第16話 進行しない信仰
「ライくん、これ美味しいよね~」
「あぁ、久し振りにマトモな飯食べている気がする」
ヒュノと名乗る彼女は、私をはぐらかしたかと思えば、先程購入したサンドイッチをライザと仲良く味わっていた。逃走する事も私を操ることも選択できる中、彼女はサンドイッチを選んだことにびっくりした私は、上手いこと煙に巻かれる形になった。
しかし、結果として良かったのかもしれない。彼女が本物のヒュプノス・ラスティアで、彼女の癇に触ることになれば、距離を詰め過ぎた私の命なんて一瞬で消し飛ぶかもしれない。
だけど、まだサンドイッチも食べていないのにモヤモヤとした消化不良の感情が私を困らせている。
「つくもんもどう? サンドイッチ」
「へ? ちょ、近いわよ!?」
気がつけば目の前まで接近されていた。
「ちょっと、あんたのツレなんでしょ。しっかり距離感教えておきなさいよね」
ライザ曰く、出逢った頃から間合いに入る癖があるとのこと。私の知ったことじゃない。
しかし、これが戦闘……敵対同士であれば私は死んでいたであろう。上級冒険者の私でさえあっさりと破られたパーソナルスペース。
さっきから生きた心地がしない「お腹なんか減って……」ぐぅ~~。
何かの鳴き声らしき音が耳へと侵入してきた。私はテイマーではない。
しかし、腹部辺りから小型モンスターの鳴き声がしたような、していないような。
「ほら?我慢しているじゃない」
どうやら、ドルミーラ教のトップにも聞こえていたようで、残念ながら幻聴という線は無くなってしまった。
「朝から急いでいたから仕方無いの!」
たとえ、彼女の言葉のとおり私のお腹がカロリーを求めていたとしても、易々と話に乗るわけにはいけない。ヒュプノス・ラスティア本人であれば、正体を知っている私の事を消しにくるのは当然の事。
事を大きくさせずに対象者を殺害するには、食物や飲み物に異物を混入し毒殺するのが最も現実的だ。
サンドイッチに毒物を混入する可能性が極めて高い。『警戒に越したことはない』そう心に誓った私の目の前に現れたサンドイッチには人面植物がこちらを向いていた。
「ちょっと何よこれ」
「ほぉ? サンドイッチだよ?」
「何澄ました顔してさも当然かのような声が出せるのよ? ちょっとライザ、あんたも何か言いなさいよ!!」
「1口目。ヒトクチメさえ克服すれば、こいつの味が受け入れる味覚になる。さぁ、騙されたと思って」
「あんたは既に毒されているの!! 騙されたと思いながら、これから騙される馬鹿がどこにいるのよ!!」
無駄に警戒していた私が馬鹿みたいだ。ヒュプノス・ラスティアは私を支配下にしたそうな素振りはないが、根っからの変人の類い。そして、嘘つき英雄の息子ライザは、人を騙すどころか、騙されている側の残念な奴だった。
人を騙す才能が皆無のご様子。
と言うか、この不定期市は危ない店も紛れているようだ。陽気な音楽を演奏しながら、和気藹々とマーケットをゆっくりと堪能できるような雰囲気を出しているわりには、マンドラゴラを具材に使用したサンドイッチをシレっと販売している店が存在しているなんて……
商工会不介入を良いことに好き勝手な事してくれちゃって……
いつか私がこの不定期市に改革のメスを入れる日がやがて来るだろう、近い将来。
「つ~く~も~ん」
「うわっ……何よ」
物言いをしたそうなジトっとした眼で私を睨み付けてきた。
「好き嫌いは良くないんだよ?」
「誰が好き好んで植物系モンスター食べるかぁ!!!!! 倫理的におかしいの!!」
ドルミーラ教は食用としてマンドラゴラを栽培していたのだろか。ここタールマイナとドルミーラ教が治めていた村は比較的近いが、タールマイナに産まれて良かったと染々思えたのは今日が初めてだった。
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