36.何故か、ロキに告られました

 ロキが、ひょっこり起き上がった。


「どうして、ノエルが暗い顔するの。俺が可哀想だと思った?」


(しまった。勘違いさせたっぽい。いや別に、ロキを可哀想だと思わないわけじゃないけども)


 設定が微妙に変わっているかもで悲しいです、とも言えない。


「可哀想だとは、言わないよ。玉砕する勇気はないのかな、とは思うけど」

「うわぁ、やっぱりノエルって辛辣だねぇ。死ぬ前提で突っ込めと?」


 苦し紛れの言葉に、ロキがドン引いている。


(なんか、ごめんだけど、でも。ここは一度玉砕して、すっきりさっぱりレイリーのことは忘れてもらおう!)


 ノエルは咳払いして、表情を整えた。


「だって、まだ当たってもいないんでしょ? 砕けてないから、引き摺るんじゃないの? 一回くらい砕けといたら、次に進めるかもしれないよ。もしかしたら、砕けないかもしれないんだし、当たってみたら良いんじゃない、かな?」


 我ながら酷いことを言っていると思う。


「次に進む、か。俺としても、早く次の段階に進みたいかな。確かに、当たってみないと砕けるか、わからないよね。普段、敏いくせに妙に鈍いとこ、あるから」


 ロキが腕を組んで考え始めた。


(良い傾向だ。そのままやる気になってくれ!)


「レイリーは多分、恋愛に関しては鈍いほうだよ。一途だし、周りはあんまり見えていないんじゃないかな? 人間て、自分のことには鈍くなるものだし、ね?」

「いや、俺が言ってるのは、こっち」


 ロキの手がノエルの頬に伸びた。

 触れた手がやけに熱い。


「俺が本当に言いたいこと、全然わかってないでしょ。ノエルもレイリーと同じ。このままじゃ俺は、ユリウス先生にも勝てない」


 ロキの顔が迫ってくる。

 いつの間にか腰に回されていた腕の力が強すぎて、逃げられない。このままでは、唇が触れてしまう。


(え? えぇ⁉ なんで、なんで⁉ 今の会話の流れの何処にそんな要素があった? ロキは今現在もレイリーが好きなんじゃないの⁉)


 ノエルの手が、ロキの顔面を鷲掴みにした。

 抑えるなんて可愛いものじゃない。アイアンクローをかました形である。


「ここで玉砕なんか許すわけないだろ。レイリーの代用なんて、御免だ」


 全く可愛げのない言葉が、するすると自然に出た。

 ロキが目を丸くしてノエルを見詰めているのが、指越しにわかる。


「そんなんだからウィリアムにレイリーを取られるんだよ、ロキ。あっちがダメならこっち、みたいな恋愛が実ると思うの?」


(攻略対象ともあろう者が、何たる態度か! 原作者お母さん的に、そんなチャラ男は認められません!)


 驚いた顔をしていたロキの表情が徐々に変わる。

 心底楽しそうに大笑いし始めた。

 そんなロキを見て、ノエルは困惑した。


「やっぱりノエルは面白い。俺、ノエルのそういうところ、好きなんだ」


 腹を抱えて笑うロキを、思いっきり怪訝な表情で眺める。


「だって、これくらいしないと、俺を意識してくれないでしょ? ノエルはユリウス先生にべったりだからさ。付け入る隙がなさすぎるんだよ」


 ノエルは頭を抱えた。


「ごめん、ロキの言葉が全然理解できない。そもそも私とユリウス先生は恋仲じゃない、と訂正しよう。加えて、ロキは子供の頃からレイリーが好き。という理解であっているだろうか?」

「一部訂正かな。俺の初恋はレイリーだけど、今は大切な友人。実らなかった初恋を乗り越えて、ようやく好きな子ができたのに、その子は俺なんか見向きもせずに先生と仲良し。だから、多少強引にでも、こっちを向かせたくなった」


 ノエルは脱力した。


(初恋は、吹っ切れていたのか。設定通りだ。でも、何でロキの好意がノエルに? どういう状況?)


