第五章 波と恋敵

第31話 猫の恋愛指南

数奇な運命を語り終えた、怪猫ぽん太。


 だが、まだ話は済んでいないようだ。

(ジンスケ。お前、佑夏に惚れたんだよな。)


 人の心を読む、この猫に隠し事は不可能だ。

「ああ、そうだよ。」


 ちょっと、笑いながら答えてみると。


 ぽん太は、伸びを一つ大きくして

(本当はダメなんだがな。お前には恩がある。

 特別に、これから、お前達二人に起きることを教えてやるぜ。)


 何だ?不吉なことなのか?


(ジンスケも知っての通り、佑夏はあの美しさだ。

 他にも狙ってくる奴が一人や二人じゃねえってことは、お前にも分かるだろう。

 だけどよ、一人、別格なのがいる。)


 そう言うと、ぽん太は、少し真剣な顔付きになって、さらに

(今から一年後、いや二年か?ともかく三年以内であるのは間違いねえ。

 波に乗った男が、お前達の前に現れる。)


「波に乗った男?」

 なんだそりゃ?それが僕の恋敵ライバルになるのか?


 猫は問う

(人間が海で板切れに乗って遊ぶやつだよ。アレ、なんつった?)


 ぽん太の質問に答えて

「サーフィン?」


 次に、このデブの口から漏れたのは驚くべき言葉だ

(おう、それだ。そのサーフィンとかいうのをやってる男と、お前は佑夏をかけて対決することになる。)


 なんだって!?


 そして、猫又は辛辣なことを

(そして、人間のいうステータスで、お前がその男に勝ってるとこは、見事に一つもねえ。)


「ハハハ!はっきり言うな、ぽん太!」


(その辺は人間じゃねえからな、変に氣を回したりはできねえんだ。

 だが、ジンスケが悪い訳じゃねえ、その男のスペックが高過ぎるのさ。)


 ぽん太は、僕をからかっているようには見えない、笑いも無く、真剣そのものだ

(お前だから、まだ何とか、その男とやり合えるってぐらいだ。

 他にも絡んで来る男はいそうだが、ソイツに比べりゃ物の数じゃねぇ。)


 そんなに強敵なのか?ただのサーファーじゃないのか?


 何か、観念したような、この猫

(あ~あ、オレは猫又失格かもな、核心をばらしてやるぜ。

 ここに来てから、ジンスケと佑夏が夫婦めおとになって、二人で笑いながら、オレを抱いてくれてる未来の映像が、一瞬だけ視えたんだ。)


「俺と佑夏ちゃんが夫婦に!?」


(おっと、色めき立つのは早いぜ。

 オレは”一瞬だけ”と言ったんだ。その未来はまだ確定しちゃいねえんだよ。

 お前が”波に乗った男”に勝って、佑夏と結ばれる確率は、そうだな、五分五分ってところだろう。

 まあ、かなり贔屓目に見てやってるがな。)


 僕が佑夏ちゃんと50%の確率で結ばれる!十分過ぎるほど高い数字だ。

「ありがとう、ぽん太。」


(別に礼を言わなくてもいいさ。

 それでよ。その男の居場所だが、今、東京の辺りにいるようでもあり、遠い外国にいるようでもある。

 行ったり来たりを繰り返しているのかも知れねえな。)


 そうなのか?海外のビーチでサーフィンしてるのか?

 しかし、教育大生の佑夏とサーファーでは接点が無いように思うけど?どういうことなんだ?


(ジンスケ、お前は教員採用試験が終わるまで、佑夏に告るのは待つつもりのようだな。

 賢明な判断だ。

 佑夏は、そういう相手想いの真摯な態度を何より好む。)


「ぽん太、なんか、口調が変わって来たな。賢者みたいだぞ。ハハハ!」


(何十年生きて来たと思ってんだ?なめんなよ。ニャハハハ!)


そして、怪猫ぽん太の恋愛指南が始まる。

(波に乗った男が現れるからといって、間違っても、焦って佑夏と一氣に距離を縮めようとするな。

 あの娘は、”男がいないと寂しくて耐えられねえ”、みてえなガキじゃねえ。)


「そんなこと、分かってるよ。」


(なら、話は早え。長い月日をかけて、信頼を築くんだ。一朝一夕で落とせる相手じゃねえぜ。

 今は、先コーになることで、頭一杯だしな。)


 そう言うと、今度は、ぽん太は尻尾をピンと立てて

(佑夏がパートナーを分かち合いたいのは、惚れたハレたの話とちげーんだ。

 長い時間をかけて培った信頼の大きさなんだよ。

 自分を待っていてくれた時間の長さこそが、佑夏からの信頼に繋がる。)


「佑夏ちゃんの負担になるようなことは、しないって。」


(それでいい。お前のお姫さんは、一瞬で燃え上がった恋の炎に身を委ねて、何も見えなくなっちまうタイプの女達やつらとは違う。

 見てる世界が子供の世話、それも世界規模だから、普通の女よりずっと大きいのさ。)


 ぽん太、さすが超常生物だな........。伊達に90年近く生きて来たんじゃない。

 言うことが違う。


(ところでよ、ジンスケ。”恋愛ホルモン”って知ってるか?)


