ガンゲーム3


「そう言えは今日の晩御飯は何にする?」


 皆が一口目を飲み終えた辺りでリレーサが尋ねた。

 任務が終わった後は毎回初の奢りで美味しい物を食べに行っている。任務が早く終わった日はその日の晩に、昨日のように遅い時間に終わった日は翌日の晩に。


「私は肉が良いんだけど」


「何が食べたいか考えといてくれ」と言って出ていった初に、言い出したリレーサは言葉を続ける。

 リレーサはじゃあそれで、となるのを期待して最初に言ったが、思ったようにはいかなかった。


「私はピザ」

「私は寿司が良い」

「私はカレーが良いです」


 皆が食べたい物を言っていく。


「イヴァは肉が良いよね?」


 リレーサがイヴァに尋ねるという体で同意を求めたのは、食事にはイヴァも一緒に行くからだ。

 これには任務を頑張ったご褒美的な意味もある。任務に参加していないイヴァも食事に行くのは皆が外食する中一人だけ留守番と言うのは悲しいからだ。

 多数決で決めようとしたリレーサに、しかし、尋ねられたイヴァは曖昧に答える。


「この中ならどれでも良い」


 この話題に限ってはイヴァは毎回曖昧に答える。それは、命を懸けたのはリレーサ達でイヴァは懸けていないからだ。


「えー、決まらないじゃん」

「じゃあ勝負する?」


 嘆くリレーサにエリシーが持ちかける。


「いいけど、いいの? それ提案した人は負けるんだよ」

「だったら今あんたが飲んでるコーラは何?」


 エリシーはつい言い返してしまう。ドリルでジュースを賭けようと言い出したのはリレーサだ。そして結果は言い出したリレーサが一位を取った。


「で、何するの?」


 尋ねたキリエに、勝負で決めるというのは決定していた。

 各自が考える。だがなかなか浮かばない内容に、パッと妙案が浮かんだリレーサはイヴァの方を向く。


「イヴァが考えてよ」


 丸投げしたリレーサに、だがそれはそれで良い考えだった。


「ディーラーか、いいよ」


 こんな状況で提案されるのは大抵自分にとって有利なゲームだろう。そうなれば誰のゲームを採用するかの話になる。ならばどれでも良いと言いた人間が決める。

 考えるのを止めた皆に、イヴァはしばし黙考する。


「ラピッドファイアでどう?」


 ラピッドファイアとは、競技射撃の一つで時間内に決められた弾数を撃ちその得点を競う競技だ。

似た競技にブルズアイと言うものがある。これも時間内に決められた弾数を撃ちその得点を競う競技だ。

 ラピッドファイアとブルズアイの違いは与えられる時間で、ブルズアイの持ち時間の単位が分であるのに対し、ラピッドファイアの持ち時間の単位は秒だ。

その為、ブルズアイは一発一発をじっくりと狙って撃てるが、ラピッドファイアは連射のような速度で撃たなくてはいけない。

ブルズアイにしなかったのは、それにするとエリシーが有利過ぎるからだ。


 イヴァの考えたルールは、メインなら二五ヤード、サブなら一〇ヤード(九・一メートル)の距離から五発撃ちその得点を競うもの。

持ち時間は一秒一発の計算で五秒。近い距離で撃てるサブを選ぶか、遠いがストックで安定した射撃が行えるメインを選ぶか。ゲーム性もあり良いドリルを考えたとイヴァは自負する。が、文句人物が一人居た。それは丸投げしてきたリレーサだ。


