淀橋のふたり

ぴち

淀橋のふたり

 下野国 宇都宮藩主 戸田越前守(忠恕)の下屋敷は、今でいうJR代々木駅の位置ぴったりに在した。この屋敷のすぐ隣が千駄ヶ谷町である。宿場としてはいわゆる内藤新宿に属する。

 戸田忠恕という人の半生は幕末の情勢に翻弄されくるくると舞い散る枯れ葉のような風情があって面白いのだが、ここでは措く。

 その千駄ヶ谷町の長屋にもう十年以上住み込んでいる剣術家があった。

 名を安曇理夫という。

 剣術家とは名ばかりで、要するに貧乏浪人である。用心棒、人足、商家の小間使いなどの傍ら傘張りまでして糊口をしのぐ、絵に描いたような貧乏浪人である。膂力は強いが乱暴もせず人付き合いが良いので町人たちから疎まれてはいなかった。

 本人は、十数年前まで水野忠邦の遠江浜松藩で役付き藩士の家柄だったと言っているが、千駄ヶ谷の町人たちは誰もそれを信じていない。有名な天保の改革について理夫の父が当時から反対していたために、弘化二年(一八四五)に浜松藩が改革失敗の責を問われて減封された際に藩主から殊更指名され召し放たれたというがどうだろうか。

 いち藩士の身で天下の大改革に反対していたという理夫の父も既に鬼籍である。


 ところで、そんな大ぼら吹きの浪人を住まわせるような大らかな内藤新宿に珍しく事件があった。

 時は改元して万延元年(一八六〇)。霜月である。

 千駄ヶ谷の南町は比較的貧しい者が多く、当時から貧民街と呼んで差し支えないような地域だったのだが、そんな町にも二軒三軒ていどの裕福な商家はある。あるのだが、そのうち一軒は廃墟であった。

 幾年か前に押し込み強盗があり、八馬屋という裕福な商家の一家はおろか住み込みの使用人にいたるまで全員が惨殺されたという跡地である。南町の治安が悪かったこともあろうし、屋敷が町と田地の境目に近く人目につきにくい立地だったことも原因であろう。


 その廃墟に幽霊が出るというのである。


 押し込み強盗の悲惨な事件は内藤新宿中の人々にとって生々しい新しい記憶だし、万延元年という世情の不安が町人の目に幻を見せてもおかしくはない。つい先月、桜田門外で幕府の大老が首を討たれたばかりだし、その前には安政の大獄という大粛清が行われたのだ。

 しかし、江戸時代の宿場町人たちは廃墟の幽霊を怖がるような玉でもない。前述の大改革のときから武士も庶民も娯楽を禁じられている。天保の改革で失職させられた歌舞伎役者などが再び興行できるようになるのは、なんと明治時代になってからなのだ。不安に苛まれ、日々に退屈していた人々にとって廃墟の幽霊などは久しぶりの憂さ晴らしとなった。

「冬に幽霊は似合わねえ」とは言わない。野暮であろう。

 連日、朝から晩まで商家跡地の廃墟に人々が押し寄せた。このときの様子は当時の漢学者が遺した『林靏梁日記』にも簡単ながら描かれている。

 そして、朝から晩までというのが問題になった。

 夜半に町の木戸から出ている庶民というのも問題あるし、留守の家には泥棒が入るというので、番所の同心が町民を追い返すために出張る始末である。色々な騒ぎを起こした後、この幽霊屋敷は昼間のみ開放と相成った。

「昼間の肝試しの何が面白いんだい」とは追い払われた町民の言葉だが、まあ、当然であろう。なかには蛮勇のある町人たちもいて、同心侍の目を盗んで夜中に廃墟へ入り込む輩もあったが、これも当然の成り行きであろう。

 真夜中に商家跡の廃墟へ忍び込み、豪胆にも酒盛りをした町人の一団はしかし、幽霊もそれらしき人影も見ることはなかったという。

「泥棒か何かが一時的に隠れ家にしていたんじゃあないのか」という説も出回ったりしたが、泥棒であれ幽霊であれ、真相は知れなかった。

 

