第26話  ~㉖~

 次の日、始業時間前に、俺はジュンちゃんの席で、ナオも、アッちゃんも集まり、四人でソウタの噂話をしていた。

「あいつ振られたショックで今日は学校休むんじゃないか?」とアッちゃん。

確かにいつもならもうとっくにきているはずのソウタが、今日はまだきていない。

「なあ、賭けようぜ。誰かソウタが成功した方に賭けるやついるか? っていねえよなあ」

と、ジュンちゃんがいうとみんなが大笑いした。

「でもさあ。トモちゃんはソウタをそんなに嫌ってない様子だったけどなあ。だから、まだわかんないぜ」

と、俺がいうと、「マジかよー!」ってみんなが驚いて、俺はジュンちゃんに、「そりゃないだろ!」と、襟首をつかまれた。

「そんなに興奮することないだろ? ジュンちゃんさあ。いくらなんでも」

「まあ、そりゃそうだな。すまん」

と、ジュンちゃんは冷静になって手を放した。

 そんなときソウタが、俺たちの気も知らずに、何事もないように、さっそうと教室に入ってきた。

 ソウタは廊下側から二列目の一番前にある自分の席へと鞄を置いて、教室をきょろきょろと見回した後、俺たちの方へ向かってきた。

 なんだよ? その自信あり気な態度はよー。まさかとは思うが、俺は生唾をごくりと飲み込んだ。

「ぼく、トモちゃんと友達になったんだ。えっへん」

ソウタはこっちにくるなり、堂々とそういった。

 俺たちは、想像してた展開とはちょっと違ってたので、一瞬驚いて、声が出なくなった。その場が少し固まった。予鈴が鳴ったけど、もう少ししゃべっていた。

「えっ? 付き合うんじゃあなくて?」

アッちゃんも今の状況がいまいちよくわからないでいる。

「うん。ただの友達だったらいいっていわれたんだ」

ソウタがそういうと、みんなはふき出してしまった。

「それさあ。遠回しに振られてんじゃあないかい? ソウタ」とナオ。

「そんなことないもん。あなたのことまだよく知らないからただの友達だったらいいよって、確かにいってくれたんだもん」

「ソウタさあ。だからそれが振られたってことじゃあないかい?」

ナオのいってることは、みんなの思っていることそのものだった。やっぱソウタ振られたのかあ。

「うん。ぼくが付き合ってくださいっていったら、確かにごめんなさいっていわれたけど、ただの友達ならいいってさ」

「その、『ただの』、ってのがよけいだな」とジュンちゃん。

「とにかく友達になったんだよ。ぼくたち。ぼくはそれで大満足だよ。トモちゃんと友達になれるなんてさ」

「よかったな。ソウタ。まあ、なんにしろがんばれ」

と、俺はソウタの肩をぽんぽんと叩いてやった。

「こら。おまえたち。早く席につけ。授業はじめるぞ」

そのとき垣谷先生が入ってきた。俺たちをふくめ、おしゃべりをしていたみんなは席についた。

 垣谷先生のあだ名は「オパピー」と呼ばれている。どこからともなくそのあだ名がついたんだけど、一部でテレビの芸能人に似てるからだという噂があるんだ。だが、教え方が上手いので、生徒からの信頼は厚い。それは俺も同じだったんだ。垣谷先生はいい先生のうちの一人なんじゃないかなあ。

 しかし、ソウタのポジティブさはいったいどこからくるんだろうなあ。振られてるのに、ただの友達っていう関係になって、まるで大成功したみたいに喜んでるよ。それともソウタの付き合うって意味は、初めからただ友達になりたいってことだったということなのか!? まったくわかんないやつだ。ソウタは。

 ソウタは授業がはじまっても、始終、機嫌がよさそうだった。

 アッちゃんは成木田さんの背中をじいっとみつめながら、熱心に英語を勉強している。

 俺はシャーペンをくるくると指で回転させてみた。

 黒板をチョークがこする音が、なにげない日常を、ほんの少しずつだが、けずり取っていくみたいに聞こえた。そんな予感のようなものを感じさせる音に、どうしても聞こえたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る