発見

萩谷章

発見

 博士がハッとした顔で助手の顔を見て言った。


「ちょっと思いついたんだが、聞いてくれ」


「はい、何でしょう」


「ウソ発見器ってあるだろう」


「ええ」


「あれには欠陥があると思うんだよ」


「欠陥ですか」


「ああ。考えてみてくれ。あれは人間の生理的現象から読み取っているわけだ。心拍数とか、声紋とか。しかし、やはりそれでは完璧とはいえないだろう」


「まあ、そうですね。結局は個人差がありますし」


「そうなんだよ。もっとも、現代の技術ではそれが限界なんだろうがね」


「博士が次世代的な技術の先駆者になるのはいかがでしょう」


 助手は冗談の口調で言ったが、博士は窓の外の青空を見ながら大真面目な顔をしていた。


「おお、よく分かってるね、君も。私も同じことを考えていた。きっと私が次世代的な技術を生み出してみせよう」


「なんと素晴らしい。助手として、尊敬いたします」


 助手はつい先ほどの笑顔を恥じ、博士の手をとってそう言った。


「よし、早速取りかかろう。何年かかろうが完璧なウソ発見器を作り、社会に貢献してみせよう」




 博士の研究は何年にもわたった。様々なアイデアを出しては失敗し、助手とともに昼夜を問わず考える日々が続いた。


 その努力が実を結び、ついに完成の日がやってきた。


「やったぞ。完璧なウソ発見器だ。いや、長かった。君もよく離れずにいてくれた。ありがとう」


「ええ、ついにやりました。博士が立派な志を捨てずにいてくださったから、私は離れなかったのです。こちらこそ、ありがとうございます」


 博士と助手は抱き合い、互いの肩は涙で塩辛くなっていた。涙がおさまってきた頃、博士が口を開いた。


「では早速、完成して最初の被験者を探そう。何度も君と私で実験はしたが、やはり完成したからには我々以外の誰かに試してほしいものだ。それで初めて、世間に発表できるのではないだろうか」


「そうですね。誰にいたしましょうか」


 博士は完成の喜びで口角が上がるのに耐えながら、腕組みをして自身の人脈を思い出そうと試みた。


「うむ。では、私の妻にしようか。人体に害がある機械ではないし、何より私を長年支えてくれたんだ。この完成したウソ発見器を最初にお披露目するのが、科学者としての私の感謝の気持ちというものだ」


「確かにそうかもしれませんね」




 翌日、博士は助手とともに何年も研究を続けた部屋に妻を連れてきた。


「いや、君には迷惑をかけたと思っている。夫らしいことが何もできず……」


「いいんです。あなたは科学者です。その頭でもって社会の役に立つのがお仕事でしょう。それを見守り、支えるのが私の仕事ですから」


 博士は泣き出した。横に立っていた助手もつられて泣き始め、博士の妻はそれを優しい笑顔で見守っていた。どうにか涙を止め、博士は大きく深呼吸をして話し始めた。


「さて、既に伝えた通り、君にはウソ発見器の最初の被験者になってもらいたいのだ。これは人体に害はない。安心してくれたまえ」


「あら、科学者の顔に戻りましたね」


 妻のからかうような言い方に博士は顔を赤らめ笑いながらうつむいたが、すぐに顔を上げ、話を再開した。


「さて、作った以上仕組みを話したいが、私と反対で君は科学や数学にはめっぽう弱いんだったな」


「ええ、ですから聞いても分かりませんよ」


「うむ。私も伝わらないと分かっていながら話をするのはあまりいい気分ではない。細かい部分は省いて、端的に話そう」


 博士は一つ小さな咳ばらいをして話し始めた。


「まず、ウソ発見器には人間の生理的現象に頼るところが大きく、それが私の考える欠陥だった。これを直し、完璧なものにするにはどうすればよいか。単純な話だ。被験者の過去が分かればいい。歴史はウソをつかん。しかしだな、分かると思うがこれは大変に難しい。いわば一種のタイムトラベル的なことを言っているわけだからな。努力の末に生み出した仕組みをやはり説明したいところだが、省くことにしよう。まあ、要するにこういうことだ。我々は、人間の脳内にアクセスし、本人でも思い出せないような幼少期の記憶、本人にとっては気にも留めていない日常の小さな出来事まで知ることができる機械を作ったのだ。しかも映像化もできる」


