第42話 なぜ呪われてしまったのか

 どれくらい抱きしめ合っていただろう。空は赤紫に染まっていた。陽菜乃が泣き止むのを待ってから、優しく声をかける。


「陽菜乃。……頼みがある」

「……はい」


 まだ鼻声だが涙は止まったようだ。密着したままなので胸の感触にドギマギしつつも、極めて冷静に言葉を続けた。


「死んでいった勇者と魔王たちの躯の上で俺は《最後の魔王》を継承する。………その生き方に陽菜乃も付き合ってくれないか?」

「!」


 いつ終わるかわからない面倒事に陽菜乃を巻き込むことを意味するのだが、彼女の顔が仄かに赤くなった。それを見て夕焼けのせいではないと少しだけ期待してしまう。

 ややあって、小さな唇が答えを口にしかけた瞬間。


「あるじ、お腹へったぁあああ!」

「のぉおおおおおおお!」


 空気をぶち壊して幼竜が影から飛び出して来た。ぶうぶう、と文句を言いながら俺と陽菜乃の周囲を飛び回る。一気に空気は変わり赤紫色の空が暗く沈んでいった。


「ライラ……。空気を読もうか」

「あるじ、空気は文字じゃないから読めない! お腹へったぁああ!」

「ふふっ」


 陽菜乃は俺とライラのやり取りに微笑んだ。


「んー、あー。いい匂いがする」

「きゃっ」


 そういってライラは陽菜乃の胸に飛びついた。なんて羨ましい──じゃなく大胆な。陽菜乃は最初こそ驚いたものの幼竜を抱っこする。


「あのね、あのね。お姉ちゃんがすごく好き。なんか落ち着くの」


 そういって陽菜乃の細い腕に尻尾を巻き付けて腕に甘嚙みする。


「俺だってまだしたこと──じゃなくて珍しいな。初対面の相手に懐くなんて」

「あるじが好きなものはライラも好き」

「そうなの? 嬉しい」

(告白よりも恥ずかしくないか、これ?)


 色々と雰囲気があれだが、俺は頭を掻きながらため息を漏らした。


「まあ、今後のことは追々考えてくれればいい。もう一つ急ぎの案件がある」


 一瞬和んだ空気が再び張り詰める。「お腹がすいた」とぐずるライラには申し訳ないと思いつつ、アイテム・ストレージから新鮮なリンゴを一箱出したら機嫌が直った。


「ライラ、ひとまずはこれで我慢してくれるか?」

「うん、いいよ♪」

(前菜ぐらいにしかならないが、少しは時間が稼げるな)


 ライラは上機嫌でリンゴを丸かじりする。うん、食べているシーンも可愛いものだ。さて、陽菜乃がどこまで情報を把握しているのか分からないので、すり合わせから始めた。


「陽菜乃は《狩人》の一員としてギルマスをマークしつつ、素行調査はCランク《夜明けの旅団》に依頼をしていた。サカモトたちは《狩人》の中でも調査専門の部隊だった所までは把握している」

「その通りです。五年前から《迷宮の大森林》付近で黒魔獣の目撃情報が相次いで報告されたのがキッカケでした。自然発生か、それとも人為的なものか特定できなかったので、私が潜入調査をすることに。元々Bランク相当の実力者でもあった《夜明けの旅団》をCランクに偽装して依頼をしました。……思えば先輩と出会った時に調査続行をさせず、すぐさま別の任務に移行させておけばよかったと思っています」

「そうだったとしても生存確率は、あの段階でかなり低かったと思うぞ。だいぶ前からギルマス──ダリアは漆黒花に冒険者を売っていたからな。三年前の大規模襲撃の際、黒魔獣の器は殆どが行方不明となった冒険者で、その冒険者たちが最後に立ち寄ったとされるのがアルヒ村だった」

「!」


 《ミミズクの館》で閲覧した情報を地図にまとめておいたので陽菜乃に見せた。一見、姿を見なくなったのは各街や都市とバラバラだが、ネームプレートが最終的に示した場所はアルム村の地下からだった。


 ダリアの隠蔽ミスかあるいは、こちらにワザと情報を漏らすため働いたのか真偽は不明だ。

 陽菜乃もまたある程度事情を把握していたようで、一つ一つ確認するように言葉を紡ぐ。


「……先輩。三年前、《狩人》統括役の鬼道丸と私はダリアの拘束を考えていました。けれど最終的に監視を付けた状態に留めた理由もご存知ですか?」

「ああ。まずギルマスことダリアが《クイーン》に寝返ったのは、ジャックの再転生を望んだからだ。そして《クイーン》はダリアを裏切らせないための人質として、ジャックを漆黒花の王の器に仕立て上げた上で再転生させた。三年前の大規模な襲撃も、全てはジャックを覚醒させるための布石でもあったのだろう。下手に手を打てば、ジャックが漆黒花の王として覚醒する可能性があり、その被害規模が三年前の比ではないから監視に留めた……ってところだが合っているか?」


