ヤンデレ吸血鬼の逃避行

ワシュウ

第1話 吸血鬼 ヴラド

そうだ、どうせすぐに見つかる、鞄一つでいい

最後に思い出が欲しかった




「行きますよ」


「ほぇ?」


「何ですかそのアホ面と声は…

ほら早く立って、荷物をまとめて下さい」


「え?ヴラド??」


窓辺に現れた昔と変わらない美しい吸血鬼の突然の訪問にマリーウェザーは驚いた


「チィッ!さっさと動く!もういいです私がします!適当に鞄に詰めますから」


「え?あの、いきなりどーしたの?」


「2人で逃げましょう」


「逃げるって、どこに?」


「どこだっていいじゃないですか

短い人生なんです、一度くらいオレに付き合ってくれたっていいですよね」


「ハッちょっと待った!」


「何ですか待ちませんよ!」


「そーじゃなくて、その赤いコートはもう入らないから!太ったの!痩せたら着るつもりで置いといたの!持ってくなら青いのな」


「太ったんですか?貴女って人はプクク」


昔と変わらぬやり取りが嬉しくてつい笑ってしまった

変わらない姿を見ることが出来て、胸が締め付けられ涙が出そうなほど嬉しかった


毛布でマリーウェザーを抱きしめるように包んだら、抱えてそのまま窓から羽ばたいた


「で、どこ行くの?」


「あなたの好きな海に行きましょう」


「は?めっちゃ遠いんだけど?海までこのまま抱えて飛ぶつもり?」


「そんな訳ないじゃないですか、向こうの川から船に乗りますよ。それとも海まで私に抱かれたくて言ってます?」


「わぁー、船楽しみぃ」


しばらく飛んだら大きな川に船が見えた

「あら珍しい、異国の船かな?こんな所に来るなんて聞いてないわ、お忍びにしても誰よまったく!」


「私が呼びました」


「えーっ?目立ってしまうよ??」


「ダミーです、コソコソしそうな若い夫婦を乗せておきました。間もなく出発するでしょう

私達が乗る船はさらに向こう側の商船です、貸し切りました」


「相変わらずヴラドが賢い」


「お褒めに預かり光栄ですお嬢様」


「もうお嬢様って歳じゃないんだけど」


急ぐつもりは無かったけど、急がずにはいられない

風の抵抗やむなくスピードが上がる


目的の船は予定通りすでに出発していた


船員「お帰りなさい若旦那様……そちらのご令嬢

あ、いえ、そちらのマダムは?」


「何があっても船を止めるな、海まで急いで出るんだ!それと何人たりとも部屋に入ることは許さない良いな?」


「ちょっと!?……ごきげんようホホホ」


マリーウェザーを船の部屋に入れる

金に物言わせて商船の船室とは思えない豪華な部屋を準備させた


「あの、そろそろ離してくれる?別に逃げたりしないし」


知らず知らず彼女の腕を掴んでいたようだ…跡になっていなければいいが、無意識に力んでいたかもしれない


「すみません……お茶を入れます」


お茶を入れる音が静かな部屋に響く、振り返って見ると彼女が窓の方を向いていた


ブゥー、ブゥー、ブゥー、ブゥー………

ビクゥ


「スマホですか?どこに隠し持っていたんですか」


「いや別に隠し持ってたんじゃなくて、ジャケットの内ポケットにって、ちょっと!」


マリーウェザーからスマホを取り上げて画面を見る

マリーウェザーの現在の夫である元クラスメイトの男の名が表示されていた


フン!とスマホを壊して窓から外に捨てた

ぽちゃんと音がしてスマホは川に沈んだだろう


「ちょーっと!怪力め!なんてことすんの!」


「無粋ですねぇ」


「ハァ~、もう何なんだよ!ってか馬鹿だな、電話に出て商談あるから夕飯いらないって言えば済む話なのに」


「……すみません」


「いいよバックアップ取ってあるし。で、何なん?この状況は」


「………」


「だんまりですかこの野郎!」


「………」


「はぁー、知ってると思うけど…、

私、結婚したのに初夜の翌日に男に逃げられたんだよ」


「………」


「しかも貧血が酷過ぎてしばらく入院してたしな」


「それは知りませんでした!大丈夫でしたか?!」


「馬鹿野郎!ちっとも大丈夫じゃねーよ!

半年ほどろくに動けんかったわ!死ぬところだったからな!赤ちゃんが!」


「………は?赤ちゃん??」


ドクンドクンドクンと心臓が痛い、まさか、そんな


「えぇ、どっかの無責任男が処女ぶち抜いただけでなく、しっかり中出しまでかましてくれたおかげで?出来てましたから、赤ちゃん!

