あの日の衝動

神田(kanda)

あの日の衝動

あれは夏休みのことだった。

僕とあの子は幼馴染みみたいな関係で、

毎日のように一緒に遊んでいた。

多分、、お互い好きだったんだと思う。

今となってはもう分からないけど。

だけど、あの日、それは壊れたんだ。

いや、壊れたんじゃなくて、

存在がなくなったんだ。


あの日、あの美しい湖の側で、僕は、、、、、

彼女の首を絞めた。






「創太」


あの子に数年振りに名前を呼ばれた。

なぜだろうか。

ああ、そうだ、今日は卒業式なんだ。

高校の卒業式なのだ。

まるで運命の赤い糸のごとく、

高校でも一緒になってしまったのだ。

僕と彼女の赤い糸は、あの日、あの時、あの瞬間に、ちぎれてしまったというのに。


「楓」


僕は彼女の名前を呼ぶ。

彼女の姿を直視はしない。

目をそらして名前を呼ぶ。


「話すの、、久しぶりだね。」

「あ、、うん、そうだね。」

「中学の夏休み、以来だよね。」

「あ、うん、、そうだね。」


何のために話しかけに来たのだろうか。

僕はものすごく居心地が悪かった。

今すぐにでもこの場を離れたかった。

あの日まで、いや、違う、本当は今の今まで、心の底から愛している人と話している。

普通は嬉しいのだろう。

だけれど、僕にはそんな感情が出てこない。

僕が対応に困っていると、彼女は口を開けた。


「あのさ!、、大学、、その大学ってどこいくの?」


「ああ、えと、その近くの、隣町の大学。」


「えっ!そうなの!?」


「あ、、うん」


「その、、実は私も、同じところなんだよね。」


「え、、あ、そう、なんだ。」


僕は嬉しかった。

つい先程まで僕は、やっと離れられると言わんばかりの言いぐさでものを言っていたが、あれは嘘だ、だめだ、やっぱり僕は彼女のことが好きなんだ。だけど、だけど、僕は彼女に酷いことをした。殺しかけたんだ。


ああ、そうだ。僕は嬉しいんだ。

認めよう。そうだ、認めるんだ。

僕は彼女のことが好きだ。

だけど、僕は彼女に酷いことをした。

だから、恋人になんて素敵な関係にはなれない。

それでも、僕は彼女と何かの関係でありたい。


「楓」


僕は名前を呼んで、彼女に向き合う。

彼女は少しびくついてから


「う、うん」


と、上目遣いで言った。

ああ、いつの間にか、僕の方が身長が大きくなっていたんだな、と思った。実をいうと、高校での身体測定で彼女の身長は知っていた。我ながら、結構気持ち悪いことをしていたなと、反省する。


今は、そんなことはどうでもいい。

そして、僕は言った。


「あの時、首を絞めて、ごめんなさい。

何も言わずに、その場から逃げてしまって、

本当にごめんなさい。すいませんでした。」


頭を下げる。ここは校庭から少し離れた所だから誰もいない。だから、周りから変な目で見られることもない。どうしてそんなことを思っているのか。単純だ、僕は今、あり得ないぐらい泣いている。僕は学校ではいわゆるクールキャラだった。そんな僕が女子相手に大号泣しながら頭を下げている。それはいわゆる異常な様子なのだ。


「ごめん、、、ほんとに、、っごめん、、っぐ、、」


嗚咽のような何かが出ながら、ただひたすらに謝る。すると、


「創太」


名前を呼ばれ、ビクッとしながら、頭をあげる。

その時だった。彼女に両手を捕まれた。


「っっ!!」


声にならない声が出た。


「ねえ、創太、私ね、実は去年にね、告白されて付き合ってた人がいたの。」


「え、、、あ、、うん、、聞いたことがあった。」


グスッグスッとなりながら、何とか受け答えをする。


「あれ、、?そうだったの?知らないと思ってた。」


ああ、そうだ。普通の人間なら知らないだろう。だが、僕のようなストーカーすれすれ人間は違うのだ。何を得意気になっているのだろう。僕は本当に気持ち悪い。


「ま、いいや、それでね、その付き合ってた人がね。いわゆるクズ男だったの。」


「なん、、だって!?」


それは知らなかった。優等生キャラの男だったはずなのだが、、


「それでね、何が酷いって、キスも手も繋いでないのに、最初に首絞めさせて、って言われたの。」


「っ、、、、、そう、、だったんだ、、」


さっきまでの決意のようなものは消え失せ、今の僕には最初の気まずさが再び出てきた。それと同時に、一体何を聞かされてるのだろうという気持ちにもなった。彼女はうつ向きながら喋っているから、顔は見えないが、僕は彼女ら鋭い視線を送られているような気がした。


「それで、結局それが原因で別れちゃったんだけどね、その時のことを思い出すと、何だか切なくなるの。」


「う、、え、ああ、、そうなんだ、、」


「ねえ、創太、私ね、その元彼に対しては、怖いっていう気持ちしか残ってないの。話すのすら怖いんだよね。」


そう言って、彼女はずっと持っていた僕の手を、自身の首に添えた。


「でもね、、首、、絞められたくてしょうがないの。」


「は、、、?」


すっとんきょうな声が出た。何を言っているんだ?


「私ね、、創太に首絞めされたいの。本当はね、この気持ちはずっと心に秘めておくつもりだったの。きっと創太は私のことをもう嫌いになっちゃったと思ってたから。」


「そんなこと、、!」


思わず、口に出してしまった。僕は酷い人間だから、彼女と、恋人みたいな素敵な関係になるなんて、そんなこと、、、ああ、駄目だ、僕は勘がいい人間だ。だから、分かる。分かってしまう。ああ、言ってくれ。その言葉を紡いで欲しい。


彼女は顔を赤らめて言った。


「ふふっ、ねえ、創太、あなたのことが大好きです。だから、私と付き合ってください。それと、できれば今すぐ、この首に、あの日、綺麗な湖の横で、思いっきり遠慮なく絞めてくれた、あの感覚をもう一度、味あわせて欲しいなぁ、、」


ああ、もう、僕は駄目だ。これまで押さえてきた想いが溢れ出る。そうして、僕は遠慮なく彼女の首を絞める。彼女の可愛い顔がとろとろとした顔になってきて、彼女の唾液が僕の手につーっと流れ落ちる。綺麗だ。そうして、彼女の喉奥から、くちゅ、くちゅ、ガッ、という音が聞こえる。

忘れもしない、あの日聞いた音と同じだ。


そうして僕は手を離した。


「楓、ずっと好きだった。付き合いたい。」


「えへへ、嬉しいなぁ、、ありがとう、創太。」


そうして僕らは抱き合い、キスをした。




数年後、僕らは結婚した。

ハッピーエンドというやつだ。

毎日楽しく暮らしている。

ちなみにその後、、、、などという展開はない。

あれから、関係は順調である。

だって、彼女は、僕に首を絞められないと生きていけない体になって、僕は、彼女の首を絞めないた生きていけない体になってしまったからだ。

こんな形の愛もあるのだ。


ああ、今日も綺麗なうなじだなぁ。

と眺めていると、


「ねえねえ、創太、、その、、」


世界一可愛いであろう僕の嫁は、もじもじしながら、


「首、、、絞めて、、♡」


と、顔を真っ赤にして言うのであった。




END.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの日の衝動 神田(kanda) @kandb

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