 陽菜乃は小さく頷き、


「その通りです。ダリアは……私やクローのように待てず、漆黒花の女王、《クイーン》の言葉に耳を傾けてしまった」

「陽菜乃……」


 そっと彼女の頬に手を当てると、目尻に浮かべた涙が一滴流れ落ちた。

 辛そうな陽菜乃を見るだけで、胸が軋むように痛む。


「……ダリアは百年も待ったのよ。先輩、どうしてジャックは再転生されなかったの? せっかく再転生ができても大切な人が一緒じゃなかったら、もっと辛くなるのに……」


 本来であれば勇者と魔王の対になった存在として再転生を行うはずだった。当初はその予定で進めていたが、そこで問題が発生した。


「再転生を望まない、あるいは魂そのものが負傷し傷を癒すため時間が必要なものが出てきた。特に勇魔代理戦争時代、戦いで勝ち残って真実を知った者、あるいは戦わずに逃亡した者の魂は再転生を拒む傾向が強かった。魔王と謁見した者の片割れは、優先して再転生を行うように努めていたが──《クイーン》に先手を打たれた」

「あ、だから……」

「それほどまでにジャックの魂はあまりにも弱々しく、再転生に魂が耐え切れない可能性があった。だから勇魔代理戦争時代の記憶を希釈し、元の記憶にフォーカスして魂の再転生を行う予定だったが、それに対して《クイーン》は再転生に足りない魂のカケラを数百の種で総量を補填し、内側から種が孵化するように馴染ませた。まさにジャックの器は《クイーン》によって用意された《トロイの木馬》となった」

「《クイーン》は一見、ダリアの願いを叶えているように見せて利用したのですね。ジャックが漆黒花の王として覚醒すれば世界は崩壊する……」

「ああ。その計画を寸前で気付いた魔王と、この星のシステムは再転生の器に《呪い》という名の安全装置を付与することで漆黒花の発芽にロックをかけた」

「でも、どうしてカボチャ頭の案山子に? それも《クイーン》の思惑だったのでしょうか」

「いいや。魔王の心象によって、あの形になったんだろう。昔、陽菜乃がハロウィンの頃に『ジャック・オー・ランタン』の逸話を聞かせてくれただろう」

「え、ええっと天国にも地獄にも行けない魂──あ。それって」

「そう。魔王はこの星の一部になりつつある。その結果元の世界の知識やイメージがレーヴ・ログそのものに影響を及ぼし、それはHPゲージやらゲーム要素のあるダンジョン──そして再転生のイメージにも反映される。正常な魂と旧世界の怨念、そのどちらでもない存在に分けられてしまったため、あの姿で再転生した。案山子なのはオズの魔法使いの『脳のない案山子イコール無知』を体現したのかもしれないな。何も知らない愚かな道化として」

「……」


 もっとも古事記において大国主命の国造りの最中、久延毘古という神は知恵者と出てくるが、この場合オズの魔法使いの意味合いを取ったのだろう。こういった知識が豊富なのは陽菜乃の話を毎回聞いていたからだ。

 そしてこのタイミングで俺が再転生したのは、動けない魔王に変わって漆黒花の女王クイーンと漆黒花の王にぶつけるためだったのだろう。


「(本当に魔王の俺は損得勘定で動く奴だ。まあいい。俺は俺のやり方で対処させて貰う)……陽菜乃、明日ダリアとジャックの結婚式に、《クイーン》が出現するのを見越して、上位ランク冒険者に極秘依頼が出ているのは知っているよな?」


 陽菜乃の表情が強張る。


「──はい」

「結婚式の前に俺はアルヒ村に戻って、ダリアとジャックの体内に埋め込まれた漆黒花の種を焼いてくる。あの二人には罪は償ってもらうが殺させはしない。だから、陽菜乃も手伝ってくれないか?」

「はい……、もちろんです。ダリアもジャックもやっと会えたんだもの。私も一緒に居させてあげたい。二人とも生きていてほしい」


 かつて勇者であり魔王だった者なら、同じことを思うだろう。

 陽菜乃は自分のことのようにダリアとジャックの幸福を望んでくれた。


「さっそくだが陽菜乃経由で鬼道丸と通話できるように場を整えて貰えるか? 魔王特権を使うと《クイーン》に勘づかれるかもしれないから《狩人》の特殊通信魔導具で頼む」

「もちろんです。私にお任せください」



 ***



 数分後、鬼道丸との通話による接触に成功する。陽菜乃と通信を変わり、単刀直入に《魔王の半身》と伝えたところ声の主の雰囲気が変わった。


『つかぬことを伺うが、貴公の本名を教えてもらってもよいだろうか』


 通話越しだが低音でダンディな声が耳に残る。


「夜崎煌月だ」

『ヤザキコウガ、ヤザキ。……………………そうか、では貴公が』


 それだけで納得したようだ。俺の苗字は水戸黄門のような効果はないはずだが。元の世界で会ったことがあるのだろうか。だが今はそんな話をしている場合ではない。要件を手短に伝えた。交渉材料は色々用意していたのだが、


『委細承知した。貴公のいいようにしてくれて構わん』

「え、ああ。そうか、それは助かる」


 まさかこうも簡単に承諾を貰えるとは思っていなかったので、いささか面食らってしまった。

 通信を切るとなぜか陽菜乃が「先輩の天然タラシ」と頬を膨らませていたので「俺は陽菜乃以外に『好き』や『愛している』なんて言ったことないぞ」と反論したら顔を真っ赤にして黙った。というか嫉妬するようなことは無かったはずだが。解せぬ。


(ギリギリだがこれで条件は揃った)


 ジャックとギルマスの未来を悲劇にしたくない。この考えそのものが偽善だと罵倒されようとも、何を今さらと思う。俺の言動は最初から偽善を前提にしているのだから。


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