「エリシーに有利過ぎない? エリシーの銃マークスマンだし、スコープ乗ってるんだよ」


 エリシーの銃は狙撃に特化してもで、光学機器の付いた銃を持っているのはエリシーだけだ。

 他の三人はアイアンサイトなのに対してエリシーはスコープで狙える。スコープで狙えば二五ヤード離れていても的は一○ヤードよりも近くに見えるだろう。

 メインは距離というハンデを背負う代わりにストックによる安定した射撃というアドバンテージを得られる。

しかし、エリシーはメインを選べば距離のハンデは負わないまま、ストックによる安定した射撃というアドバンテージを得られる。

 好物が掛かっているのだ反対するリレーサに、しかし、その言葉一蹴される。


「いいじゃん反動デカいんだし。それにエリシーがFAL使うとは限らないでしょ」

「そうだけど」


 皆、皆の銃を撃ったことがある。エリシーのFALを撃った事のあるリレーサはその反動を知っている。

 自身が使っているM4と比べ遥かに大きかった反動に、反動の大きい物を連射すれば当然命中精度は下がる。

その為、エリシーがメインを選んだ場合は距離のアドバンテージを得る代わりに、反動が大きいというハンデで追う。


「撃つ順番はさっき同じでいいでしょ」


 撃つ順番は先程のドリルと同じでリレーサ、エリシー、キリエ、シーナの順。決めるとイヴァは一番手のリレーサにA4サイズの紙を渡す。

 それは的で、紙には四つの円が印刷されている。的は一○点、九点、八点から構成されている。

一○点圏は二重丸になっており、中心を示すバツ印を囲む円に更にそれを囲む円。円の直径は内側が四センチ、外側が八センチになっている。九点圏の円の直径は一三センチで、八点圏の円の直径は一九センチになっている。

 メインを選んだリレーサは、的をセットすると二五ヤードの線に立つ。


「五秒のタイマー聞かせて」

「いいよ」


 ドライファイア前そう言ったリレーサに、イヴァはタイマーで五秒を計る。

 〇、一、二、三とゆっくり流れる時間に五秒間の沈黙。


「OK?」

「OK」


 五秒は短いようで意識すると以外に長い。しかし、そう思ったのも束の間、ドライファイヤしようとリレーサは短いと感じる。

 最初は一秒一発と考えていたが、銃を構えてからのスタートではない。五秒には銃を構える時間も含まれている。

銃を構えるのに一秒として撃てる時間は四秒。一発に掛けられる時間は一秒以下だ。


「これ五秒超えるとどうなるの?」

「……得点なし?」


 リレーサは振り返ると尋ねると、イヴァが疑問形で答える。それに反対する者はおらず、リレーサは訊いたことを後悔した。

 訊かなければタイムオーバーしてもルールの欠如で自身に有利なよう持って行けたが、もう決まってしまった。

 そうして決まったルールにリレーサは更に五秒を短く感じる。

 早く撃たなければいけないという焦りにとは裏腹に正確さを求めて来る射撃。早さを優先すれば正確さが疎かになり負ける。逆に正確さを優先すればタイムオーバーになる可能性がある。相反する二つのものに難易度は先程のドリルよりも高い。


 コーラとは違いこのドリルには好物が掛かっている。上がった報酬に比例するように上がった難易度。先程よりも緊張する体に、リレーサは強張らないようにと肩を動かすと体をほぐす。

 何度か行ったドライファイアに、リレーサはサブではなくメインを選んで良かったと思う。

ハンドガンであればホルスターに収めた状態からのスタートになるので構えるまでに一秒程掛かる。それに対してライフルはローレディからのスタートなのでハンドガンの半分程の時間で構えることが出来る。

  リレーサは銃にマガジンを挿すと弾を装弾する。それは準備完了の合図だ。


「アーユーレディー、スタンバイ」


 早く構える。そして正確に撃つ。なにより焦らないように。そう頭の中で反芻していたリレーサは、ボタンに指を乗せるエリシーの声に反芻していた内容を彼方へとやると、深呼吸し頭を本番に切り替える。