 博士は自慢げに話し、助手はその横で激しくうなずいている。


「私にしてみれば映画のような話だけど、すごいわね」


「そうだろう、そうだろう。諦めなくて本当によかった」


 博士と助手が再び泣き出しそうになったので、妻が遮るように再び話し始めた。


「それは、社会に大いに貢献できるわね。病気の治療なんかにも使えそう」


「そうなんだ。それが科学者である私にとっては大変に嬉しい」


 さて、と言って博士がウソ発見器に手にとったが、元に戻し、くくくと笑って妻と助手の方を向いた。


「おっと、その前に。私の親愛なる助手でこの機械を実験したときの話でもしようかな」


「あら、どんな話?」


「ちょっと博士、やめてくださいよ」


 助手が恥ずかしそうな顔をして博士に言った。


「いいじゃないか、ここにいる三人だけの話だ」


「面白そうね。聞かせてちょうだい」


 助手は諦めたような顔をし、口を尖らせた。


「実はな、今でこそ優秀な助手だが、昔は寝小便たれで、学生時代は恋人の前でかっこつけすぎて振られ、勉強以外となるとあまり得意ではないらしいんだ」


 博士はわはははと笑い、助手は顔を赤くして博士の肩をばしばしと叩いた。


「かわいらしいところもあるじゃないの」


 博士の妻がうふふと笑った。


「まあ、こうして我が優秀なる助手の人間らしい側面が分かったのも、この機械の思いがけない効果の一つだな」




「さて、余談はこのくらいにしよう」


 そしていよいよ、博士と助手以外を被験者としたウソ発見器の実験が行われることとなった。


 博士は妻の頭部に様々なコードを取り付け、ウソ発見器の本体につないだ。


「さて、今から君の記憶をこの機械の中に録画する。しかしそれを映像として見るには、また様々な作業を経る必要があるから、後日になってしまう」


「そうなのね。また別の日に見に行くから、呼んでね」


「ああ」


「博士、いつの記憶にしますか」


 ウソ発見器の本体の前にいる助手が聞いた。


「そうだな、君のときは幼少期を初めに見たっけ。じゃあ、今回もそうしよう。幼少期に設定してくれ」


「はい」


 機械が動き出した。大きな音を立てず、近くで耳をすませると、かすかに機械らしい高音が聞こえるのみ。


 二分ほどして、機械が稼動をやめた。


「よし、終わったぞ」


「あら、もう終わったの。随分静かなのね」


「そこも自慢できる点なんだ。これで君の記憶は録画できた。また後日に呼ぶから、待っていてくれ」


 妻を帰し、博士と助手は映像化の作業に取り掛かった。




 数日後、映像化を終え、博士は妻を呼んだ。しかし、その顔色はあまりよくなかった。


「あと三十分もすれば来るだろう」


 口調もどこか暗い。


「博士、そんな顔をしていては奥さんが……」


「大丈夫だ。彼女が来ればちゃんと笑ってみせるさ」


 博士はどうにか力を入れて口角を上げ、そう言った。


「いや、しかし……。奥さんが精巧なアンドロイドで、人間としての記憶を埋め込まれていたなんて、そんなことありえません。やはり、やり直しましょう。機械が間違っていたのです」


「いや、私と君の努力の結晶なんだ。何度も実験した。間違いがあるものか。幼少期の記憶を見たら、ほんの少しだけ『機械として作られた』記憶があった。それは曲げようがない事実だ」


「いや、しかし……。現在、アンドロイドはあの暴走事件があってから禁止されています。奥さんが本当にアンドロイドなら届け出なければなりません。博士に科学者としての矜持があるのはよく分かりますが……。やはり機械の間違いだと考えるべきです」


 博士はこの間の嬉し涙とは真逆の意味の涙を流しそうになっている。


「ううむ、しかしなあ……。ああ……」




 しばらくしてから、博士の妻が陰鬱な雰囲気漂う研究室の中に入ってきた。そして博士と助手が口を開くより早く、話し始めた。


「あのね、言わなければならないことがあるの」

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発見 萩谷章 @hagiyaakira

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