 この幽霊騒動の話を、理夫のもとに持ち込んだ者がある。

「その、幽霊だか泥棒だかがいるのかいないのか、それを俺に確かめろと?」

「左様でございます。幽霊が出るなど久しぶりに面白い話だとは思うのですが、この盛り上がりではね。やはり町の者どもが羽目を外すのも時間の問題でございますので」

元禄年間以降ずっとこの宿場町の名主を務める高松喜六である。代々高松喜六と名乗っている。ここ内藤新宿は江戸から近すぎて宿場として不要なのではないか……たびたび幕府で宿場の廃止案が出るこの町の存続を願う名主としては、町民の落ち度を減らしておきたい。

「幽霊ではお奉行所は動かれません。泥棒では火付盗賊改方も動かれません。いるかいないかも判らないでは猶更のことでして」

「それで、暇な俺に白羽の矢が立ったというわけか」

喜六は即座に座布団をはずして低頭した。

「畏れながら、幽霊退治をお願い申し上げに参ったのでございますよ」

「すまん。ひねたつもりではなかったんだ」

高松屋というのは本来浅草の商人であった。はるか昔の元禄年間に、浅草の商人仲間を十人ほど集めて、広大な宿場町をひとつ無人の野原に打ち立てた豪商である。建前上では武家とはいえ浪人である理夫に平身低頭する必要はない。ないのだが、「暇な俺に」と言われてすかさず座布団から降りてみせたのは、喜六なりの諧謔であった。もちろん理夫もそれは承知で薄ら笑っている。

「それで、お受け下さいますか」

「ああ、ひと晩屋敷を見張ればいいんだろ。お安い御用だ」

 高松屋からの話は、たいてい謝礼も良い。日ごろから身銭の持ち合わせが無い理夫としても悪い話ではない。たったひと晩、あるいはほんの数夜、廃屋を探査して回ればいいのだ。幽霊や泥棒がいるなら退治し、何もなければそう喧伝すれば終わる。

「しかし幽霊退治か。いたとして実際に斬れるもんなのかね。代々木の多門院で御札でも買ってくるかなあ、と思ったがお札を買うお足が無いわいな」

喜六が帰ったあと、冗談のつもりで女房言葉など独り言しつつ理夫は笑った。


 夜四つという。

 江戸時代は、町ごとに木戸で区画別けされているのだが、夜四つ(午後十時前後)にはこの木戸が閉められていた。通行が禁止されているわけではないが、夜間に行く者があれば木戸番に誰何される程度には推奨されていない行為とされた。現代のように外灯が整備されてもいないし、あっても蝋燭と行燈のような頼りない明かりだけであったので、夜四つともなれば大抵の者は寝ている。

 その夜四つに、理夫は廃屋敷の門をくぐった。

 大名小名の江戸屋敷ほどではないが、必要以上に部屋数のある広大なものだ。大きな蔵が六棟も建ててある。江戸市中に比べれば宿場町ではあるので土地に余裕があったのであろう。

「こんな広い屋敷に強盗が入ったのか。こりゃもう城じゃあねえか」

 二人や三人程度の下手人ではあるまい。この広さなら商人家族と手代で数十人が寝泊まりしていただろう。それが一人も逃がさず殺害されたと聞く。

(忠臣蔵くらい要るな)

強盗団と赤穂浪士では話が違うが、少なくとも加害者側の強盗団も四~五十人くらいはいたのかもしれない。

 強盗団の手によると推定される事件なので、当時は火付け盗賊改方が動いたが、実は下手人が一人も捕まっていないままこの年月が過ぎてしまったのだった。

 余談だが、火付け盗賊改方は町奉行の同心侍などとは管轄が違う。時代劇に登場する同心や岡っ引を警察官だとすれば、この集団は軍の特殊部隊という扱いである。江戸時代の盗賊や強盗団ともなると時として百名にものぼる規模であり、抵抗する彼らをどうこうするのはほぼ合戦という様相だったのだ。当然、所属する武士は荒々しい者が多かった。

 後世の小説にも書かれて有名な長谷川平蔵などが歴代の火付け盗賊改方長官の中では例外的に丁寧な性格で町民から慕われていただけで、冤罪や誤認逮捕どころか沙汰前に憶測の容疑者を斬って捨ててしまうような雑な捜査が多く、基本的には人々から嫌われていた。これほどの押し込み強盗団を捕まえられず放置していたとあっては猶更だろう。