 目で狙いを定めその時が来るのを待つ。鳴ったブザーに視線は固定したまま視線に銃を同調させる。

最初から目で狙っていればそこに銃を持って来るだけで狙いは定まる。

 的は一○点圏と九点圏が視認し易いように黒塗になっている。しかし、手のひら程あった的も二五ヤードも離れればゴルフボールサイズだ。


「タイムは?」


 撃ち終わるとリレーサはまずタイムを訊く。


「三・九一」


 タイムオーバーは免れた。さて、と点数を確認したリレーサ。外したターゲットペーパーにそれを席へと持ち替える足取りは重い。

正確に撃つつもりだったが、残った一秒にリレーサはスピードシューティングのような感覚で撃ってしまっていた。早く撃てばそれだけ制度は下がる。

一○点に二発、九点に一発、八点に二発で合計は四五点。

 リレーサは何度も五○点を取ったことがある。だからメインを選んだ。しかし、明らかに五秒という時間に翻弄されたそれは自分のとは信じたくない結果だ。

 残っていた一秒にリレーサは思った以上にタイムオーバーを気にしていた。

 何より一番のショックの理由をリレーサは尋ねるという形で口にする。


「これ肉どう?」

「諦めるしかないわね」

「だよねー」


 内心思っていることを落ち込むリレーサ。

 肯定したエリシーは自分の順番に立ち上がると、的をセットする。立つ二五ヤードの線にエリシーが選んだのはメインだ。

 スコープを覗き的の見え方を確認するとエリシーは弾を装弾する。


「いいの?」

「ええ」


このドリルではドライファイアはして良いが、ドライファイアをせず一発本番をしようとするエリシーにキリエは尋ねる。

キリエが何を尋ねたかはエリシーも分かっている。返って来た返事にキリエはボタンに指を乗せた。


「アーユーレディー、スタンバイ」


 ブザーが鳴ると、エリシーはタイムオーバーになっても良いとばかりにゆっくりと丁寧に構える。

 正しい姿勢で撃てばそれだけ反動は小さくなる。逆に正しくない姿勢で撃てばそれだけ反動は大きくなる。

ゆっくり構えたのは、早さを優先して正しくない姿勢で構えるよりかは、時間を掛けてでも正しい姿勢で構えたほうがリコイルコントロールに時間を取られず最終的にはプラスになるからだ。


 スコープを覗き込むと、的はまるで手に持っているかのように近くに見える。

よく見える的に、しかし、よく見えるということは撃った際のブレも良く見えるということだ。

 跳ねた銃口にスコープのレティクルは一○点圏から枠外へと移動する。エリシーはそれを一○点圏へと戻すと引き金を引く。また枠外へ行ったレティクルを一○点圏に戻し引き金を引く。その繰り返し。

 よく見えるのは良いことで弾は全て一○点に命中する。しかし、このドリルに限ってはよく見えるのは悪いことでもある。見えなければ開き直って感覚で撃てるが、見えれば見えるからこそ狙ってしまう。

 見えなければ九点でも引き金を引くことが出来ただろう。しかし、見えるからこそ絶対に一○点でなければ引くことの出来ない引き金に、ついつい狙ってしまい一発一発を撃つのに時間が掛かってしまう。

