生きるって何?愛って?

夢咲香織(ユメサキカオリ)

第1話 親から全てが始まる

 さて、いきなり自己紹介するのもいささか芸が無いとは思うのだが、しかしこれは私小説なのだから、やはりまずは皆様に私めの事を簡単に紹介申し上げるのが良いと思う。もちろん、私は知っている。恐らくあなたはこう思うだろう。

「誰だ、お前。別にお前の事など知りたくもないのだが」

まあそれはもっともである。誰だって、いきなり見ず知らずの他人の、しかも別に無理して関わる必要の無い相手の自己紹介など、ウザイだけである。だがしかし、あなたは既にこの小説を手にとっているのであって、そうだとするなら多少なりとも、なにがしかの興味を抱いたからであろう。


 前置きが長くなったが、話は私の幼少期から始めなければならない。私は新潟県のある地方都市ー都市と呼べるほどの規模でもないがーで生まれた。父の母の実家は石大工兼農家で、父の父、つまり私の祖父は若い頃は東京でサラリーマンをやっていて、祖母と結婚して父が生まれてすぐに第二次世界大戦が始まったため、新潟へ疎開したのである。新潟も一部爆撃に合い、私の父は防空壕の隙間から、満月の上をB29が轟音を上げて飛んで行くのを見た記憶があるそうだ。また、ある時には家の近くに爆撃を受け、畳の上に乗ったまま、外まで吹っ飛んだ記憶があるらしい。いわゆる「空飛ぶ魔法の絨毯」体験をしたわけである。戦争は父が3歳の時に終わり、父は戦後アメリカ軍の統治下時代を体験しているのだが、まだ子供だったため、単純に

「日本軍は、ダサかったけど、米軍は格好いいなー」

とか思ったそうである。そして、米兵のジープか何かに乗せてもらい、まあ子供なので優しくしてもらったそうだが、銃に触りたくて手を伸ばして、

「No!」

と叱られた記憶もあるそうだ。学校教育は既に戦後のものだったのだが、教師は戦前の教育を受けた世代で、しかも軍人上がりが多かったから、教師に聞こえる所で天皇陛下の事を呼び捨てにしようものなら、ぶん殴られたそうである。


 私の自己紹介の筈なのに、何故長々と親の話を? と思われるかもしれないが、親の境遇が子供の出生にも影響するわけだから、まあ辛抱して聞いて頂きたい。



 さて、私の両親の置かれていた情況から、大体私がどのような時代のどのような環境で生まれたか、皆さんにもご想像が付くかと思う。時は1970年代初め、日本は戦後復興を終えて高度経済成長期にあった。だが私が生まれた家は、川沿いの小さな、本当に小さなあばら家といって良い様な家で、そこに祖父母と両親、そして私の5人で暮らしていた。まだ弟は生まれていないのだが、不思議なことに幼い私の記憶には、断片的にこの家で弟と遊んだ記憶が残っている。何故かは分からないのだが、多分厳しい環境の中で、空想の世界で遊ぶ癖があったからだと思う。最も、当時の私には、自分の生まれた環境がそんなに酷いものだとの認識は無かったのだが。だって、私はまだ他の世界を知らず、自分の生まれた家と、その周辺の小さな地域社会が世界だったのだから。狭い家に家族でひしめき合って暮らしていた訳だが、ご近所も似たり寄ったりであるのに、その小さな世界の中で、色々なドラマがあった様である。様である、というのは、私はそれらのエピソードを、もっと大きくなってから主に父から聞いたからで、幼児期にはそんな事は露程も知らなかったのである。


 例えばなこんな話を聞いた。最初、我が家にはまだ冷蔵庫は無かったのだが、既に先に冷蔵庫を手に入れた近所の奥方が、さも自慢気に、嫌みったらしく父にこう言ったそうである。

「あら、お宅はまだなの? 宅は主人の稼ぎが良いものですからね、まあ、あなたの所はお気の毒にねぇ! 

 父は後には半導体を作る会社の前身である、化学肥料を作っていた工場に勤めていたのだが、まだ入社して間もなかったし、役職も付かない一作業員の給料は決して高くは無かったのである。今から振り返ってその話を俯瞰して見れば、まあ何とも他愛の無い話であるのだが、当時の父は相当悔しかった様で、今でも時々その話をする位である。まあ、生まれつき裕福な家庭で育った人間には分からない悔しさであろう。物に溢れた現代日本人の感性からすれば、何だってそんなみみっちい比較でマウント取って喜んでるんだろう? と思うわけだが、当時の庶民感覚はそんな感じだったのだろう。


 この様に、非常に根性の狭い人間感情の泥沼が繰り広げられていた訳だが、私には関係なかったし、もう顔も名前も覚えていないけれど、少し年上のお姉さん達に可愛がってもらった記憶がある。庶民総貧困社会ではあったが、その代わり子供たちはかなり自由にされていたし、か可愛らしい悪戯も許されていた。そして、ほとんど危ない目に会う事も無かったのである。もちろん、大人達の社会ではもっと複雑な情況があり、犯罪も今よりは多かった訳だが、私の周辺では貧しい世帯が多い割には比較的平和だった。この点に関しては、親やご近所住民の方々に感謝すべきだろう。

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生きるって何?愛って? 夢咲香織(ユメサキカオリ) @kotsulis

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