「盗っ人の隠れ家にはもってこいだな」

 血痕の類も風化して判らなくなっているが、廃墟特有の陰深な空気が敷地全体を薄気味悪くしている。幽霊騒動で面白がられなければ好んで人が近寄る場所とも思えない。そんな所に、あるかないかも覚束ない提灯の明かりだけを頼りに突っ立っていると、理夫も少しく不安な気持ちにさせられた。こうして独りでいるなら、なるほど幻覚のひとつも見てしまうかもしれない。

 朽ちて上板も欠けた濡れ側から上がり込み、部屋座敷のひとつひとつに提灯を差し入れて見ていく。ほとんど畳も残っていない。畳も床板も失った部屋などは、黒い穴の底にいきなり湿った地面が見えていた。

 ほとんどの部屋からは家財や道具の気配もなかった。事件の後に押収されたのか、不謹慎な町人が忍び込んで盗んだのかは判らない。が、これはおそらく主人の居室だったであろう数寄屋風の床の間に、掛け軸に拵えた絵が残されており、一瞬理夫は総毛立った。

「びびった! なんだ絵か」

 

 それは一幅の美人画であった。

 

 提灯の薄明かりではとうてい細部まで確認できないが、すっきりした鼻の稜線が蠱惑的な女人であろう。鈴木春信か、鳥居清長か……理夫は画家の名に詳しくなかったが、いずれにせよ著名な画家の弟子筋かもしれないその作品が、人の住まない廃墟に忘れ去られていた。

「これか?」

この絵が、幽霊の正体かもしれぬと理夫は考えた。先ほど跳ね上がった心拍は早々に落ち着きを取り戻している。夜の廃墟というこの不安な空気の中で暗闇の奥にこのような美人画を見れば、不穏な人影だと勘違いするのも無理かろう話でもない。あるていど己が腕に自信のある武士たる自分でも驚いたのだから。

(それにしても)

 理夫はこの掛け軸から目が離せなくなった。

 薄ぼんやりとした提灯が一丁という、現代の我々からは想像もつかない暗黒の中で、見えるはずのない美人画が理夫には見えていた。

(誰なんだ、これは?)

この商家の娘か妻、ではなさそうだった。着ている物があまりにも粗末だ。

 滝の前で、顔ばかりが整った娘が、ところどころ破れた簡素な小袖と裸足で振り返り、手にススキの穂を持って立っている。理夫としては、振り返った娘がこちらに流し目をくれているようにも思えて仕様がない。たらし、にじみで表現された水が幽玄で、見ていると眩暈がしてくるようだ。たらしの技法は安土桃山時代の琳派まで遡るが、この時代では一般的に行われる。

(何を主題にした絵なんだ?)

理夫は知らぬことだが、この絵はまさに琳派の末弟である鈴木其一の習作で、主題は貧乏神であった。貧乏神を女体として描く挑戦的な作品である。

 理夫の胸でおおきく動悸がしている。それは暗闇に立っている不安と関係あるだろうか? それとも、絵の貧乏神が貧乏侍を呪ってでもいるのだろうか。

 もちろん理夫は幽霊などというものも大して信じてはいない。剣の腕には自信がある。泥棒の類があれば斬ってしまえばいいと思っているので、この不安は確かに暗闇が原因であろう。しかし、理夫がいくら自省してみても、不安とは別の感情が在る。

 これを恐怖の動悸だとか、いや恋の動悸だとか断定するのは安易だろう。絵の異性に恋する者は江戸期にも大勢いたが、理夫はそれを己と無関係だと考えていた。それはそれとして……

「もっと明るいところで見たいな」

自宅の灯籠、いや、昼間にこの絵を観たい。

(外して持ち帰るか)

と考えてから、はたと己を引きとどめた。昼に観たいからではない。単に持ち帰って己のものにしたいだけではないのか。理夫の中に残る一片の理性が、浪々の身とはいえ武士身分の矜持が行動を押しとどめた。それでは盗掘と変わらぬ。