 混乱する頭を鎮めるため、眉間を指でぐりぐり押す。


「さっきの話の何処に、そんな流れがあったの? ロキ、言葉足らずって言われない?」

「言われないよ。でも確かに、さっきの会話は言葉が足りなかった、とは思うかな。ノエルが当たって砕けろとか言うから、我慢できなかっただけ」

 

 ロキの笑顔は、なんだか満足そうだ。


(無害そうな顔して手が早い。そういえばそんなキャラだった。だったけど、その好意がノエルに向くなんて、予定外過ぎる)


 アイザックルートのロキは主人公の心強い協力者だ。マリアに好意を寄せないのは百歩譲って許すとして、この状況は、どうなのだろう。


(親密度は上がっていて欲しいけど、マリアとロキの関係を見る限り、低いってことはないだろう。ロキがモブと恋仲になっても世界観が崩壊することはない……)


 となると、ノエルの気持ちの問題になる。


(ロキに対して恋愛感情? ……いい友人だとは思ってる。いや待て、そうじゃない、モブがメインキャラと恋愛しちゃダメだろ。今は良くてもいずれ世界が崩壊するかもしれない。いやいや、だから、今は良いって、何⁉)


 ユリウスとだってギリギリだと思っているのに、ロキにまで言い寄られたら、どうしていいか、わからない。

 考えすぎて思考がバグった。

 俯くノエルの顔を、ロキが興味深そうに覗き込んだ。


「ユリウス先生とは、恋人同士じゃ、ないんだよね」

「違うよ。もしかして、他にも誤解している人、いるのかな」


 げんなりして首を振る。 


「どうだろう? 少なくとも俺には、ユリウス先生がノエルを離さないように見える。けど、違うなら、いいや」


 ロキがノエルの手をそっと握る。

 さっきとは違って、触れ方が強引ではないので、ほっとした。


「さっきのは告白ではないよ。ノエルが俺の気持ちに気付いてくれたら、それでいい。告白は、後でちゃんとするから」

「ロキは、さ。私なんかの、何処がいいの? 大して特徴のない顔だし性格だと思うのだけれども」


 モブとはそういう生き物だ。

 メインキャラにもストーリーラインにも影響を与えないから、モブ足り得る。


「相変わらず自己評価が低いね。ノエルは優しいよ。相手を良く見ているし、その人が欲しい言葉をくれる。観察力があるよね。気遣いができて、友人を大事にしてる。勤勉で頑張り屋で、負けず嫌いで頑固で、ちょっと素直じゃない。そういうところも好きだけど。それに……」

「わかった、もういい。わかったから」


 そこまで言われると、さすがに照れる。頬が熱くなるのを感じた。


(私の優しさは世界を崩壊させないためのものだ。皆のことだって、よく見ているんじゃなくて、キャラの性格を知っているだけなんだよ)


 原作者として、登場人物を知っている。自分が作った性格設定だ。だからこそ、情も湧く。

 ロキが思っているような優しさじゃないから、申し訳なく思う。


「ノエルは皆に好かれてるって、自分で気付いてる?」


(嫌われないように気を付けてはいたけど、好かれているかまでは、さすがに意識してない)


 顔が赤くなっているだろうと思うと、上げられない。


「あんまり、よく、わかっていないかも」

「だよね。俺は、よくわかってないノエルが好きなんだよ」


 ロキの言葉の意味が、いまいちよくわからない。


「ノエルは、相手に気を遣わせない気遣いができる人だよ。でも自分のことには鈍かったりするよね。だから、こんな風に無理やり近付くしかない」


 ロキがノエルの手を引く。上半身が倒れ込んで、ロキの胸に抱かれる形になった。離れようとしても、ロキの腕が背中を強く抱いていて動けない。何か言わなければと思うが、言葉が出てこない。


「今は俺のこと、意識してくれるだけでいいよ。いずれ、少しずつでも、好きになってくれたらいい。けど、俺がノエルを好きだってことは、忘れないでね」

 

 この台詞には、覚えがある。ゲームでロキが主人公に言うセリフだ。


(自分で書いたセリフに、ちょっとだけ、ときめいてしまった。不覚だぁ)


 いや、良い台詞が書けているってことなんだろう。ここは喜ぶべき場面なのかもしれないが、素直に喜ぶ気にはなれない。

 只々、思考がバグって纏まらず、焦る気持ちしかなかった。

 一つだけ、ロキの腕の中が温かくて、なかなか離れられないのが困るな、と頭の片隅でぼんやり思っていた。

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