 だが、それは逆にいえば一○点にさえなれば何の躊躇いもなく引き金が引けるということでもある。

だからエリシーはリコイルコントロールに重きを置いた。上手くリコイル制御をすれば一発に掛かる時間を短縮出来る。

 エリシーはまるで機械のように跳ね上がった銃口を戻す。ただ機械ではないエリシーにタイマーの機能は備わっていなかった。

 大口径の強い反動が五秒の感覚を狂わす。そして、あと数ミリ銃口を下に下げれば一○点という所で指が先走ってしまった。

 弾が九点に一直線に向かっていくのがスコープを通してよく見える。


「四・三七」


 一○点に四発、九点に一発で合計は四九点。

 銃口を数ミリ下に下げるだけの時間は残っていた。先走った指にエリシーは精進が足りないなあと思う。

パーフェクトを逃したのは悔しいが、それでもこの点数このドリルは勝だ。


「今晩はピザね」

「これ私する意味ある?」


 もう決まったかのような勝負。勝ち誇ったエリシーに、呟いたのはキリエだ。

 ゆっくりと立ち上がるキリエにリレーサは言う。


「あるよ。私ピザよりは寿司が良い」

「あんたねえ」


 肉が無理だと分かるや次に食べたい物を言ったリレーサに、エリシーは呆れたとばかりに呟く。


「どっちで撃つ?」

「ハンドガンで」


 キリエにイヴァが尋ねる。

 リレーサは安定した射撃を選び、エリシーは視認性を選んだ。当初キリエはメインでやろうと思っていた。しかし、リレーサとエリシーの結果を見てそれを変えた。

的が良く見えていなければ安定した射撃をしたところで点は取れないのだ。


「キリエ頑張って」

「まあ任せて」


 リレーサの声援を一身に、キリエは五ヤードの線に立つ。

 ハンドガンはドローしなければならない。


「アーユーレディー、スタンバイ」


 何度かのドライファイアに、弾を装弾したキリエは深呼吸をすると体を落ち着かせる。

 鳴ったブザーに、キリエはエリシーを真似をすると、ゆっくりとホルスターからハンドガンを抜いた。


「四・七一」


 一○点に四発、九点に一発で合計は四九点。


「ねえ、これどっちになるの?」


 机に並べられたエリシーの四九点と、キリエの四九点にリレーサが尋ねる。

 四九点が二人。一位の報酬からして同率一位は有り得ず、同じ点数になった場合どちらが上位になるかは決まっていない。


「タイムが早い方が上じゃない?」


 同点なら早い方が上。分かりやすいが、それをルールに加えるとして問題なのは提案したのがエリシーということだ。


「ルールの不遡及、反対。自分が有利になれること言うなんて」


 リレーサにしては難しい言葉を知っているなと思ったエリシーは、ではリレーサはどんなキリエにとって有利なことを言うのかなと思う。

 エリシーは自身とキリエのターゲットペーパーを見比べる。タイム以外に判断するとすればグルーピングだろう。だが、同じ九点に開いた孔でもエリシーのは一○点寄りなのに対してキリエのは八点寄りだ。

グルーピングでもエリシーの方が上。

 さて、どんなことを言うのか、と思ったエリシーに、リレーサが口にしたのは結果など関係ないものだった。


「ここはもう公平な私が判断するしかないね」

「そうだね、ここは公平なリレーサに判断してもらおう」


 リレーサは私ピザよりは寿司が良いと言ったのを忘れたのだろうか。立場を公表していたのに、さも公平を語るリレーサ。

キリエはリレーサが自分の味方なのを知っているが、しかし、そんなこと知らないとばかりにリレーサの発言に賛同する。

まるで事前に打ち合わせしていたかのようなやり取り。


「私のこと忘れていませんか?」


 微笑みを浮かべ、会話に加わるような口調で言って来たのはシーナだ。


「リボルバーでしょ」

「はい」


 ショットガンは手動装弾の為タイムオーバーになってしまう。リボルバーしか選択肢がないシーナに、イヴァはそのことを考えていた。

 この手のドリルは一○発一○秒で一○○満点が普通だ。だが、五発五秒で五○満点なのはシーナのリボルバーの装弾数が六発だからだ。


「五秒聞かせてくれませんか?」

「いいよ」


 既に撃ち終えたリレーサ達は何の気なしに聞くのに対して、今から撃つシーナは目を閉じると全集中で五秒を覚える。


「ありがとうございます」


 シーナは普段はスピードローダーを使って装弾しているが、六発の弾を瞬時に装弾出来るスピードローダーに今回撃つ弾は五発。

よけいな一発に、シーナはシリンダーを開くと一発一発手動で装弾する。装弾された五つの薬室と空の一つの薬室に、シーナは空の薬室が一番上に来るようにシリンダーを閉じる。