 妙な独占欲と葛藤しつつ、絵から目を離せずぼんやりと立ち尽くし、言語としてまとまらぬ思案を重ねるうちに、遠くで鶏の鳴く声が聴こえてしまった。

「朝? もう明けるのか?」

 明るくはなっていないが、鳥が鳴いた以上は時間の問題であろう。理夫としてもそんな馬鹿なとは思ったが、事実それだけの時間が過ぎていた。

(俺はずっとこの絵を観ていたのか)

明るくなる前にここを去らねばならぬ。番所の同心による夜回りは知らぬ間にやり過ごしたらしいが、夜のあいだにこの廃墟に居たことが知られればそれなりの沙汰にはなってしまう。

 理夫は急いで帰路についた。


 明るくなる前に無事に帰宅して、たらいの水に足をつけた途端理夫の気は抜けた。うどんを腹いっぱい食べた時にも似た急激な眠気である。足を洗うのもそこそこに、耐えきれず土間に脚を出したまま横になった。

(こんなとこを人に見られたらかなわんな)

とは思うものの、そのまま意識が保てなくなった。

 時は万延元年。いわゆる幕末の序章。劇で言うならまだ第二幕といったあたりである。

 この頃なら、侍などという武士身分に価値や憧れを見出す者はもちろんまだまだ大勢いる。四民平等などと誰かが言い出すまでもう十数年はかかるのだ。

 武士たるものが深夜に、主のない廃墟とはいえ他人の家に上がり込み、掛け軸の絵に見惚れて朝までぼんやりしていたなどと知られるわけにはいかない。ましてそのまま逃げるように帰宅して寝込んでしまったなどとは。

 理夫は今のところ士官のくちもないし、町民たちとほとんど対等に会話するような町居の気さくな浪人ではあるが、そのことと武士の格を保つことは別の話である。

 西洋の騎士階級が、この者なら騎士の格を汚すことはなかろうと試されたうえで先輩騎士からの承認によってのみ成れるのと同様、侍には侍の格を保つという意味で横の監視がある。要するに、このような失態を(失態を演じることそのものは仕方がないが)下の階級の庶民に知られるような者は他の侍から仲間として認めてもらえなくなるのだ。

 目が覚めた時は昼八つ(午後二時過ぎ)。既に陽が傾き始めていた。城勤めなら完全に無断欠勤である。これも知られたら再士官の道は狭まるだろう。長屋の己の戸が閉まっているのを確認して、理夫は少しだけホッとした。

 たったひと晩あの廃墟でぼんやり佇んで、意識は絵に集中してしまっていた。

(高松屋に……報告というわけにはいかないな)

やはりもう何日か張り込む必要があるだろう。幽霊の線は無い、仮に泥棒だったとして、必ず毎日隠れ家に戻るとは限らないのだ。今晩もあの廃墟へ赴かねばなるまい。何事もなければそれでよし。何晩になるかは判らぬがしばらくは夜明かしすることになるだろう。

 これは、今のところ居もしない泥棒退治のためだと己に言い聞かせている、そんな自覚があり、誰かに心の内を覗かれたわけでもないのに理夫は赤面した。


 師走も既に中旬。十分に年の瀬と言っていい頃、宿場本陣を兼ねる高松屋の表座敷で、主人の喜六は遊び帰りの客と世間話をしていた。客といっても、いつも支払いをツケにする懐に余裕のない遊び人である。喜六としては、ツケの支払いは年の内までなのでここで回収してしまいたい。

