第9話 気づかぬ好意



 運送業というのは年中忙しいイメージがあるが、その中でもさらにキツイ繁忙期が存在する。

 年末年始や、引っ越しなどが増える年度末、年度始めがそれに該当するが、贈り物の多い夏場やクリスマスもかなり忙しい。


 俺はそういった繁忙期限定で、叔父の経営する運送屋にヘルプとして雇われている。

 期間限定のアルバイトのようなものだが、親族ということもあってほとんど社員と同じような扱いを受けており、大学を卒業後そのまま正規雇用となる可能性が高い。

 俺も何か他にやりたい仕事があるワケではないので問題ないのだが、就活に苦しんでいる上級生を見ると自分だけ楽をしているようで少し心苦しくなる。



「おやっさん、今日はあと何か所くらい回るんですか」


「今のところ4か所ってところかな」



 時刻は現在19時を回ろうとしている。

 移動の時間を考えると、0時を過ぎることも十分あり得そうだ。

 しかも「今のところ」ということは、まだ増える可能性があるということだろう。



「了解です」


「いやいや、一誠君には予定通り次くらいで上がってもらうつもりだよ。折角のクリスマスイブなんだし、夜は予定あるんだろ?」


「いえ、何の予定もないので、お気遣いなく」


「本当に~? 一誠君男前だし、彼女の一人二人絶対いるだろ~」



 一人はともかく、二人いたら問題なのではないだろうか。

 それとも、俺はそんなに遊んでそうに見えるのか?



「残念ながら、一人もいませんよ」


「そうかぁ……、今年こそはと思ったんだがなぁ……」



 おやっさんは毎年俺に同じようなことを聞いてくるが、俺に何を期待しているのだろうか?



「おやっさんが思うほど、俺はモテませんよ。見ての通り無愛想ですから」


「そんなことは絶対ないぞ? だからこそ問題というか……」



 問題? 問題とはなんだ?



「どういうことですか?」


「……いや、娘の沙耶香のことなんだが、流石に認識はしているよね?」


「まあ、知ってはいますが」



 おやっさんの娘である鏑木沙耶香とは、何度か本社で遭遇したことがある。

 会話はほとんどしたことないが、すれ違うと必ず挨拶してくる礼儀正しい娘だ。



「その様子だと、やはり沙耶香の気持ちには気づいていないようだね……」



 気持ち……、それはつまり、そういうことか?



「そんな気配はなかったように思いますが」


「口下手な沙耶香が、君だけにはしっかり挨拶してただろ? わかりにくかったかもしれないが、それがその証明だ」



 俺だけに……?

 そんなことはなかったハズ…………、いや、言われてみれば確かに、他の従業員には頭を下げるくらいで声は出していなかったかもしれない。



「全く気づきませんでした」


「そうだろうとは思っていたんだ。だからこそ長年かけて説得したんだが、我が娘ながら物凄く一途でね……。結局高校三年間、彼氏の一人も作らず君だけを見ていたようだよ」



 それはつまり、少なくとも三年以上もの間、俺だけを好きでい続けたということか?

 そうだとしたら、確かに物凄いと言っても過言ではない一途っぷりである。



「こう言っては一誠君と沙耶香が付き合うのに反対しているように聞こえるかもしれないが、そうではなくて、むしろ一誠君になら娘を任せられると思っているくらいなんだが、君に脈がない以上沙耶香が不幸になることは目に見えているだろう?」


「……」



 おやっさんの言葉は、否定できない事実であった。

 沙耶香さんに悪い印象は持っていないし、むしろ好印象ではあるのだが、残念ながらその程度の認識でしかないのである。

 言ってしまえばただの知人。他人に毛が生えた程度の存在でしかない。

 その好意に俺が応えられるかと言えば、間違いなく否である。



「まあ、沙耶香としてもそれは自覚しているみたいで、だからこそ一誠君と同じ大学に通いたいと言っていてね」


「それは……」



 おやっさんの実家からウチの大学までは、かなり距離が離れている。

 電車では恐らく2時間近くかかるのではないだろうか。

 普通に考えれば、かなり厳しい数字に思える。



「通学時間を考えるとかなり厳しいだろう? だから一人暮らしもしたいと言い出したんだ。これには流石に困ったよ……。さっきも言った通り沙耶香は口下手で人見知りをするし、おまけに世間知らずだ。そう育てた私が言うのもなんだが、あの子に一人暮らしは絶対に無理だよ」



 そういうことか。話の流れが見えてきた。



「つまり、おやっさんとしては俺に早く彼女を作って欲しかったってことですね? そうすれば、沙耶香さんも俺を諦めて家を出ずに済むと」


「そういうことさ。そして正直甘く見ていた。沙耶香の一途さもだが、さっきも言った通り一誠君は男前だし三年もあれば彼女の一人や二人くらいできると思っていたんだよ」


「それは何と言うか、申し訳ありません」



 要は俺が予想以上にモテなかったということだ。

 別に悪いことをしたワケではないのに、妙な罪悪感が込み上げてくる。



「いやいや、一誠君は何も悪くないよ。当然だが、責任は説得できなかった私達にある。本当なら私が怒鳴ってでも止めるべきなんだが、どうにも娘には強く言えなくてね……」



 おやっさんは、一人娘である沙耶香さんを溺愛している。

 子宝に恵まれない中生まれた唯一の子どもだったそうで、文字通り目に入れても痛くないほどの可愛がりぶりだった。

 そんな子相手に怒鳴りつけられないのは、まあ無理もないと言えるだろう。



「そんなワケでお願いなんだけど、もし沙耶香が一誠君の大学に受かって一人暮らしするようになったら、少しでいいから面倒見てあげてくれないかな? 厚かましいお願いだとは思うんだけど、一誠君しか頼める人がいなくて……」



 おやっさんは厚かましいと言うが、実際は俺にも原因があるのでそんな風には感じなかった。


 そもそも、おやっさんは俺のことを好意で雇ってくれているのである。

 それが結果的に、俺という悪い虫と沙耶香さんに接点を生むことになってしまったワケだが、そのおやっさんの好意を落ち度だなどとは決して言うことはできない。

 むしろ俺が沙耶香さんの好意に気付き、早めに対処していればこんな状況にはならなかっただろう。

 それ以前に、もしあのこと・・・・をおやっさんに伝えていれば――、いや、これは今更言っても仕方ないことだ。

 今俺にできるのは、おやっさんの気苦労を少しでも減らしてやることだけである。



「……わかりました。もし沙耶香さんが一人暮らしするようであれば、できる限りサポートさせていただきます」


「そう言ってくれると助かるよ。ああ、でももし本当は彼女がいるとか、今後できる予定があるなら言ってくれよ。その方が私としては安心できるからね」


「…………」



 どうだろうか?

 可能性としては恐らく、0ではないとは思うが……


 少なくとも現状、俺に好意を寄せていると思われる女子が2名いる。

 その好意が純粋な恋愛感情かどうかはわからないが、他の喋りかけてすらこない女子達よりかは可能性があると言えるだろう。

 むしろ問題は、俺自身の感情か……



「さて、込み入った話はそろそろ終わりにしようか。もう配達先はすぐそこだ」


「了解です」



 仕事中に余計なことを考えていると、思わぬミスをすることになる。

 俺は軍手を装着し、意識を仕事モードに切り替えた。


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