「恋愛ホルモン?なんだそりゃ?」


スマホそいつでちょっと調べてみな。)


 言われるまま、ググってみると......。


「とっても好きだったのに、恋愛ホルモンは三年しか持たないの?」

 こういうタイトルが目に入って来る。


 さらに、かいつまんで要約してみると、こういうことらしい。


 ”恋愛ホルモンとはPEAというホルモン。

 このホルモンをたくさん分泌してくれた人を好きになります。でも、だんだん分泌量は減少し、その効果は三年ほどです。"


 (それが、出てくんのは、見た目がモロに好みだったり、スポーツや楽器が上手かったり、単純にカッコいい、カワイイと思えた時だな。だがよ、一過性の媚薬に過ぎねえんだ。

 そんなもんに寄らねえ愛こそ本物よ。)

 ぽん太が解説を付け足す。


 (佑夏は賢い子だぜ。興奮物質で燃え上がった自分の気持ちさえ、冷静に見つめて正しい判断ができるんだよ。)


「うん、そうだろうな。」

(だから、好きなんだけど。)僕の心の声は、ぽん太に聞こえたか?


 すっかり僕を諭す賢者と化した、怪猫


(佑夏は恋愛ホルモンのことを知ってるんじゃねえ。種の本能なんだ。

女には子を産み、育てる役割がある。

 

だから、恋愛ホルモンの効果が切れる三年経っても、まだ自分を愛してくれるのか?で男を判断する佑夏みてえな子が、ごく稀にだが、いるんだよ。

 

子育ての途中でいなくなったり、他の女に目移りするような旦那じゃ、話にならねえからな。

 そこ行くと、男はどうだ?ジンスケ?)


「圧倒的に、色んな女とすぐヤりたがる、バカばかりだな、ハハハ!」


(その通りだ。だが逆に言ゃ、チャンスだぜ。

 たった三年も待てねえ男は、佑夏と結ばれることはねえんだからな。

 ライバルが消えるってことだ。)


 そして、ぽん太は僕を値踏みするように

(あの娘と出会ってから一年だな。

 どうだ、ジンスケ?あと二年待てるか?佑夏の為に?)


「佑夏ちゃんの為だったら、十年だって待つよ。」


(合格だ。待った月日は絶対に無駄にはならねえぜ。

 自分の為に、長い間、待ってくれた男に感動しねえ女はいねえ。

 出会って間もないのに、いきなり身体の関係を求めてくる奴と、どっちが信用されるか、言うまでもねえやな。)


(んでよ。これはオレの考えだがな。)

 ぽん太は後足で、顔を掻きながら


(三年経って、恋愛ホルモンの効果が切れても、見返りを欲しがらず、まだ相手を想い続けているとな。

 今度は、自分のことはどうでも良くなって、心から相手のことだけを思いやる優しい氣持ちが生まれてくる。

 それが、人間の言う、「永遠の愛」ってやつだ。

 佑夏がパートナーに求めてるのは、まさにそれなんだよ!)


 ああ、佑夏ちゃん、君らしいな。

 超能力猫ぽんたが言うんだから、本当だろう。

 俺も、そう思うよ。


 彼女は大変な美女ではあるが、僕は決して容姿に惹かれたんじゃない。


 初対面の時も、圧倒的な美しさに驚きはした。

 だが、氣になったのは、ぽん太の方である。


 見た目に一目惚れするなど、武の者のすることではない。


 なのに、佑夏ちゃん、君は.......。


 ハンパじゃないくらい多忙なのに、「忙しい」などと一言も口にせず、いつだって周囲をみんな笑顔にしてしまうくらい、明るく振舞う頑張り屋さん。


 膨大な量の勉強は、全て子供達の為。利己を越えた幼い弱者の為の努力。

 施設の児童の世話までする、子供の為の献身性。


 卒論のテーマは「幸福論」。

 自分の知識は社会の為に役立てようとする。

 そして、どれだけ教養があっても、少しも知識をひけらかして自慢したりせず、世界全体の幸せを考える、深い人類愛。

 あの、知性に裏付けされた穏やかな奥ゆかしさは、本当にドキッとするくらい麗しい。


 しかも、勉強一本だけでなく、宅配便の重労働さえ、難なくこなしてしまう自立性。


 料理に裁縫に歌唱に卓球スポーツ

 何でもござれのマルチな才能。

 努力家の彼女のことだから、きっと陰で人の何倍も頑張って身に着けたに違いない。


 それでいて、(ぽん太には悪いが)臭氣漂う、不気味な野良猫一匹、見捨てない優しい心。


 僕の中で、佑夏への特別な想いが確固としたものになったのは、この時である。


 ぽん太の言う「波に乗った男」がどんな強敵であろうと。

 例え、東大出のイケメンであったとしても。


 僕はもう、彼女を誰にも譲るつもりはない。

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ヤマネ姫の幸福論 ふくろう @aki815

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