 その客が、金の話から題をそらそうと世間話を始めたのだった。ツケを払う心づもりだけは確かに持っているし、実際払ってきた実績もあるが、今夜は懐にお足が無い。

「八馬屋さんの……廃墟の幽霊騒ぎなかなか収まりませんな」

出された薄い番茶を掌で転がし、冷えた手を温めながら赤い目を喜六に向ける。

「まったくでございますな。お上からさんざ夜間の出歩きについて釘刺されているのですが……なかなか反骨心のある町民が多くて困ってますよ」

「うん? 何か高松屋さんで困ることでもあるんですか?」

ツケ払いをできるくらいには長い付き合いの割に察しの悪い男だなと思いつつ、喜六は苦笑いしてみせた。

「手前ども、ここの名主でございますので」

「ああ、そうでしたそうでした。うっかり失念しておりましたわ」

深酒した客は純粋に酔っていたのだろう。己の察しの悪さに気が付いて、こちらも苦笑いしてみせた。

「しかしね、もうじき片がつくと思うんですよ。ちょっと知り合いのお武家様にね、幽霊退治をお願いしましたんで」

言われた客は「ほう」と驚いて見せた。

「ほう! 同心の旦那方ではないでしょうから……豪胆な方なんでしょうなあ」

高松屋が頼んだのはおおかた暇な浪人侍だろうとは見当がつく。この場合は仕事の腕さえ良ければいいのだろう。

 しかし、この客の方も廃墟の幽霊騒動について土産話があるのだった。既に馴染みの飯盛り女には話したが……

「あっし、一昨日の晩にあの屋敷に行ったんですよ」

「困りますなあ」

「へへっ、申し訳ございやせん」

そうだった。ついさっき目の前の商人がこの宿場の名主で、夜間の廃墟侵入に業を煮やしていると聞かされたばかりだったと気がつき、照れた。

「それで、旦那は何か見なさったんで?」

「そう、そうなんですよ。見ました。この目でちゃあんと見ましたよ」

「ええ? 幽霊を、ですか?」

「ええ。幽霊を、です」

 ふたりが座っているのは宿場本陣の表座敷。多くの者が立ち往くせわしない場所である。よくある四方山話で誰も気にしてはいないだろうが、ふたりはつつとお互い近くに寄り添った。

「見たんですか」

「そうです。少なくとも泥棒という風情じゃあござんせんね」

 この男が件の廃墟に忍び込んだのは一昨日のことだと言う。

「八馬屋さんのお屋敷跡に出るという幽霊は、ぼろを着た女だと聞きますね?」

「そう聞いてはいますね」

「泥棒の隠れ家だなんて言う人もおられますがね、見もしないで言う奴ばらの言葉ですよ。あれは生きちゃいません。幽霊としか言いようがない。しかも……」

「しかも?」

「これはなんで誰も言わないんだろう? 幽霊はふたり組なんですよ」

「ふたり!? そ、そんなこと誰からも聞いたことありませんが」

「そう、誰もそんなことは言ってませんね。しかしあっしは実際に見ましたからね。あ、酔ってもいませんでしたよ、一昨日は一滴も飲んじゃござんせん」

 いつも持ち合わせた金をあればあるだけ酒か色に変えるような男の言うことだから喜六も話半分に付き合っているが、噂の幽霊が実はふたり組だというのは初耳で興味を引いた。

「それでですな、あっしが見たのは、噂の女がひとり、それから男の幽霊がひとりです」

「女の幽霊と……男の、でございますか?」

いや、さすがに喜六も商人らしい鋭敏な頭脳で瞬時にそれは幽霊ではなく安曇理夫ではないかと考えた。

 理夫の腕前からすれば、泥棒ごときに後れをとることはあるまい。もし幽霊にとり殺されるようなことがあるなら……それは喜六にも判らない。

「女のほうはともかく、男のほうは見間違えではございませんか?」

客は喜六が話に食いついてきたことに満足していた。後日ツケを支払う当てはあるが今日のところはうやむやにして帰れそうだ。

「いやあ、なにしろこのあっしが、酔わずに見たもんですからね」

「ど、どんな風貌でした?」

「そうですな。女の方が噂通りのぼろでした。小ぎれいな顔かもしれませんがどうにも辛気臭い。いかにも幸薄そうな……」

「いや、男のほうですよ。どんな背格好だったとか、ほら」

「ははあ。男の方ね。腰に二本差してたがいかにもくたびれた着物でね、浪人者かなあ。あのふたり、そういう意味じゃあお似合いだったな」

「うう、む。その男……手前が依頼したお侍様かもしれませんぞ」

「ええ? それなら生きていなさるでしょう? あっしが見たのは確かに幽霊でしたよ」

 もしその男の幽霊が理夫であるなら、公儀の咎は無いにしても、依頼した自分に責があるだろうか。いや待て、理夫は金のない侍だけあって瘦せぎすだった。暗がりで幽霊に見間違えられることもあるのではないか。

「お言葉ではございますがお客様。暗い中で見た男が幽霊かどうかなんて、どうして判るんですか?」客はにやりと笑って、幽霊だと確信した証拠があるのだと言った。あれはこの世の者ではない。

「というと、やはり……」

「お足が無い」

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