第3話

 隣国に近づくと道が開けてきた。


 人だかりを見つけて足が止まる。

 みんなは立てかけられた看板に眉を寄せていた。


 それは盗賊の注意喚起。

 二人の男の人相書きが貼られている。


 殺人に窃盗を繰り返しているらしい。


 人相書きの顔には見覚えがある。


 二年前。私の体を求めて襲って来た盗賊。その中の二人だ。


 恐ろしいことに、人だかりの中に二人はいた。


 盗賊は身の丈、二メートルを超えるからね。大柄な体はよく目立つ。


 フードを深々と被って顔を隠しているけどさ。その鋭くいやらしい目つきは今も忘れないわ。

 間違いなく、私を襲った盗賊ね。


 二人の盗賊は、鼻で嘆息を吐いてからその場を立ち去ろうとする。


ドン!!


 その時、グラディの体に当たった。


「てめぇ。どこ見てんだ! ごらぁあ!!」


 ああ、ダメだ。

 体格に差がありすぎる。


 こういう時は逃げるのが一番。

 男を助けるつもりはないけど、グラディは別だ。

 彼は私を介抱してくれた。金塊はもらうけど、命まで失って欲しいわけじゃない。


「グラディさん。行きましょう!」


 しかし、彼は動かなかった。

 そればかりか反論してしまう。


「ぶつかって来たのはそっちだろう?」


 正論だけど、そんな言葉はまかり通らないってば!


「なんだとごらぁ? ぶっ殺されてぇのかぁ? ああん?」


 二人がフードを外すと周囲から悲鳴が起こる。

 当然だろう。なにせ人相書きとそっくりの盗賊なんだから。


「こんな看板立てやがってよう。ふざけんな!」


 男は大きな斧で看板を根本からぶち切った。

 宙に舞った看板は大きな槍で貫かれる。


 2人の盗賊は、大きな斧の使い手と大きな槍の使い手だったのだ。


 あんな攻撃を一撃でも喰らえば即死だわ。


 みんなが逃げ惑う中、盗賊に対峙したのは私とグラディだった。


 いや、私はとばっちりだ。


「あ、あの……。グラディさんってば」


 逃げないと殺される!


「げへへへ。今まで千人以上がこの大斧の餌食になったんだぜぇえ」


 そういって刃先をベロでベロォオンと舐め上げる。


 怖ぁああ!

 完全に狂ってる!!


「なるほど。ここいらの治安を乱しているのはおまえらか。王城からの遣いを襲ったのもそうだろう」


「なんだぁああ? おまえ王城の遣いかぁ? 女が背負ってるリュック。鷹の紋章がついてんなぁ? ククク。それを渡せば命だけは助けてやるぜぇ」


 ひぃええええ。

 つ、詰んだぁ。

 フォックスガール終了のお知らせぇえ。

 

 グラディさん、ここは諦めて荷物を差し出して許しを請いましょう。と目配せするも、


「自首しろ。そうすれば許してやる」


 いやいやいやーー!

 言葉じゃ無理ですってば!


「ヒャッハーー! 死ねやゴラァアア!!」


 ほらぁ!

 完全に終了だ!


 あんな大きな斧で斬られたら真っ二つ。

 剣で受け太刀することなんてできないわ。

 そもそも体格が違いすぎるんだから。

 

 しかし、グラディは体を少しだけ逸らすだけ。


 大斧は地面に突き刺さった。


「当たらなければ意味はないよな」


 すかさず、大槍の切っ先がグラディに向かう。


 それは一瞬の出来事。


 グラディは宙に舞っていた。


「だから、当たらないと無意味だってば」


 瞬間。




ズバァアアアアアアアアアアン!!




 それは雷でも落ちたかのような打撃音だった。


「鞘打ちだからさ。斬れてはないけど、骨は砕いたよ」


 二人の盗賊は地面に伏せた。


 ちょ、どういうことぉ!?


「だから、自首しろっていったのにさ。背中と腰の骨は砕いたからな。3ヶ月は歩けないぞ」


 二人は白目をむいて気絶していた。


 ええええええええ!?

 あ、あの一瞬でぇええええ!?