「アーユーレディー、スタンバイ」


 銃をホルスターに収めたシーナに、リレーサがボタンを押すとブザーが鳴る。

 シングルアクションに比べダブルアクションは当たらない。

 シーナの銃はリボルバーで、シングルアクションで撃とうにも制限時間的にハンマーを起こす暇はない。その為、ダブルアクションで撃つことを強いられる。

 しかし、シーナの銃はモデル19で、コツを習得していればダブルアクションをシングルアクションとして撃つことが出来る。

 長いストロークの引き金を途中まで引くと、カチッと指でハンマーを起こしたような音が鳴る。回転が停止したシリンダーにそこからはシングルアクションで撃てる。

 五秒を告げるブザー鳴ると同時にパーンと五発目が発射される。

 的に目をやっていたリレーサは、その精度にタイムを伝えるのを忘れていた。


「何秒ですか?」

「五・三〇」


 中心に空いたゴルフボールサイズの孔に、得点は満点の五○点だった。

 余裕のある表情で尋ねるシーナに、リレーサは訊かれてタイマーに視線を落とす。

 五秒超えれば得点なしで、タイムは○・三秒オーバーしていた。しかし、以前余裕のある表情で尋ねるシーナにタイムオーバーで落ち込む様子はない。


「若干オーバーしているけど、リアクション含めて計ったら五・三秒まではセーフで五・三一からがアウトだからギリギリセーフ。だからチャンピオンはシーナ」

「赤子泣いても蓋取るなですよ」


 シーナは微笑みながら優勝の秘訣を口にする。

 最後に撃つシーナは皆のリズムとタイムを観察していた。一体どのぐらいのリズムで撃てばどのぐらいのタイムになるのか。

一番時間を掛けて撃っていたのはキリエで、シーナはキリエのリズムを参考にすると聞いた五秒という時間の流れに、一発に最大限時間を掛けて撃った。

 話をするなら私が撃ち終わった後で、その様に聞こえた言葉は実は私が満点を取るからする必要はない、と言う意味だった。


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同日 一九時〇〇分

帝都 カレー専門店

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「それでカレーになったのか」

「初さんに撃ち方を教えてもらったおかげです」


 ほのかに漂う石鹸の香りにリレーサ達の服装が今朝とは違うのは出かける前、彼女達がシャワーを浴びたからだ。

 違うと言ってもシャツにカーゴパンツと色が変わっただけの服装に、シャワーを浴びたのは火薬の匂いや汗を落とす為だ。

 注文をしてから経緯を聞いていると、聞き終わったタイミングで大盛りのカレーが運ばれて来た。

 一斉に運ばれた料理に各自が注文した料理を受け取る。テーブルに並ぶのはビーフカレーにバターチキンカレー、ポークカレーにチキンカレー、スパイシーカレー。


「キリエはシーフードカレーじゃなくて良かったのか?」


 ビーフカレーは初とリレーサ、バターチキンカレーはエリシー、チキンカレーはシーナ、スパイシーカレーはイヴァ、ポークカレーはキリエだ。

 リレーサは話では肉を食べたがっていた、だからビーフカレーを注文したのだろう。それは分かる。だが何故寿司を食べたがっていたキリエはポークカレーを注文したのか。メニューにはシーフードカレーも乗っているメニューになかった訳ではない。


「寿司が食べたかっただけで海鮮系が食べたかった訳じゃないんだよ」


 海鮮系じゃなくて良かったのか、と問う初にキリエは答える。


「そう言えばどうしてカレーなの?」


 エリシーは咀嚼していた肉を飲み込むと、前から訊こうと思っていたことをシーナに尋ねる。


「どうしてカレーとは?」

「前はずっと中華ばっかり選んでいたでしょ。なのに今はカレー。それが何でなのかなと思って」


 夕食を賭けたゲームは今回が初めてではない。何度も意見が対立し、その都度ゲームで解決して来た。

そう何度もやっていれば個人の好物は自然と分かって来る。

リレーサの好物は肉だ。その為リレーサは毎回肉を所望する。エリシーとキリエは自分の好物の中からその日の気分で食べたい物を言う。ただシーナだけはよく分からない。


 シーナはリレーサのように毎回同じものを所望する。ただリレーサは毎回肉が固定なのに対し、シーナはずっと同じものを所望していたのにある時急にブームが変わったかのように別の食べ物を所望しだす。

