25.エリートチート ノア=ソフィア=ファーバイル
「誰かいるのか?」
突然の声に、二人は揃って洞窟の外を見た。
三人ほどの人影が、中を覗き込んでいる。
(この声は……、誰か、知っている。でも、この段階では、まだ登場しないはずの人物だ)
誰であるか、声を聴いて即座に分かった。
心臓がバクバクと嫌な音を立てる。
「何かあったのか? 返事をしなさい」
(間違いない。何故、こんなところに……。出番は前半のラストまで、ないはずなのに。もう出てくるなんて)
指が小刻みに震える。自分でも何故だかわからない。
ノエルの様子に気が付いたのか、ウィリアムが前に出た。
「私はウィリアム=オリヴァー=フォーサイスだ。学生ボランティアで病院に来ていた。司祭殿が森に迷い込んだと聞いて探しに来たが、すでに亡くなられていた。手を貸してほしい」
「第二皇子のウィリアム殿下でしたか。これは、失礼いたしました」
三人の男性が、洞窟の中に入ってきた。
二人の神官らしき男が、リヨンの体を確認する。
その後ろで、まるで作業のように光景を眺めている男は、大司教ノア=ソフィア=ファーバイルだ。
「呪いの残影を確認しました。皇子の見立て通り、すでに死亡しています」
ノアが両目を手で覆い隠す。
「間に合わなかったか。リヨン、もっと私を頼ってくれていれば、こんなことには」
悲痛な表情をして見せる。
その行為がもう胡散臭い、とノエルは思う。
(呪いの発生数も呪いによる死亡数も、指示しているのは総て、この男だ)
リヨンが裏切った相手は、教会そのものであるノアだ。リヨンを殺したのはノアであると考えて間違いない。
「貴方方は、何故ここに? ここは進入禁止区域のはずだが」
普段、目上であれば敬語を使うウィリアムだが、言葉が荒い。
教会関係者を警戒しているのだろう。
ノアが手を胸に当て、軽く会釈する。王族への敬意を示して見せてから、口を開いた。
「我々はリヨンを探して、ここに来ました。リヨンは自身が呪い持ちであることを隠していたのです。異変に気付いた同僚が私に報告をくれましてね。手遅れになる前にと思ったのですが、間に合いませんでした」
ノアの目から涙が一筋零れた。
「優秀な腹心でした。失いたくはなかった。しかし、呪いとあっては、教会でもどうすることもできない。せめて発動を遅らせるよう治療ができればと……」
涙を流し、言葉に詰まる様は、誰の目から見ても、部下の死を嘆く上官だろう。
ノアの三文芝居が気持ち悪い、とノエルは思う。
(ノアはリヨン以上に食えないキャラ設定にしているからな。リヨンが可愛く見えてくる)
実際の出番はもっと後なので、濃い味付けのキャラにした。
(性格が悪いキャラは大好物だけど。現実で、しかも敵側となると会いたくない人間だ。できれば関わり合いになりたくない)
ノエルはウィリアムの後ろにそっと隠れた。
その仕草が逆に目立ったのか、ノアがノエルに目を止めた。
「ウィリアム皇子、後ろのお嬢様は、どなたでしょうか?」
「ボランティアで共に病院に来た、学院の生徒だ」
ウィリアムは、わざと名を伏せてくれたのだろう。生き残った呪い持ちの情報は伏せられているとはいえ、教会が掴んでいないとは考えにくい。
ノアが、すぃと身軽な動きでウィリアムの後ろに回り込む。ノエルに顔を近付けて、にっこりと笑った。
「初めまして、内気なお嬢様。どうかお名前を、教えていただけますか」
(怖い怖い怖い怖い、近い近い近い近い。こいつ、わかっていて聞いていないか)
攻略対象ではないが、敵キャラの親玉なので、顔は良い。猫又先生の神絵だから当たり前だが、本当に顔だけは良い。でも、性格は黒とか通り越して鬼畜だ。
(その設定を作ったのは私だぁ。こんなことになるなら、もっといなし易い設定にしとくんだったなぁ)
「ノエル=ワーグナー、です」
ウィリアムの袖をぎゅっと掴んで、目を逸らす。
突然、ノアの纏う空気が変わった。
「ああ、貴女がノエルですか。確か、呪いを自力で払って生き残った生徒だと。学院から報告を受けていますよ」
穏やかな話し声とは真逆の、殺意の籠った気配。魔法ではない、これは只の殺気だ。百戦錬磨の剣豪が決闘相手にぶつける本気の殺気。そこに膨大で不気味なノアの魔力が混ざって、吐き気がする。
「どうやって呪いを克服したのか、是非ご教授いただきたい。司教という立場上、非常に興味深く思います。よろしければ私に機会をくださいませんか」
話している言葉など、耳に入らない。手足の震えが止まらない。今にも気を失いそうになるのを必死に耐える。何故、ウィリアムは立っていられるのだろう。
「申し訳ないが、彼女は今、遺体を目にして動揺している。話は、またの機会にしてもらえないか」
ノエルの動揺に気が付いたウィリアムが、ノエルを背に隠した。
ノアが姿勢を戻し、ウィリアムに向き直る。
「これは不躾に、失礼いたしました。では、またの機会にお会いできるのを楽しみにしております」
ウィリアムとノアがもう何度か言葉を交わしてから、ノエルは洞窟を出た、と思う。視界がぐらついて、帰り道はよく覚えていなかった。
気が付いたら、馬車に揺られていた。
「ノエル、ノエル。私の手を握れ」
ウィリアムの声に従って、手を握る。背中をさすってくれているようだ。
「ゆっくり息をして、体の力を抜くように」
握った手から優しい温かさが流れてくる。ウィリアムの魔法だろう。
少しずつ体の力が抜けて、やっと普通に呼吸ができるようになった。
「ウィリアム様、ありがとう、ございます」
「落ち着いたようで、良かった。ノア大司教は、そんなに怖かったかい」
「ウィリアム様は、何も感じませんでしたか」
「肌がひりつく感覚はあったよ。だが、君ほど鋭敏に感じはしなかった。あの敵愾が、君に向けられたものだからだろうな」
ノアの殺気を思い出し、身震いした。感覚が、まだ体に残っている。
「私は何故、ノア様にあれほどの敵愾を向けられるのでしょうか」
「……呪いを克服した者を、生かしておきたくないのだろう。事実、君のお陰で呪いのメカニズムが判明した。我々が教会に辿り着けたのも、君のお陰だ」
(それは違うよ。物語が進めば、判明した事実だ。私じゃなくても良かった)
とは思うものの、言う訳にはいかない。
「ノア様は、何故、あの場所にいたのでしょうか」
「リヨン殿の死亡確認と、この封筒の奪還、だろうな」
ウィリアムは、隠していた封筒を手にしていた。
(ウィリアムは、しっかり理解している。ノアが殺気を放ってくれたおかげで、方便に丸め込まれずに済んだ)
とはいえ、もう二度と、あんな思いは御免だ。
安心したら、眠気が襲ってきた。ウトウトと舟をこいでいると、ウィリアムに膝枕された。
「疲れただろう。着いたら起こす。今は、眠るといい。あんな殺気は、私でも勘弁願いたいものだからね」
(ありがとうございます、ウィリアム様)
言葉は声にならないまま、ノエルは眠りに落ちた。頭を撫でてくれるウィリアムの手は、とても温かかった。
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