変えた。そしてそれを鞭のように扱おうとした。

 だが、


「あ、っそう!」


 アルゼスはそれよりも速く動いた。腕を薙ぎ払うようにして有刺鉄線の鞭を弾き返した。ミナはその隙を狙い、星屑の軌道を描く。

 分かりやすい予備動作。軌道上に発生する爆裂。しかし、回避は物理的に不可能。そのため読み切って回避するしかなかった。

 ミナの能力を熟知していたエリヤとロイは躱すことには成功したものの、タイミングは完璧でなかったようで、少しばかり火傷する。

 追撃にアルゼスがロイに急襲する。能力を使用したのだろう。とてつもない加速力を見せたものの、彼の能力も知っているロイは冷静に対処した。


「っ!」


 アルゼスを包み込むように凝結させた血の槍を展開。彼は自身の判断ミスを悟ったが、ミナがそれら血の槍を全て破壊する。

 だが、血の槍だけがロイの手札ではない。懐まで接近されたのなら、近接で対応するのみ。両手に短剣を作り出し、アルゼスを迎撃した。


「スミス先輩!」


 ミナがアルゼスごと爆破させようとした。彼の足ならば避けることができると考えての判断。実際、間違っていない。しかし、敵はロイだけではなかった。

 

「オレのこと忘れてもらっちゃ困るぜ?」


「くっ!」


 能力を使うよりも先に、ミナはエリヤの妨害を受けた。あの大鎌のリーチはすこぶる厄介だ。


(まずどっちか片付けないと。能力自体はわたしたちのほうが上だけど、この人たち、戦闘慣れしてる!)


 紛れもない実戦経験がミナたちには不足している。対してエリヤとロイたちは実践経験豊富だ。今、均衡状態にあるのはミナとアルゼスの能力性能の差によるところが大きい。そしてこれは時間経過と共に無くなっていくアドバンテージだ。


(能力は知られているけど、それだけ。知ってるのと体験するのじゃわけが違うみたいに、まだ、対応しきれていない今がチャンス)


 真っ向勝負であればミナたちに勝算はない。いや、全員跡形もなく消し飛ばして良いというのであれば今すぐにでも実行できるが、殺人鬼になるつもりはないし、何よりこの地下空間を崩落させかねない危険性がある。それはできない。


(つまり⋯⋯ここで一気に畳み掛ける!)


 エリヤの能力の強みは手数だ。扱える攻撃方法の種類と、シンプルな物量の両方が優れている。が、手段も数も多ければ多いほど判断が難しく、どうしても思考という一瞬の合間かできる。

 エリヤはこの問題を解決するために、ある種のパターンを決めていた。大鎌をメインウエポン。有刺鉄線の鞭は体制を崩す用、といったふうに。

 そして、テンプレートには、相手を殺しにいく手順も存在する。エリヤはこれを最早無意識下で行っているため、敵からすれば一瞬未満の隙を突かれるようなものだった。

 が、今回はこれが悪い方向に働いてしまった。


「────」


 致命的な隙を、ミナはあえて見せた。彼女の能力発動速度は全能力の中でも最高クラスだ。攻撃を誘導し、カウンターを叩き込もうと考えたのである。それは見事に、エリヤの予想外を生んだ。

 確実に仕留めるための突き刺し。肉体を硬質化し、銛のように突き出す。瞬発性と即死性を極めた必殺。

 ミナは躱すことに全力を注いでいたため、この一撃をいなし、爆発を叩き込んだ。

 死なない程度に威力を調節したと言っても、至近距離で爆発を食らえばただでは済まない。


「⋯⋯スミス先輩の援護に⋯⋯」


「──まーだ終わっちゃいないよ」


 嫌な予感がした。咄嗟の判断ですらない。勘で、ミナはエリヤの不意打ちを躱した。


「なんで⋯⋯あれをまともに食らって、気絶しないなんて⋯⋯」


「いやー。参っちゃうよ全く。オレじゃなきゃ大怪我だ」


 どういう理屈だ。確かにミナは、エリヤに至近距離での爆発を当てたはずだ。それが気絶どころか無傷で済ませられるはずがない。


「ん? ああ。なんでオレ、無傷なのかって? いいよいいよ。キミ可愛いし、オレ教えちゃう」


 舐められている。エリヤは、ミナのことを本気で敵とは思っていない。ただの女の子だと思っている。殺すべき相手どころか、遊び相手程度に思っているのだ。


「オレの能力は見ての通り肉体を変形させるのさ。固くしたりー、柔らかくしたりー。なんでもござれ!」


 エリヤはミナの前で、肉体の変形を見せる。腕だけではない。足も胴体も、そして顔も。彼は肉体の全てを変形させられる。


「つまり何が言いたいかって言うとね、例えばオレの体が傷つくとする。こういうふうに」


 エリヤは腕を切り裂いてみせた。赤い一筋の切創ができて、鮮血が流れる。が、直後、その傷は閉じて完治した。


「変形させて治したのさ。粘土みたいなものだよ。粘土を真っ二つに割ったところで、くっつければ元通りになるでしょ? それと一緒」


 爆発を食らったとしても、すぐに治癒すれば気絶することはない。傷も治って、全て元通りとなったのだろう。

 彼は説明を終えると、両手を両刃の大剣へと変化させる。


「どー? 凄いでしょ、オレ」


 ──なら、他にもやりようはある。


「⋯⋯そうね。生半可な爆破じゃ、あなたは倒せない」


「でしょでしょ。ならさ、降参したら? オレだってキミみたいな女の子殺したくないし。オレの恋人にでもなってくれたら、殺さないようにお願いするから」


 エリヤは本気でそう言っている。揶揄っているつもりもないようだ。

 ミナはおそらく、本気で、久しい嫌悪感と苛立ちを覚えた。彼女がそういう負の感情を抱くことは珍しいにも程がある。


「──だったら、消し飛ばせばどうなるの?」


「⋯⋯⋯⋯ッ!?」


 明らかに違う火力。雰囲気。威圧感。敵意。

 エリヤは冷や汗をかき、ミナの能力による爆発を本気で回避した。そうしなければならないと、本能が叫んだのだ。彼はこれまで、一度だってこんな感触は経験なかったのに。

 死に直結する可能性を、エリヤは感じ取ったのだ。


「正解みたいね。傷を接合したり、埋めたりすることはできても、粉々に消し飛んだらどうしようもない。あるいは損傷が激しすぎると変形もままならないってところかな」


 粘土を無数に切り刻めば、元の形に戻すには苦労するだろう。そして消し飛ばそうものなら、治すも何もない。

 超能力は身体機能の一つにすぎない。必ず限度がある。


「わたしね、殺しなんて絶対にしたくないの。殺しなんて、ヒーローのすることじゃないから。けれど、あなたはその気で行くくらいで丁度良さそうね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る