それこそ、前はゲームに勝つたびに毎回中華を所望していたが、ある時急それがカレーに代わり、そこからはずっとカレーを所望し続けている。


「それ私も気になってた。何で?」


 エリシーの問に食べるのに夢中になっていたリレーサもカレーを口に運ぶ手を止めると乗っかる。


「味の研究です」

「それってどういうこと?」


 疑問符を浮かべるエリシーに代わりリレーサが尋ねる。だが帰って来た答えはよく分からないものだった。


「チャーハン美味しくなったの気づきませんでしたか?」

「?」


 シーナの料理はどれも美味しい。言われてみれば、と言うような顔をしながらも、頭上にはどういう意味、と疑問符を浮かべるリレーサ。


「だから味の研究です。美味しいお店のを食べて、自分が作ったのと比較して、お店の味に近づけようとしているんです。皆に美味しい物を食べてもらいたいので」


 説明してという顔のリレーサにシーナは言う。

 満席の店内に今初達がいるのは帝都で有名なカレー専門店だ。

 寮の食事はシーナが作っている。思えばシーナが所望していたのは食卓に並ぶ頻度の高い料理ばかりだ。


「そんな崇高なお考えがあったなんて……」


 皆の為にありがとうございます、と頭を下げるリレーサ。シーナは分かってもらうと、これも分かってくれますか? とばかりに続ける。


「では今後は晩ご飯は全部私が選んで良いですか?」

「それは了承しかねます」


 笑顔で言って来たシーナに、リレーサは代わりにとばかりにリ自身のカレーの皿を献上するように差し出す。


「一口差し上げるので今後のカレーは全部ビーフでお願いします」


 寮の食卓に並ぶカレーに入っている肉は鶏だ。理由は安いから。

 皆の為にもっと料理の勉強がしたいと言ったシーナ。リレーサはその要求を拒否すると、高い牛を入れろと、人の要求は蹴っておいて今度は自分が要求は通そうとする。

 一口貰えば了承したと取られかねない。が、シーナは気にせずスプーンで肉を掬う。分かっているのだその声色からリレーサが本気で言っていないことを。


「それは難しいですね」


 そう言い牛を口に運んだシーナは、食べごたえや肉のうまみ、リレーサが牛を要求するのも納得出来る味に顔をほころばせる。


「肉食べたのに?」

「はい。ですが検討はしてみます」

「やったあ」


 漫才のようなやり取りにテーブルは笑顔で溢れる。


「初、一口上げるから一口頂戴」


 エリシーから差し出されたバターチキンカレーに、初はビーフカレーの皿と交換する。


「あー、ずるい」


 始まった交換に意義を唱えたのはリレーサだ。


「ずるいって、ただの交換でしょ」


 私も初と交換したいとばかりに言ったリレーサにエリシーは告げる。


「じゃあ私としよ」

「いや、いい」

「なんで?」

「だって同じビーフカレーでしょ」


 リレーサと初は同じビーフカレーだ。ただの交換と言うのなら初とではなく私としようと提案して来たリレーサに、エリシーはそれを遠慮する。

これが皿を交換する前であれば別にそれでも良かったが、既に初と皿を交換し終えたエリシーにとって、今から初にビーフカレーを返し、リレーサからビーフカレーを受け取るのは手間なだけだ。


「交換したいならすればいいじゃない」

「えー、でも」


初とリレーサは同じビーフカレーを注文しており、交換しようにも口実がない。


「だから私はポークにしたんだよ。初、私とも交換しよ」


 初の元に戻って来たビーフカレーに今度はキリエが初と交換をする。


「初なら交換してくれるわよ」

「するか?」

「する!」


 言ったエリシーに初が尋ねると、リレーサはとても嬉しそうな声で答えた。

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