第二話


「怪異って、本当に居るん……ですか?」


 そろそろと様子を窺う様に尋ねてみると、弾かれる様な返答があった。


「信じる信じないにせよ、どのような形であったとしても、は存在するかも知れない。そう思ったからキミはこんな片田舎のボロ骨董屋へ遥々訪れた。違うのか?」


「あ、はい、それはまぁ……」


「ならばその怪異への解釈は間違っている。何故なら現実に存在するソレらのものは、慈善的に人に尽くしたりする理屈なんかは持ち合わせていないからだ」


 小首を傾げたツユは眉根を寄せて、低いテーブルの上に積み上げられた古茶碗や茶器を凝視していた。


「え、でも、話の中ではおみくじを引けば幸福になるって……栗彦は〈厄〉を引いたから怪異に体を乗っ取られたんじゃ?」


「怪異が見返りを求めずに人に奉仕する事などあり得ない。その手の伝承は人の為に創作されたフィクションだ。それによく思い返してみろ。著者自ら記していただろう――“人が変わったかの様なとてつもない幸運や発想の連続が、これまででは考えも付かなかった決断と行動が、彼等の体を閃光の様に貫いて突き動かす”――とな。それすなわち、このおみくじを引いた者が皆すべからく、栗彦の様にと理解が出来る。〈厄〉を引こうと〈大吉〉を引こうとその結末は変わらないのだろう」


 息を呑んだツユは、口元を手のひらで抑え込みながらメザメへと視線を返した。


「そんな理不尽だわ……じゃあ、空に吊るされていた人間はみんな……でもちょっと待って、この『異界のおみくじ』は、アナタも知っていると思うけれど、伝承としては実際に存在するものですよね? 作中にあるみたいに、このおみくじを引いて大成功したって有名人は実際に何人も存在して……」


 するとメザメはなんでもなさそうに、深く瞬きをしながらツユへと答えた。


「それは本当になのか? たとえ異変に気付いた誰かが騒ぎ立てようとも、その事は証明出来るか?」


 ツユは何か言い掛かりをつけられたかの様な心持ちになったが、壁に掛けられた不気味な幽霊絵の掛け軸を眺めながら考えていると、反論の余地が無い事に気が付いてくる。そうして頬を僅かに膨らませた。


「……証明は、出来ません」


「それにこれは理不尽とはまた違う。人は怪異とを結んだのだ。その者の夢を叶えるという条件の元、怪異がその人に成り代わり達成するという契約を」


「そんな……そんなのその人じゃないわ。夢が叶ったって、それじゃあ意味がない。その人じゃなくなってしまったのなら、その夢に意味なんて」


 首を振った若い女の語気がやや荒ぶるのを、メザメは平坦な佇まいで受け止める。それと同時に、たかが少しの信憑性を持った程度の一本の創作に対し、何やらツユの熱量が度を越しているという事にもまた気付いて来た。


「本当にそうかな? キミはさっき言ったね。その人が怪異に成り代わられている事を証明出来ないと。ならば、当人しか知覚する事の出来ない人格の入れ替わりは、そもそも入れ替わったなどとも言えるのか?」


「でも」


「……恐らくは、そういった破滅的思考の者がこの地に招かれる。そうして契約を結ぶのだ、自らで望んで。……成功者ではなく、どうにもならない落伍者しかそこには招かれないというのも、この説の信憑性を高めている」


「一体何が……あそこで何が、誰がそんな事をしてるって言うんですか」


 少しの間を置いてから、彼女の表情を観察する様にメザメは言った。


「この話の中から推測するに、十中八九それは“狐”だろう」


「狐……ですか?」


 チリンと何処かで鈴の音が聞こえた気がした。店の奥から季節外れの風鈴でも鳴ったのだろうか。

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