第15話 起こるべくして起きない

「あれ~?もしかして今日はこの子が物々交換してくれるとか?」


 ライザの店には別の子が待っていた。溌剌とした声に人を信じきったような純粋な笑顔。私とは正反対の人間。


「ヒュノ。紹介するよ、この人はツクモ。先行き不透明な俺達の商売を手伝ってくれる強力助人だ」

「こんにちは~私、ヒュノ。どうぞご覧ください~。まぁ色が違うだけで中身は一緒なんだけどね~」


 見た感じでは、のほほんとした女の子。この子はライザに騙されて店の手伝いをさせられているのだろうか。


 うーん……わからない。


 大悪党で知られるヤギー・アロンサードノイルドには独り息子がいるという話しは知っていたが、名前がライザとは知らなかった。


 ……でも、ライザが父親のように悪い人間とはまだ決まったわけではない。至極全うな物を扱っていてほしい。


 私の願いとは裏腹に、ライザが取り扱っていた物は彼のいう通りのガラクタだった。


「攻撃力+1……いちぃ?! な、何よこれ!! 色が違うだけで本当にクダラナイ商品じゃない!! こんなの売れるわけないじゃない!!」

「ほ?! ふにゃんは少しずつだけど売れてるよ?」


「いくらでよ?」

「2000G」


「に、2000ゴルぅ?!! ぼったくりよ、詐欺よ、大嘘よ! 2000Gで攻撃力を微増させる馬鹿が何処にいるのよ! あんた達商売を舐めているんじゃない?!」


 西エリアの不定期市。私達、商工会にとって暗黙の管轄外にしていたけれど、ここまで価格設定がぶっ飛んでいただなんて聞いて呆れるわ。


「あの……これって、噂のリングですか?」

「はい……噂の?」


 これからライザと店番娘に適正価格について説教をしようとしていた矢先に、お客さんから声をかけられてしまった。


「いらっしゃいませ~。アームリング『ふにゃん』はいかがですか~今なら限定カラーのラメ入り紫色もありますよ~」


 私の心配を他所に、ヒュノと名乗った子は接客を始めてしまった。


「綺麗」


 露店に並ぶガラクタを見ていたお客さんから感想が漏れていた。


「見た目だけじゃないんです! これをつけるだけで魅力度あっぷ! 好きな彼も振り向いてくれるかもしれない、超必須アイテム! 販売小売価格4200Gのところ、今から30分以内にお求めいただくと、初回限定の方限り……1980G!! センキュウヒャクハチジュウゴールでの大特価っ!!」

「買イマス!!」


 魅力度? 何それ、どういう事??


 攻撃力+1あがるだけで、そんな都合の良い効果あるわけないじゃない……嘘みたい……


 ん? 嘘……はっ!! 私は自分の任務を思い出す。ライザに優しくされたせいで目的を忘れちゃっていたけど、西エリアの不定期市で噂になっているインチキ商品のリサーチに訪れていたんだ。


 気づいた頃には売買行為は終わっており、購入者は人混みに紛れ姿を消していた。私という人間が傍にいながら、怪しい売買を止められなかった事実に頭を抱えてしまった。


「じゃあ次は、つくもんの番ね?」


 ……はい?


「ほらほら、遠慮しないで?」


 攻撃力微増の怪しいリングを私が売る?

 商工会会長の娘の私が? 


 冗談じゃないわよ。そんなインチキ商売に加担してただなんて知られたら、それこそこの街の商売は混乱し、他国からの物流は制限され、街が滅びかねないわ。


 頭ではわかっている。理解している筈なのに、ヒュノと名乗るこの子からお願いされると、拒絶できなくなってきている自分がいることに気づく。


 まるで、関節の1つひとつに見えない糸が装着されており、勝手に動かされているかのよう。


 マリオネットみたい。


 いや、関節を操る糸だなんて有るわけがない。そう、勝手に思いこんでいるだけだ。実際に付いていないし、糸なんか付いていたらわかる。


 私はこう見えて上位の冒険者でもある。


 魔力についての基礎学は修了しており、まだ実績自体は少ないものの実際に上位モンスターの討伐クエストにも参加している。


 だからこそ、私にはわかる。


 この、ヒュノと名乗る人物と会話しているときに自分の意思が制限され、操られているかのような感覚に陥っている時に、魔力のような力が作用していることに。


「遠慮なんかしてないわよ、触らないでくれる?」


 手取り足取り教えようとしていたヒュノの手を払い除ける私。彼女の手から溢れ出す魔力に私の手が侵食されそうな所を、私も魔力を帯びた状態で受け流した。


「ほぉ? んえっと……」


 ヒュノは少し驚いた様子で私を見ていた。この子、もしかしたら自分で他人の精神に介入している事に気がついていないのかしら。


「貴女の手を借りなくても出きるわよ、それくらい」


 彼女からこれ以上介入させないように距離を取るために咄嗟に出た一言。だが、その言葉自体が私を縛る結果になってしまった。


「じゃあ、お願いしますぅ」


 まずいわ。ここまで来たら販売することを断りきれないじゃない!! 


 ライザもヒュノも私に対して、信頼の眼でみている。やめて、そんなキラキラした眼で私を見つめないでよっ!!


 それからしばらくは声を出して売り子の役を続けたが、誰ひとり足を止めてくれる人はいなかった。


「そんな、誰も買わないなんて……」


 20Gっ! いや、10Gぅ!!


