20.アイザック=オーラ=フォーサイスという人
四季の庭園。夏の森には大きなリンゴの木がある。
普段、アイザックはそこで魔力増幅の訓練をしている。マリアと二人でいることが多いので、不用意に近づかないようにしていた。
今日はユリウスに頼まれたお使いで、アイザックを探している。
持たされた籠の中のリンゴを、じぃっと見詰める。
(このリンゴ、魔力付与されているな。体内から核に働きかける食べ物か。ユリウスって闇魔術師なのに、何でも出来過ぎだと思う)
一際立派な大樹の下に、アイザックがいた。マリアはまだ来ていないようだ。集中しているようなので、離れた場所から見守ることにした。
(魔力が随分と練られている。淀みもなく綺麗だ。呪いを抑え込むのにある程度消費しても、自由に使える魔力は常人を上回るかもしれない)
ゲームでは、アイザックにここまでの魔力量はない。明らかにノエルの助言がもたらした変化だ。
(ちょっとくらいキャラに変化があっても、今更いちいちへこんだりしないけどさ。ただ少しだけ、不安にはなるな)
アイザックの変化が物語の結末に悪い影響をもたらすことはないと思う。けれど、何かしら別の変化を呼ぶかもしれない。そう思うと、少し怖い。
「ノエル、来ていたのか。珍しいな、君がここに来るなんて」
集中を止めたアイザックが振り返った。
(前より顔色が良い。心なしか、表情も明るい気がする)
それはきっと修練の成果だけでなく、マリアがもたらした変化なのだろう。大変喜ばしい。
「ユリウス先生から預かりものをしたので、お使いです」
籠を掲げて見せる。
「ありがとう。今日はリンゴなんだな」
にこり、と笑う顔は、歳より幼く見えた。
「いつもは違うんですか?」
「この前はマリアが焼いたパウンドケーキだったよ。他には飲み物だったり、クッキーだったり、色々だ」
アイザックが木陰に腰を下ろす。
手招きされたので、隣に座った。
「もしかして、パウンドケーキにもドライフルーツが入っていませんでしたか? クッキーにも乗っていたりとか」
「言われてみれば、必ずフルーツが入っている気がするな。今日のようにフルーツそのものの日も多い。何か意味があるのか?」
「果物には植物の命が宿っているので、精霊の祝福を受けやすいんですよ。魔力付与もしやすいんです」
というのは、ユリウスの研究室で学んだ知識だ。
この世界の新しい常識を知るのは、今はとても面白い。
「そうなのか。ノエルは博識だな。同じ一年生とは思えない。勉強家なんだな」
「いえ、私も最近知った知識です。ところで今日は、マリアは来ないのですか?」
キョロキョロ辺りを見回す。
ノエルの仕草を見て、アイザックが小さく噴き出した。
「君は可愛いな。小さいから、そういう仕草をするとリスみたいだ」
「は?」と口に出そうなところをぐっと抑える。
確かにノエルは女の子にしても小柄だし華奢だとは思うが。
(誰にでも可愛いとか言うんじゃないんだよ。お前にはマリアがいるんだぞ。そういう無自覚は無意味な諍いを生むんだ、気を付けろよ)
心の中で悪態を吐く。本当に言ったら不敬罪に問われるので言わない。
何せ、つい最近、怖い思いをしたばかりだ。
(先日の拘束魔法の一件といい、思い切りが良すぎるというか、自由というか。この人、ちょっと天然キャラっぽいなぁ。そんな要素入れたっけ?)
