あくまのすきなもの

露草

1話目

 


 あるところに、ひとの願いを叶える悪魔がいました。

 悪魔はこの仕事が大好きでした。願いを叶えたひとの喜ぶ顔が好きだから。そして、願いを叶える代わりに大事なものを奪ったひとの哀しむ顔が好きだから。

 ひとの願いはひとの数だけありました。けれど大事なものは、たいてい一つに決まっていました。


 その日も悪魔はとある国で、願いをもつひとを探していました。けれどなかなか見つかりません。

 すると悪魔のしっぽを誰かが強くひっぱりました。小さな子供でした。

「ねえ悪魔さん、わたしの願いを叶えてよ」

 子供の目は強い願いを宿していました。

 悪魔は今まで子供の願いを叶えたことはありませんでしたが、

 ──はらぺこだしな。大事なものは、大人になってから奪えばいい。

「いいぞ。おまえの願いはなんだ?」

「えっと、じゃあ、おなかいっぱいお菓子が食べたい!」

 悪魔はうなずいて、たくさんのお菓子を子供の周りに降らせました。

 広場で煙の立つ街を眺めながら、悪魔と子供は並んでお菓子を食べました。

 煙の数が増えて、お菓子が全部なくなったころ、子供は悪魔に言いました。

「悪魔さん、ありがとう。お礼に大事なものをあげるね」

 子供は笑顔のままでした。

「悪魔さんのお話ね、大人たちから聞いていたんだ。だけどみんないなくなっちゃった。でも大事なものをあげれば、またみんなに逢えるでしょう?」

 悪魔は子供の本当の願いに気がつきました。爆発の音を背中に聴き、悪魔は国の外へ飛び出しました。


 やがて一軒のお屋敷にたどり着きました。

 そこにいた一人の大人も、目に強い願いを宿していました。

「おまえの願いはなんだ?」

 大人は疲れ切った声で答えました。

「この争いを止めてほしい」

「おまえとおまえの仲間が始めたのに?」

「ここまで大きな争いになるとは思っていなかった。止めてくれるなら、わたしの命を捧げたってかまわない」

「だめだ。今のひとにとって、命は『大事なもの』ではない」

 大人は窓の外をじっと見つめました。爆発の音が遠くから響きます。

「わたしたちのせいだ。ひとは哀しみに慣れてしまった。願いも大事なものもどうでもよくなるくらい」

「悪魔はその二つが消えては生きてゆけない」

「ひとも同じだ。今さらわかったよ」

 悪魔も窓の外を眺めました。

「わたしは何を差し出せばいい?」

 大人がのばした手を、悪魔は払いのけました。

「考えろ。大事なものがまた見つかったとき、おれはまた現れる」


 悪魔はそれからもたくさんのひとの願いを叶ええ、大事なものを奪いました。

 長い月日が経ちました。


 あるとき悪魔がとある国のとある街に行くと、広場にお年寄りが座っていました。悪魔は黙って隣に座りました。

「あれから色んなことがあったよ、悪魔さん。辛いことも楽しいことも、新しい好きなひとや好きなものもできた」

 街にはもう煙は立っていません。花と緑、そして笑顔のひとで溢れています。

「奪われたくないなあ……」

 お年寄りの顔には喜びと哀しみが浮かんでいます。

 悪魔は幸せな気持ちで、かつての子供の涙をそっと拭いました。

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あくまのすきなもの 露草 @bluejade293

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