血吸いすぎなんだよ!貧血で死にかけるし」


「っっそれはっ!……本当にすみませんでした」


知らなかった

あの日あの時のアレで出来てたなんて

手が震えて紅茶のカップを落としそうになった


驚いたけど、嬉しかった。オレに子供がいたなんて……

ハッ!

「じゃあ先日見たあの黒髪の青年は、まさか??」


「そうだね、私の周りに黒髪の男は息子かマリアンヌか斬鉄くらいだよ。

デュランはすっかりグレーになっちゃったしね」


「てっきり先輩の子かと…」(※マリアンヌのこと)


「ハァー、マリアンヌは私の兄になりたいって言ってたじゃん、忘れたの?」



覚えている

自分を貴族として確立するために根回しを2人でたくさんしたことも

マリーウェザーの両親に「君なら任せられる」と送り出して貰えたことも

先輩は兄のようにマリーウェザーを見守っていたいと言っていたことも

そう言う割に殺しそうな目つきで見てくる事もすべて覚えている

楽く愛おしかったあの頃、とても幸せだった


15歳を過ぎたあたりからマリーウェザーは冒険ダンジョンに行くのをやめて"もう女にならないといけないんだな"と呟いていた


執事として、冒険の仲間として、秘密の恋人としてずっと寄り添っていた、美しく成長する姿を見てきた、時には助けて時には喧嘩し、憎んだ事もあったけど愛ゆえだった


根回しを終えてマリーウェザーが17歳を迎えた頃

月の奇麗な夜にプロポーズしたら受け入れて貰えた

そのことも忘れず覚えている

あの時のマリーウェザーの笑顔は本当に美しかった

一生離さない大事にする死んでも側にいると確かに誓った

神でも仏でもなく、他でもないマリーウェザー本人に


王室に睨まれるのが嫌で隣国に逃げて、商会を経営しながら小さな結婚式をあげた

眷属達がからかって、後悔しないように自分がもらってやると口々に言っていたことも

あの時までは本当に幸せだった…

自分に向けられる視線にこもる熱は確かなもので

まさか叶うとは思っていなかった…


「ヴラドが取られちゃうと嫌だから、私が幸せにしてあげるよ。さぁ泣かないでヴラド愛してるわ」


「月が綺麗ですね」


「ふふふっ貴方のためなら死んでもいいわ

噛んでくれたら永遠に一緒にいれるね、永遠とわに愛してあげる」




でも逃げた




「今更出てきて父親ですって言っても無理だから。息子はマリアンヌの事を実父と勘違いしてるし。違うって言ったんだけど、気を使って話を聞こうとしないんだよね。本当に誰に似たんだか

仮に名乗り出ても殺されるんじゃね?四面楚歌だよ」


「フッ…今更、名乗り出たりしませんよ」


「あっそう」


マリーウェザーは心なしか寂しそうな顔をする

何か傷付けてしまったのだろうか


ズキリと胸が痛んだ

図々しくも自分が傷付いた事がわかった

何もかも捨てて逃げたのに、傷付く権利も理由もないのに…

静かに紅茶を飲むマリーウェザーを見る

視線が合えば、あの頃と変わらずニコニコ笑っていた

愛しい、好きだ、今も変わらず愛してる


連れて来てしまった

独占したくて、やってしまった……わかってる、この先に待つのは決してハッピーエンドではない



「昔から何がしたいのか全然解らなかったけど

今も解んないわ

言ってくれなきゃ私にはわかりません

こんな仕打ちを受けるほど嫌われるような事しちゃった……んだよね?ごめんなさい」


謝らないでくれ


「若気の至りです…勢いだけで結婚してしまった

ゴメンネ?」


謝らないで、後悔しないで


「時間はもう戻せないけど……」


「オレとの時間を無かったことにしないで!それ以上後悔しないで」


「ぐぇぇ、苦しッス…手加減しろこの怪力め!」


勢いで強く抱きしめてしまった

以前と変わらないと思っていたけど

17歳の最初で最後に抱いた夜より肉付きよくなっていた

緩めた腕をどかそうともがくマリーウェザーが可愛くて愛しかった


「ゴホッ、やっぱりお前は、私を殺す気で来たの!?このっ離れろ!