王族でありながら生まれながらの呪い持ちという設定から、アイザックは儚く気弱なイメージがシナリオの八割を占める。堂々として明るくなるのは、本当に後半だ。
(でも、良い変化なのかな。控えめで言いたいことも言えない姿よりは、見ていて安心するかも)
「そういうアイザック様は、顔色が良くなりましたね。前より性格も明るくなった気がします。マリアの影響でしょうか」
「それは……、魔力量が増えて、体調が良くなったから、かな。君の助言とユリウス先生のお陰だろ」
細い目で、じっとりとアイザックを眺める。
真っ赤な顔のまま、アイザックが観念したように目を伏した。
「マリアが近くで支えてくれるのは、本当に心強いよ。彼女がいなければ、こんなに頑張れなかったと思う」
(そうだ、その答えが正解だ。素直でよろしい)
頷きながら、心の中で拍手する。
「二人はいつも一緒にいますよね。本当に仲良しだし、恋人同士なのでしょう?」
「恋人⁉……では、ないぞ。ただ、俺が一方的に、好ましいと思っているだけだ」
直球で探りを入れてみたら、アイザックは案の定な反応で否定した。
(違うんかい。まぁ、シナリオも序盤だし仕方ないか。好ましいと自白しただけ順調だと思っておこう)
攻略対象の中で、主人公が積極的にならないと話が進展しないのが、アイザックルートだ。他のルートは割と攻略対象のほうからグイグイくる。
「けど、俺の一番のライバルは、ノエルだな。マリアは俺といる時いつも、ノエルの話ばかり楽しそうにするんだ。正直、嫉妬している」
アイザックが、おかしそうに笑う。
ノエルは、びくっと肩を震わせた。
(なんだって⁉ マリア、何やってんだ。自分の立場わかってんのか。主人公の恋愛には世界の命運がかかっているんだぞ)
わかっているはずがない。マリアに主人公の自覚なんてないのだから。気持ちとしては死ぬ気でアイザックを落としてほしいが、強要はできない。
「アイザック様は冗談がお好きですね。学院では一緒に過ごす時間が長いから、お話に出てくるだけです。マリアもきっとアイザック様を想っていますよ」
おほほほ、と乾いた笑いが付きそうなくらい、カタカタと答える。
「いや、マリアは君を心から大切に思っているよ。だからユリウス先生の相談にも乗ったんだ。あんな真似をして、君に嫌われるかもしれないリスクを負っても君を守りたいと言っていた。そんな君に勝てる気がしない」
アイザックを振り返る。
まるでマリアのような慈愛の目でノエルを眺めていた。
(事故前のノエルは、本当にマリアと仲良しだったんだなぁ)
今の自分にそこまでの価値があるのか、不安になる。
今のノエルは前のノエルのようにマリアを大切に出来ているだろうか。
(原作者として主人公を愛してる。その愛は誰にも負けない。けど、友人としては、どうだろう)
あまり自信がなかった。
「私はマリアに、何がお返ししないといけませんね。心配かけちゃったし」
思わずポロリと、零れてしまった。
「お返しなんて、考えなくていいんじゃないか? ただ、今のまま友達でいればいいだけだ」
「私、ちゃんとマリアの友人、やれてますかね。貰うものの方が大きくて、返せる気がしません」
「それは、返さなきゃいけないものか? 少なくとも意識して返すものではないと思うぞ。きっとマリアは、もう貰ってるって答えるんじゃないか」
「何故、そう思うんです? 何もあげていませんよ、私」
きっと、前のノエルに比べたら、全然友人出来ていないと思う。
「毎日、話を聞いていれば、わかるよ。一番、話を聞いている俺だから、わかる。だから、嫉妬しているんだろ」
人差し指で頭を小突かれた。
アイザックが悪戯っぽく笑う。
ちょっとだけ照れ臭くなった。
「そういうものですか……。なら、いいのかな」
照れ臭さで、顔を背けた。
「ノエルは笑っていたほうがいい。マリアが、最近ノエルが笑わなくなったと心配していた。心配事があるなら、もっとマリアを頼ってやってくれ。きっと喜ぶから」
(やっぱりよく見ているな、マリアは。確かに私は、無駄に笑うタイプではないからな)
社会人的に愛想よく振舞おうとしない限り、いつもにこにこしている性格ではない。作家などやっていると面と向かって人と会う機会が少ない分、自分の表情には無頓着になるものだ。
「あとな、言いそびれていたんだが、この前は、悪かった。ユリウス先生への協力とはいえ、驚いたよな」
申し訳なさそうに頭を掻く。
気まずそうな顔のアイザックはゲームで見慣れた表情だ。
「アイザック様の思い切りの良さに驚きましたけど、気にしていません。今度、拘束魔法、教えてください」
全然気にしていないわけではないが、アイザックを責めることはできない。
(王族だから怖いってだけじゃなくて。全部ユリウスのせいだからな)
アイザックとマリアはユリウスの口車に載せられただけだ。魔石が体内に残っていると言われたら、放置などできないだろう。
(おのれ、余計な話をしてくれやがって。これからずっとマリアに心配される)
「躊躇うほうが危険だと思ったんだ。本当に済まない。拘束魔法、何に使う気なんだ?」
アイザックが苦笑する。
「ユリウス先生がしつこいときに、あれを打って逃げます」
真剣に言ったつもりだったのに、大笑いされた。
「ユリウス先生相手じゃ、避けられるか破壊されて終わりだろ」
「一瞬のスキをついて猛ダッシュします」
「飛行魔法で追いつかれて捕まるよ」
「そうですね。何か策はないものでしょうか」
正直、ユリウスから逃げる術が思い付かない。
(逃げる必要もないけど、やっぱり、これ以上好かれてはいけない気がするんだよな。私も、深入りしないほうが良い)
先日のキスを思い出す。何より問題なのは、ユリウスに好かれて嫌じゃないと思っている自分自身だと感じていた。
悩むノエルの頭を、アイザックが撫でた。
「がんばれ」
良い笑顔で応援されてしまった。
そのがんばれには、いろんな意味が含まれている気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます