アマゾンの夢

ねこみゅ

ジャングルの夢

 目が覚めた。そこは鬱々とした森の中だった。森と言っても、ここはただの森ではない。大きく育った木々とその深緑葉が曇った天からの微かな光を遮る、ジャングルである。

 私はなぜこんな場所にいるかもわからず、ただ呆然と立ち尽くしていた。しかし、私にはこれが夢だとすぐにわかった。皮膚に雨の滴が落ちる感覚も、それゆえの寒さも感じなかったからだ。

 夢と自覚できる夢とは珍しいなぁ、と感心しながらも、あまりにも不気味で底なしの不安が押し寄せてくるその風景に、不快感を抱かざるを得なかった。


 しばらくどうすることもできずに棒立ちしていると、ジリジリと草を踏み分けて歩く音が聞こえた。私は咄嗟に身を潜めようとしたのだが、足を何者かに掴まれたように体が動かなかったのだ。

 夢の中で何をされようが現実には何も起こらないと知ってはいるが、その時の焦燥感は、今まで現実世界で感じた何よりも大きいものだった。このままではいけないと分かりながらも、動き出すことはできなかった。


 __そうしてとうとう音が止んだ。「それ」はどうやら私の目の前で止まったようだ。私はしばらくの間目をつぶっていたが、「それ」が襲ってくるものではないと分かってから、恐る恐る目を開いた。


「そんなところで何をしてるの?」


 私が見上げた先にあったのは、ひとりの男の子だった。黒目がちで目がまんまる、ボサボサの黒髪が似合う褐色の肌に、紅白のボディペイントがなされていた。私は一瞬、あまりにも異文化的な風貌をした彼に見惚れた。が、すぐに彼の持っているおおきな槍に目がいき、自分の死を悟った。


「白い人。おれたちをいじめにきたの?」


 白い人、というのは、どうやら私のことのようだ。彼は少しムッとした表情をしていただけなのだと思う。しかし、私にとっては見ず知らずの民族が武器を持って自分のことを責め立てているようで、あり得ないほどに恐ろしかった。

 私は必死になって、首をブンブンと振って否定した。彼はそんな私を見ると、眉をひそめながら私の手元や腰をじーっと見つめてきた。


「ふーん。オノとかテッポウとか持ってない白い人、はじめて見た」

「私はそんなもの持っていないわ。だって気付いたらここにいたんだもの」


 彼と言葉を介してハッと気付いた。現代の言葉なんて知らなそうな先住民の子供が、私と同じ言葉を使っているのだ。


「すごい。ちゃんとおれの話つうじてる。学校でベンキョウしててよかった」

「学校があるの?」

「うん。今はもうないけど」


 まさか学校に通っている先住民がいるとは思わなかった。しかし、学校に通っているにしては服装があまりにも貧相すぎる。まともな服が買えないのか、そもそもないのか、わからない。


「コトバが通じるなら、おれのおねがいを聞いてよ」

「おねがい?」


 彼はそう言うと、持っていた槍をしゃがみながら丁寧に下に置き、ゆっくりと立ち上がって両手をあげた。彼が一体何を言いたいのか、私にはわからなかった。


「これ、これは、コウゲキしないでって意味なんでしょ?」

「え?ああ、そうね」


 私は普通に答えたが、その答えを聞いた途端、彼はとても悲しそうな顔をした。私はまた攻撃されるのではないかと肩にグッと力を入れたが、彼は手をそっと下ろして涙目になりながら言った。


「でも、でもね。おれの兄ちゃんは、これしたんだよ。したのにさ、したのに白い人にテッポウで撃たれてしゃべらなくなっちゃったの」

「え…?」

「それにね、それに…おれのお家も、村も、ぜんぶもえちゃった」


 彼の目のふちから溢れそうになる涙の光に目を奪われていた。黒い瞳の中に酷い悲しみと憎しみが見える。涙を堪えようと必死になった目には、白い光が溜まっていく。


「お姉さんたちはもうたくさん土地をもってるじゃないか」


 彼が弱々しく言葉を放ち、ふと我に帰ったとき、いつの間にか辺り一面真っ赤な炎に包まれていた。


「な、なにこれ」

「お姉さんなんでしょ?火をつけたのは」

「は、いや、そんなわけないでしょう、だって私はずっとここに…」


 地面に手をつこうとして、そこに人の感触があることに気付いた。驚いてそれを見ると、全身に火傷を負って、もう力尽きている様子の男だった。腰には銃を、手の中にはツルハシがあった。それだけの情報で、私は彼がどれだけ愛した人であったか思い出した。


「マヌエル!?起きて!!!!マヌエル!!」


 どれだけ呼びかけても、返事をする様子はない。呼吸もきっとしていない。私は、夢であることを忘れて、藁にもすがる思いで彼の名前を呼び続けた。


「マヌエル!!返事をして!!!!!」

「これは忠告だよ。おれの村の呪術師のおじいちゃんがお姉さんに警告しているだけだ」


 少年は突然大人びた口調で淡々と話し始めたが、パニック状態の私にはソイツが何を言っているか全く理解ができなかった。


「何バカなこと言ってるわけ!?いいからこの人を助けてよ!!!!!!」

「だから、忠告だって言ってるんだ。こうなりたくなければ、君たちはここに来るべきじゃない」


 それだけ言い残して、少年は静かに消えてしまった。残されたのは熱く燃え盛る猛火の中に閉じ込められた私と、愛しい人の死体だけだった。私は今まで出したこともないような大声で彼の名を叫んだ。


瞬間。


 リオのスラム街の一角で、目が覚めた。まだ陽は登っていない。蝿がうるさく飛び交う路上で、隣に横たわる愛人の遺体を撫でながら、力なく目を瞑る。

 この夢を見るようになってもう一ヶ月が経つ。ジャングル開拓の計画を立て始めて毎日見るこの夢。最初の夢を見た日の朝に、この人は冷たくなっていた。当然と言えば当然だった。だって、この人はほとんどの食糧を私にくれたから。

 金持ち連中から、仕事をもらった。ジャングルの開拓。あそこでは金が獲れるから、先住民を排除して木々を燃やせば沢山給料を支払うって。もう余裕の無かった私たちは、それを嬉々として受け入れたのだ。

 人生の最期に、やっとなぜ戦争がなくならないか、わかった気がした。

 これはジャングルの呪いか、それとも愚かな私たちへの報いなのだろうか。どちらにせよ、もう私の命は終わり。なんだか、夢で見た少年の声が聞こえる気がする。

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