19.中見の名前は好きじゃない
ノエルはそのまま、ユリウスの研究室に連行された。
ユリウスの研究室は四季の森の奥にある。樹齢何千年だろうかという大樹の幹に小さなドアがあり、その中に魔法空間が広がっている。ユリウスの魔法で、中にはいくつもの部屋があり、増減可能らしい。
「それで、この指輪は結局のところ、何なのでしょうか?」
ぐったりした気分で、とりあえず聞いてみる。
気持ち的にも精神的にも、とても疲れた。
左手の薬指で黒く光る指輪は、真ん中に深紅の結晶がはめ込んであり、意匠は植物の蔓のようにもみえる。
この世界において「左手の薬指は結婚指輪」という設定は盛り込んでいない。あまり好きではないという個人的な理由からだ。
「君が魔力切れを起こさないための増幅装置だよ。仮に魔力が切れても僕が込めた魔力が補填される仕組みになっている。便利でしょ」
お腹が空いたときのおやつ、みたいに聞こえる。
これだけ複雑な魔道具はユリウスでなければ作れないし使えないだろうと思う。
「左手の薬指は心臓に一番近いって、知っているかい。心臓の近くには魔力の核がある。最速で魔力補充できるし、核に作用できる」
ユリウスがノエルの唇を、ふにっと押した。
「もう口移しで僕の魔力を分け与える必要はないけど。魔力を固定して維持する必要はあるからね。その為の魔道具だ」
むむっと顔を顰めてユリウスを見上げる。
(さっきの口移しでユリウスの魔力を感じなかったのは、必要なくなったからか。……ん? じゃぁ、なんでキスしたの?)
疑問に思いつつ、自分の唇をなぞる。
ユリウスの指がノエルの顎にかかった。
「あとはね、指輪の魔力を辿れば、君の位置を特定できる。その指輪に込めた僕の魔力は、じきに君の魔力と絡み合う。そうなると、とても探しやすいんだ」
切れ長の目が笑んだ。
(まだ怒ってるな。研究室に来なかったのは、悪かったけどさ。何も、そこまでしなくても良くないか?)
飼い犬にリードを付けました、と言われているようで、釈然としない。
ノエルはユリウスの所有物という訳ではない。ここまで怒りを買う覚えもない。
「マリアとアイザック様に何を吹き込んだんです? あの二人に協力させてまで私に指輪をはめる意味ってありましたか?」
「あるよ」
ユリウスがノエルの腕を引く。ユリウスの膝の上に座る形になった。
「降ろしてください。普通に座ります」
「ダメ。離したら、また逃げる」
ユリウスがノエルの腰に腕を絡めた。
「この指輪の一番の意味はね、はっきりと僕のものだと示すため。君自身にも自覚させるため、だよ。ノエル、君は僕のものだ。他の誰のものにも、させないよ」
理屈がさっぱり理解できずに、何から突っ込めばいいのか、わからない。
「先生は、何だってそんなにノエルに執着するんですか? 魔石ですか? 全属性適応者だからですか? ノエルに何をさせたいんですか?」
とりあえず思い付いたことを全部言ってみた。
「君こそ、どうしてそんなに、はっきりさせたがるの?」
不思議そうな顔をされて、こっちが不思議になる。
「理由がわからないと不安だし、何より納得できません」
いくらモブにしては設定盛過ぎなノエルでも、モブはモブだ。シナリオ的には
ユリウスが考えるように空を仰ぐ。
「理由ねぇ。強いて言うなら、血が出たからかな」
「は?」
「君が僕に頭突きをして、血が出たから。魔石も全属性適応も興味深いよ。けど僕は、君に一番、興味がある」
ユリウスの手がノエルの頬を撫でる。
「君の瞳に僕だけを映すには、どうしたらいいかって考えるとゾクゾクする。僕だけを求めて君が泣くように仕向けたいし。しっかり者の君をドロドロに甘やかして僕の手でダメにしたい」
ユリウスの唇が首筋を食む。強く吸われて、ぴりっと痺れが走る。
「ちょっと、何して……」
首筋を舐めあげた舌が、唇を濡らす。柔らかな唇が重なって、舌が入り込んだ。くちゅり、と水音を立てて、ノエルの舌を弄ぶ。
「ふ……ぅん……」
息を吐いたら声が漏れて、羞恥心で余計に体の痺れが増した。
(口移しじゃない、キスって、こんなに……)
唇が離れると体の力が抜けて、ノエルはユリウスの胸に凭れ掛かった。
「君の体に僕を刻み込んで、こんな風に蕩ける君を愛でていたいんだよ」
ユリウスの言葉を聞きながら、ぼんやりと思い出す。
(今のは、ゲームでユリウスが主人公に言うはずの台詞だ。なんで
ユリウスの細い指が、ノエルの髪を撫でた。
「器用そうで不器用な、器用貧乏な君の傍には、僕みたいな男がいないと、ダメでしょ?」
(器用貧乏? そういえば、昔からよく、言われてたな。なんでこの人には、こんなに早く私の性格がばれるんだろう)
ユリウスの指が心地よくて、払う気にならない。
(私はモブなのに、こんなに
心のどこかでユリウスに求められることに安堵を感じている。良い状況じゃないと思うのに、拒否できない。
「ねぇ。君の本当の名前を教えよ」
突然の質問に、思わず口を噤んだ。
ユリウスが聞いているのは、前世の本名だろう。
(教えたら、ユリウスは呼ぶかな。呼ばれたら、私は嬉しいかな)
「……教えない」
子供のような返事をした。
「何故?」
「呼ばれたく、ないから」
ユリウスの手を握る。自分から握ったのは、初めてだった。
「わかった。じゃぁ、今は聞かない。君が教えたくなるまで、待つよ」
ユリウスの唇が耳を食む。吐息が掛かって擽ったい。
今だけは、甘いじれったさに浸っていたかった。
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