もうお前の為に死んでやる事なんてできねーっ」


ピクッと体が反応してしまった

ショックだった、オレのために死ねないって言われた事がショックだった。

わかってたのにショックだった……だってマリーウェザーは変わらずオレをずっと愛してると思ってたから


もうお前なんか好きじゃないと言われた気がして寂しくて悲しくて憎くて愛しくて……静かに痛む胸が辛くて心臓が壊れるかと思った


「すみません愛してます…あっ」声に出てしまった


「はぁ?何言ってんだ」


「愛してる…愛してるって言うつもりは無かったけど口から出てしまいました

ずっと変わらず愛してました…嫌いにならないでください心臓が壊れて死にそうです」


「何で?」


「え、あ、すみません言うつもりは…」


「違うよ、何で今更そんな事言うんだよ!もう遅すぎない?なんで今更現れたの?

私の事嫌ってないなら、どうしていなくなったの?」


「………」


「お前が知ってるかは知らんけど、私は結婚し直したんだよ。

失恋の痛手から立ち直るのはそこそこ早かったけどさ、完璧に根回ししすぎてもう故郷に帰れなくなったから……

お父様が死んだって聞いた時は帰らなかったけど

お母様が危篤だって知らせは無視できなくて

孫を一目見たいって手紙を読んだから十数年ぶりに実家に帰ったの。

そしたらヴラドも知ってるあの人がまだ独身だった…

嘘でもさ、私の事待ってたから結婚しなかった、なんてみんなの前で言われちゃって…。

新婚早々にヴラドに逃げられたなんて、病気のお母様に口が裂けても言えなくて、お前は死んだって事にしといたんだよ!悪く思うなよ?

そしたら、まぁ、周りがくっつけようと画策しててさ。スコットお兄ちゃんが幸せにしてやれって言うんだよ?私に幸せになれじゃなくて、幸せにしてやれって……うんって言っちゃったよ」


スコットらしい言い方だと思った

マリーウェザーはきっとオレなんかいなくても、早々に幸せになっていたんだろう眷属に囲まれて慰められて

多少苦労したかもしれないけど


だからあえてスコットは幸せになれじゃなくて

幸せにしてやれと言ったのだろう

面倒見が良くて友達思いの優しいマリーウェザーは受け入れたに違いない


「それでホイホイ結婚したんですか、この浮気女!」


「えぇ、しましたよ!

愛がなくともまぐわえる人間ですから、私は。

学生の頃から好きだったって幼女趣味ロリコンじゃん!けど、まぁ別に嫌いじゃないしさ。

それなりにお世話になったから恩返しのつもりだったけどね。

でも結婚して良かったよ?初夜に逃げ出すどっかの馬鹿と違って!

朝まで抱きしめてもらいましたから!」


「お熱いのがお好きですか」


「冷めた紅茶の苦い事。

二人目の息子は私によく似てて可愛いんだよ

小さい頃のマリーウェザーのようだねってみんな言うし!私って超絶可愛かったんだね」


「えぇ、それはもう貴女は可愛くて仕方なかったです。今でも貴女は可愛いですよ」


「ふふふっもう今となってはどうでもいいよ。

だって今めちゃくちゃ幸せにしてもらってるから

一緒にいるとそれなりに愛着わくしね?

毎日体を重ねてたら好きになっちゃうよ、私は単純だから。

私に似た息子の方は、蝶よ花よと皆から可愛がられてるし!

