55.好きな人の傍にいたい

 大変疲れた気持ちで、ノエルは部屋を出た。

 廊下を歩きながら、何故かユリウスに手を引かれている。


「疲れましたね」

「本当に疲れたよ。だから、あの人に関わるのは嫌なんだ。五分で終わる話を二時間に広げる人だよ」


 ユリウスも、げんなりしている。

 きっとあの場にいた人間はジャンヌ以外全員疲れているはずだ。


「でしたらノエル様は私がお運びいたしましょうか?」


 後ろでノアが胡散臭い笑顔をまき散らしていた。

 ユリウスとノエルとは違い、疲れ知らずの笑顔だ。


(ノアの思惑がどこからどこまでかは知らないが、ある程度の希望は通ったんだろうな)


 ノアが体を張って得た国防という結果は上々だったのだろう。教会もファーバイル家も傷付けず、自分一人ですべての罪を被った。

 だから、こんなにも堂々とすっきりした顔をしていられるのだ。


(私の護衛なんか、絶対嫌だろうと思うけど、聖魔術師の立場を保持するためには仕方ないのか)


 それはノエルが望んだことでもある。ノアには何としても聖魔術師でいてもらわねばならない。ノエルが聖魔術師に加えられた以上、護衛という名目があれば、ノアの地位も必然的に守られる。


(私だって嫌だけど。世界の崩壊を止めるためだ。我慢しよう)


 ユリウスがノエルの腕をひいて、ローブの中に庇った。


「ノエルに触れるな、近付くな。お前はどこまで付いてくるんだよ」

「私はノエル様の護衛です。四六時中、傍にいますよ」


 初めて会った時のような、張り付いた笑顔だ。

 距離を詰めるノアからユリウスが距離をとる。


「本当に四六時中って訳にはいきませんし、国王陛下から何か指示は出ていないのでしょうか?」

「私も今日から教員として学院内の研究室に移ります。それ以上の指示はノエル様からいただくようにと承っております」

「じゃぁ、とりあえず学院の敷地内くらいの距離感でお願いします。あと、敬称はおやめください。できればその胡散臭い笑顔もやめてもらえると助かります」


 ノアの顔から即座に笑顔が消えた。


「そうか、ならば、さっさと帰るぞ」


(テンション、ダダ下がった‼ 別人レベル‼)


 外に待機している馬車に手を上げる。


「早く来い」


 ノアがノエルに手を差し出す。

 言葉はぶっきらぼうなのに仕草は丁寧な辺りが、貴族なんだなと思う。


「まさか、一緒に帰るつもり? 同じ馬車に乗るつもり?」

「当然だろう。私は、ノエル様の護衛、だからな」


 ふん、と顎を上げて嫌味が飛び出すが、顔は笑っていない。

 ユリウスが、あからさまに嫌な顔をした。


「絶対に嫌だよ。一人で勝手に帰ったら?」

「お前が一人で帰れ。私はノエルと帰らねばならない。私の意志とは関係ない。仕方ないだろう」

「守るつもりのない護衛なんかいらないよ。大体お前が一番、危険だ」

「心配するな。お前と違って乳臭い小娘に興味はない」


 そりゃそうだろうな、と思う。


(だって、どう見てもノアってユリウスのことが好きだよね。そういえば、二次創作のBL、一番人気は確かノアユリだった気がする。あれ、間違ってなかったんだ)


 乙女ゲームなので、たとえサブキャラでもシナリオ内にBL描写は書いていない。だから公式において、ノアがユリウスに恋心を抱いている設定はない。

 しかし、この世界のノアは明らかにユリウスを想ってる、とノエルは思う。


(私の考え過ぎだろうか。穿った脳みそが見せる幻影だろうか)


 しかも、言い合いしている二人は、なんだかんだ仲良しに見える。

 ノエルは、差し出されたノアの手を取った。


「さっさと帰りましょう。たった三人に馬車二台も使う必要ないですよ」


(間接的にユリウスと手を繋いだ気持ちにでも、なってもらうか)


「ノエル? 何してるの? 無駄にノアに触っちゃいけません」


 ユリウスに引っ張られて体制を崩す。

 転びそうになったところをノアに引っ張り上げられる。

 長身の二人の間で、ぶらん、と宙に浮いた。


(こういう民芸品みたいな玩具、なかったっけ?)