 と、声を張り上げ適正価格を提示しても売り上げに貢献できなかった。商売のいろはを知り尽くしている私が。お父様から全ての仕事を受け継いでも良いように、現場から裏方、そして重役の仕事も。ありとあらゆるポストの内容を経験した私の筈なのに……


「つくもん、元気出して!」

「あんたに慰められると余計に落ち込むわよ」


 言い聞かす。私は自分に言い聞かす。インチキ商売で売れていた謎のリングをこれ以上出回らないように自分は貢献出来たのだと。


 商売人としての私のプライドを犠牲にして、身を粉にして街の人を護ったのだと。


「ど、ドロボーっ!!」


 大きな声が聞こえてきて、私達を含め周りに居合わせた人間誰もが目を奪われた。声を張り上げて主張していた人はどうやら市場で店を出していた店主のよう。彼女の声の先には、両手にアイテムを握りしめたまま走って逃げている男の姿。


 もうすぐこちらの前を通過しそうなタイミングであった。


 私は持っていた携帯用の杖を取り出し、戦闘できる体勢を取ろうと試みたが、私はライザに止められた。


「何よ?! 邪魔しないでくれる?」

「いや、こんなところで魔法なんか発動したら他の人に当たるかもしれないだろ?」


「勿論、最小限を目指して加減するわよ」

「0じゃなければ、させない」


「じゃあ、犯人をみすみす逃がすっていうの?!」

「大丈夫、つくもん。私に任せて」


 そう言って立ち上がったヒュノ。逃げている犯人は刃物を持っており、丸腰のあの子がでしゃばる方が遥かに危険だ。


「ちょっと、ライザ止めなさいよ。0じゃなければさせないんでしょ?!」

「……いや、ヒュノに任せた方が0だ。だって……」


 ヒュノと呼ばれているあの娘からずっと感じていた違和感は、より確信へと近づく。


 ヒュノの身体に纏っていた魔力が彼女全体を覆い、上級冒険者の私でさえ身が竦む。


 逃げを失い、魔力も底を尽きた状態でドラゴンと遭遇してしまったような感覚だった。


 足掻きようの無い状況に嘆き、身体が硬直してしまう絶望感のよう。


 彼女が立っているだけ。そこから感じる比類なき圧迫感に対し、私も声を失った。


 そんな、私の感情を嘲笑うかのように、ヒュノは犯人が接近するまで何もしていない。


「どけぇええ!!」


 退路にいる棒立ちのヒュノに対し敵意を向ける犯人。しかし、ヒュノは優しい微笑みを浮かべたまま呟いた。


「おやすみなさい」と。


 強く握られていた刃物がスルリと地面へと落ち、独特の金属音が数回鳴り響く。続いて、膝からゆっくりと崩れ落ちていた。


 私には見えなかった。いや、正確には彼女が何を行い、犯人を仕留めたのか捉えることが出来なかった。


「何が……起きたの?」


 私が呟くと、ヒュノは私にこう言った。


「逆だよ『何も起きない』。被害も、そして犯人さんも」


 しばらくして現れた兵団により強盗犯は呆気なく拘束され、被害者に対し軽い事情聴取が行われたかと思えば平穏は直ぐ様にやってきた。


 ライザは、あの子を兵団側と接触させるのを避けようとしていたので、犯人を眠らせた後、私と彼女は逃げるようにその場を後にした。


 聞けば、ライザは兵団の中に知り合いがいるらしく、独りだけの方が話が通しやすいからと言ってくれたので、甘えることにした。


 商工会側の人間が不定期市で騒ぎを起こしているとなると、こちらとしても不利だ。そして、何より彼女と2人きりになれた事は好都合だ。


「神獣をも従えたと噂される『眠りの力』で多くの信者を束ね、世界中を震撼させた宗教結社が存在した。そう、貴女がさっき発動した、技のような不思議な力でね」

「……」


「神獣が普段と違う動きをするとね、スタンピードが発生しちゃうの。我々商工会からすると死活問題でね。積み荷を乗せた馬車が移動中にモンスターに襲われちゃうとそれだけで何十万Gの損害が発生する」

「そうなんだ……」


 だから、神獣と密接な関係があると予測されるドルミーラ教には警戒していた。そんなドルミーラ教内に、目覚ましい力を宿した人物がいることがわかった。


 眠りの力で神獣を鎮めるだけでなく、操れることもできる比類なき才能を秘めた人物。


「次期ドルミーラ教のトップになるだろうと噂された人物の名は、ヒュプノス・ラスティア。貴女、ヒュノだなんて名乗っているけど、本当は違うんじゃない?」


 私とヒュノの間に静けさという壁が存在した。見えなくとも感じる厚い壁が。


 もし彼女がドルミーラ教の生き残り『ヒュプノス・ラスティア』本人であれば、私だけでなく、この街なんて一瞬で掌握され滅んでしまうだろう。


 触れてはいけない呪いの宝箱を開封してしまったような後悔が私を襲った。


 しかし、彼女の力を目の当たりにして、商工会会長の娘として、確認せずにはいられなかった。


「つくもん……」

「……何?」


 閉ざされていた彼女の口が開いた。この街の存続を左右する大事な言葉が彼女の口から溢れるだろう。


 彼女との戦闘をも視野に入れつつ距離を取るべき状況なのは理解している。でも、少し距離を取ったところで、眠りの力から逃げ切れる自信なんて持ち合わせてはいなかった。


 だったら、


 逃げも隠れもせず、貴女から貴女の正体を聞くまで退きも逃げもしないわ。


 さぁ、来なさい!


「ライくんが帰ってくるまでに、あのサンドイッチを買いたいんだけど、一緒に並んでくれる?」


 ……はい?

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