 人が集まってくる。


「すげぇえええ!」

「お兄さん、すごい腕だねぇ」

「強すぎぃい」

「一瞬だった……」

「神業かよ」

「ほぇええ………かっけぇ」


 私だって、彼の凄腕に見惚れてしまう。

 早業すぎて今でも夢を見ているようなんだ。


 グラディは当たり前のようにサラリという。


「んじゃリア、行こうか」


「え?」


「盗賊は自警団に捕まるだろうからさ。俺たちは運搬の依頼を済まそうよ」


「う、うん……」


 彼は汗一つかいてない。

 あんな巨漢を二人も倒したのに……。

 ほ、本当に凄腕なんだなぁ。


 しばらくすると、金塊を持ち逃げしなかったことに安堵する。

 おばあちゃんありがとう。

 あのまま逃げてたら、私が盗賊みたいに骨を折られていたかもしれない。

 そう考えると恐ろしいよね。ひぃえええ。


「疲れたのかリオ? めちゃくちゃ汗をかいてるじゃないか。荷物は俺が持とうか?」


「あ、いえ。違うんです。ははは……」


 この汗はそっちの汗じゃないんですよ。


 でも複雑だなぁ……。


 私は盗賊を恨んでいた。

 彼はその恨みを晴らしてくれたんだ……。


 私は、そんな彼の荷物を奪おうとしている……。


 そうして、私たちは目的地に到着した。


 隣国の王城を前にして思う。


 ああ……。

 結局、バカ正直に荷物を運んじゃったなぁ。


 でも、無理だよね。

 盗っ人ってバレた時点で命はなかったよ。

 逆に、これで良かったのかも。


「じゃ、じゃあ、グラディさん。私はこれで」


「ああ、ちょっと待っててよ。金塊をお城に届けてくるからさ」


 ……あんまり関わりたくはないかなぁ。

 私の正体がバレたら盗賊の二の舞だもん。


 そんなことを思っていると、グラディは小袋を持ってやって来た。

 その中には金貨が大量に入っている。


「んじゃあ、五十万コズンはリオの分ね」


「は、はいぃいいい?」


「運搬料金の半分の報酬」


 だからって五十万は貰いすぎだってば。


「あんなに重い金塊を背負ってたんだからさ。半分の報酬を貰う権利はあるよね」


「で、でも私は女で……。ただの山羊飼いですよ?」


「そんなの関係ないって。キチンと働いたらそれに似合った報酬を貰えばいいさ」


 わ、私はフォックスガール。

 あなたの荷物を奪おうとした盗賊なのに……。




 ──私は子爵の娘だった。

 父は公爵に騙された。

 母はその公爵に奪われてしまう。


 爵位を失った私たちは一家離散。

 私は奴隷商に買い取られた。


 隙を見て逃げ出した私は盗賊に追われることになる。


 父を騙したのも、母を奪ったのも、奴隷商も、盗賊も、全て男だ。


 男は最低な生き物。


 そう思っていたのに、


ポタ……ポタ……。


 気がつけば泣いていた。


「え? リオどうした!? どっか痛いのか?」


 ああ、この人は底抜けに優しい。

 たった一日の付き合いだったけどさ。

 出会った時からずっと私のことを気にかけてくれる。

 こんなにも優しい男の人に出会ったのは初めてだ。


「……ちょっと用事を思い出しました」


 私はその脚で自警団に向かった。


 途中、メガネとカツラをつけて変装を完了させる。





「被害者救済の会、代表?」


 と、小首を傾げたのは自警団の団員である。


「そうです。私は大盗賊、フォックスガールの被害者を救う会の代表者なのです」


「フォックスガール……。ああ、国堺に出没する、小物の盗っ人のことだな」


「こ、小物……」


「被害総額は四十万コズンだな」


「では、その額をお支払いします」


「え?」


「被害に遭われた方にご返却してください」


「それは助かるが、あなたは?」


「ただの被害者代表です。あと、風の便りで彼女は引退するといっていたそうですよ。大盗賊の勇退で世界は平和になることでしょう! では!!」


 これがフォックスガール最後の変装よ。



〜〜グラディ視点〜〜


 リオは去って行った。


 ああ……。このあと、食事でも誘いたかったんだがなぁ。

 やっぱりダメかぁ。

 あんなに可愛いもんな。

 俺なんかが振り向いてもらえるわけないよなぁ。


 うぐ……。

 できれば親密になりたかった……。


 やっぱり女は魔性だな。

 あんまり信用しちゃダメか……。


 ダメだ。

 目を閉じると、老婆を助けていたリオの姿が頭から離れない。


 優しい彼女。

 

 ああ、はじめて信用できそうな女の子だったのにぃいい!!


「グラディさーーーーん!」


 ああ、遠くから幻聴が聞こえる。


「グラディさんってば」


 今度はこんなに近い。

 めちゃくちゃリアルだよ。

 あの子の声は萌え声で最高なんだ。


「グラディさん。立ったまま寝ちゃったんですか?」


 目を開けると、俺の顔を覗き込むようにリオが立っていた。


「リオ!?」


「ふふふ。用事は済みました。このあと食事でもどうですか?」


「え? お、俺と!?」


「もちろんです」


 これは夢か?

 なんという幸運!


「私、転職しようと思ってるんですよね。薬草売りでもしようかと……」


「いいじゃないか。応援するよ」


 そういえば、俺も考えていることがあったんだ。


「俺は運搬屋を立ち上げたいんだよな」


「うわぁ! 素敵です!!」


「それで……」


 ダ、ダメ元で聞いてみるか。


「受付嬢を誰かがやってくれたらなって……」


「……もしかして、私を誘ってます?」


「ダメ……?」


「ダメじゃないです! ぜひ、やらせて欲しいです!!」


「やった! 薬草は俺の店で売ってくれたらいいからさ!」


「あは! じゃあ、食事をしながらこれからの話を詰めましょう!!」


 やっぱり、女の子って最高だな。




 後に、運び屋グラディのお店は、大変に繁盛したということです。

 なんでも、受付嬢の対応がとても優しい接客をしてくれるとか。

 ただ、たまに来る横柄な男客には大層厳しかったということですよ。



おしまい。



────

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男嫌いの美少女盗賊は、凄腕すぎる剣士の荷物を狙う 神伊 咲児 @hukudahappy

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