 地面に映る影を眺めて思った。


「ノア、ノエルの手を離せよ」

「今、離したら怪我をするのはノエルだと思うが? 大切だというのなら守り方を考えろ」


 ユリウスがノアを睨みつける。

 二人が同時にノエルの体を降ろしてくれた。

 ノアが馬車に乗り込み、ノエルの手を取って乗車を促した。


「だから勝手にノエルを連れて行くな」


 あとから乗り込んだユリウスがノエルの隣に腰掛ける。


「私にあっさり奪われるようでは、この先、誰にノエルを持っていかれるか、わからんな。国王が護衛を付けたがる気持ちも理解できる」


 不敵な笑みでノアがユリウスを挑発した。


(もしかして、久しぶりにユリウスと絡めて楽しいのかな。ユリウスはすごく嫌そうだけど)


 BLの定番パターンだな、と思う。ノンケの受けは初め、攻めを拒絶するものだ。


(いやいや、違う。ここは乙女ゲの世界。ユリウスは攻略対象だからノアに持っていかれるのは困る)


 とりあえず助け舟は出さねばなるまい。


「あの、ノア様。引き取るとは言いましたけど、私は別にノア様に何かしていただこうとか守ってもらおうとかは、思っていませんので、好きに過ごしていただけたらいいかなと思いますが」


 ノアの顔にまた胡散臭い笑顔が張り付いた。


「私のことはノア、とお呼びください、ノエル様。敬称も敬語も必要ありません。やめていただけない場合、私もこのスタイルを貫きます」

「では、ノアで。お互いラフに会話しよう、そうしよう」


 ノアの顔から笑顔の仮面が消える。

 早業過ぎて、表情筋どうなっているんだろうと思う。


(いままで、こういう生き方してきたんだろうなぁ、この人。疲れただろうに)


 だから今、ちょっと楽しそうなんだろうか。教会の大司教という立場など、裏を返せば重責でしかない。しかも、この若さで頂点に立ったノアだ。敵も、さぞ多かっただろう。


「私は普段、ユリウス先生の研究室にいるから、用があれば来てもらえれば」


 自分からノアを訪ねることもなさそうだ。


「ノエル、それって僕に対する嫌がらせ?」


 ユリウスが想像以上に嫌な顔をしていた。


「あ、ごめんなさい。そういうつもりじゃ。じゃぁ、寮の部屋にでも来てもらうってことで」

「やっぱり僕の研究室でいい」


 不服そうな顔ながらも納得してくれた。肩に腕を回されて、体を寄せられる。


(何もそこまで嫌がらんでも。あ、でもこの二人の過去を私は知らないんだった)


 シナリオに書いていない、没にすらなっていない二人の過去が存在するのだろうと、この前の事件の時に思った。

 それはきっと、二人にとり軽くない何かだったんじゃないかと思う。あまり余計な真似は出来ない。


「僕もノエルに呼び捨てされたい。敬語なしで話したい」

「それは無理ですよ。学院では、どうするんですか?」

「学院では、いつも通りに。プライベートなら、良いでしょ?」

「面倒です」


 使い分けるのが、めんどい。


「私も近いうちに教壇に立つ。その時はユリウスと同じでいいぞ」


 さりげなく会話に入ってきたノアに、ノエルが食いついた。


「じゃぁ、今からノア先生で、敬語でいいですよね」


 正直、呼び捨てで敬語なしで話すのは、話しずらい。


「構わん。それより、ウィリアム皇子との婚約を何故、蹴った。あれがお前にとり最も安全な保身の方法だったと思うが」


 肩に回ったユリウスの指が、ピクリと震える。


「それをノア先生が聞きますか。あれ、ブラフですよね。国王の目的は私にレイリーの教育をさせること。断ること前提の婚約のご提案でしょう」


 ファーバイル家が噛んでいる以上、ノアが国王の真意を知らぬはずはない。だからこそ、あの場に居合わせた。


「ブラフではないがな。ノエルがレイリーの教育に失敗すれば、ウィリアム皇子の婚約者はノエルだ」


 目が点になった。


「は? いや、取下げになりましたよね?」

「なってないよ。国王は取り下げるとは一言も言っていない。あの婚約話は保留。決めるのは、ウィリアム本人だ。もちろん、正式発表には至らない内々の話だけどね」


 ユリウスが苦々しい顔をする。


(確かに言わなかったけど、婚約ってそんな簡単にできるの? ノエルの実家が知ったら手放しで喜ぶよ? そうなったら私に断る力とか、ないんだけど)


 血の気が引いていく。

 改めて、ジャンヌの怖さを思い知った。


「お前にとって悪い話ではないはずだ。何故、断る?」


 ノアの問いに、ノエルは口を噤んだ。


(何故ってそんなの。ノエルがモブで、本来、攻略対象と結婚なんかしないキャラだからだ)


 でも、それだけじゃない。


「レイリーには幸せになってほしいんです。彼女が今までしてきた努力は、こんなところで終わっていいものじゃない」


 原作者だからってだけじゃない。推しの幸せを願うのはファンなら当然だ。


「そうか」


 ノアが小さく笑んだ。


「今のファーバイル家には、王族が婚姻を結ぶような価値はない。それでも婚約の継続を望むなら、レイリー自身が自分の価値を上げなければならない」


 ノアがノエルに頭を下げた。


「どうか、妹をよろしく頼む」


 初めてノアの本音を聞いた気がした。

 深々と下がる頭を見詰めて、決意を固めた。

 

「私が貴方の妹をフレイヤの剣の後継者にしてみせると、約束します」


(今までで一番、原作者として本領発揮する場面がやってきた。今が、私の使いどころだ)


 ノエルは決意を新たにした。




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