長男は守ってあげたいってずーっと言ってるから

心配なんて何もないもん」


「そうですか……あの時は、って何してるんです?」


「お前の話は聞きたくない!もういいし!至らないところばっかりだったよ、ごめんなさい!」


マリーウェザーは耳を抑えていた

すっかりトラウマにしてしまったらしい

それもそうだ、初夜を迎えた夜中、オレは何も言わずにいなくなってしまったから

ずっとオレのために泣いていたんだろう

何が悪かったのかと自分を責めていたに違いない


その事がたまらなく嬉しかった


マリーウェザーの胸の片隅に、今もオレが残した傷跡が見えて、たまらなく嬉しかった

忘れないでいてくれた

どんな事でもかまわない、マリーウェザーの胸にはオレがいたんだ今もずっと


吸血鬼のオレの元契約者のマリーウェザーから流れてくる魔力のパスが切れた時

本当に忘れられたと苦しかったけど、そうか出産の為に切れたのか


マリーウェザーが窓の外を眺める

外はいつの間にか曇っていた、雨がふるような天気だ




あの日の夜

初夜を迎えて幸せだった

吸血鬼の自分がこんな幸せを許されるのかと思うほど、幸せ過ぎたんだ


体を重ね、唇を重ね、吐息が漏れる

紡がれる言葉に愛を乞えば、愛してると返ってくる

見つめ合った2人は幸せだった

朝まで抱いていても良かったが、合間にふと月明かりが見えた


「今宵の月はあの日の夜のようですね、マリーウェザー愛してます誰よりも」


髪をひとすくいして口付けをする


「月に照らされたあなたの赤い瞳も美しいわ

フフ、貴方のためなら死んでもいいわ」


マリーウェザーは髪を横に流しただけだ

行為の後に汗をかいて、髪をただ横に流しただけ


月に照らされ、あらわになる白い肩が見え、艶めくうなじが見えた

吸血鬼の本能とでも呼べば良いのだろうか

プロポーズした夜の記憶がほんの一瞬だけ頭をよぎった

致したばかりだと言うのに、裸で座っている彼女の後ろ姿に欲情し、抑えきれなかった


気がつくと、動かないマリーウェザーを抱えて涙を流していた

否、流れてるのは彼女の血だった

白い肌はより白く、力の抜けたマリーウェザーの体を抱きしめていた


震える手で自分の影収納からポーションとエリクサーを出した

初夜を覗く無粋な眷属達はみんなとこかに置いてきて誰もいなかった


彼女の肩にエリクサーとポーションをかけて傷を消す

ぐったり動かないマリーウェザーに口移してポーションを飲ませた

相変わらず白い肌だけど、ポーションを飲ませるとゴホッと息を吹き返した


ヒューヒューと苦しそうなか細い息をする

どうしたらいいか解らなくなった…

焦って再びマリーウェザーを見ると

殺したいくらい愛してる事に気がついた


そんなまさか、マリーウェザーに死んで欲しいとさえ思っている

このまま吸血死させてオレの血を1滴唇に垂らせば彼女は吸血鬼になる…オレの眷属に!


誰にも邪魔されずに眷属にして影に閉じ込めてやりたい!

愛してる、愛してるのに幸せにするって約束したのに!

吸血鬼は人のように愛せないのか?

嫌だ死なせたくないのに殺したいほど愛してる


力の限り自分の顔を引っ掻いてからオレは逃げ出した

幸せからも愛からもマリーウェザーからも逃げ出した

追いかけて来てくれると信じてたから全力で逃げた


けど貴女は追いかけて来なかった、

だから怒って憎まれてると思っていた

貧血で半年も入院して出産してたなんて、知らなかった

逃げ出したのはオレなのに

追いかけて来なかった貴女を憎んだ



「貴女は愛してるって言ったのに」


「…ずっと愛してたよ」


「他の男と結婚した」


「皆が心配するから」


「他の男と体を重ねた」


「結婚しといて、断れないでしょ」


「他の男の子どもまで産んどいてよく言いますね」


「私を捨てたのはヴラドじゃね?」


「捨ててなんかいません」


「…あっそ!」


「怒ってますか?」


「そりゃな」


「憎んでますか?」


「…不思議と憎くなかったよ

嫌われてると思ってめっちゃ悲しかった」


「………オレの事忘れないで下さい」


「死ぬときまで覚えてるよ…まぁボケてたら解んないけど」


「………オレの事愛して下さい」


「愛してるよ」


「嘘つき」


「ヴラドって卑屈すぎない?正直言うと今も変わらず愛してるよ」


「嘘つき」


「信じてないな?私のこと…うわぁ泣くなよ」


「泣いてないです…貴女との繋がりが切れた時に

アンデットに戻りました

涙なんてもう出ません…泣きたくてもなけません

あれ?涙なんて出ないはずなのに…私に何をしたんですか?!」


「知らないよ、何もしてないし!

だいたい、私を置いて出ていったのはヴラドじゃん!

まぁもういいよ昔の事だし」


「貴女は嘘つきです。

嫌って下さい憎んで下さい一生許さなくていいです!一生許さなくて…オレの事忘れないで、後悔しないで!

オレが生きてた事を、オレと過ごした事を無かったことにしないでマリーウェザー」


「アホだなー、無かったことにできる訳ないじゃん馬鹿じゃね?

お前そっくりな長男見るたびに愛おしくなるよ

私は長男を世界一愛してるよ?

腹立つ事に本当にお前そっくりだしな?

素直で可愛くて仕方ないよ

何で捻くれた卑屈なお前からあんな天使が生まれたのか解らんわ!」


「アハハッ変わらないのはオレだけですか。

オレは今もなおあの夜のままです、振り向けば貴女が追いかけて来ると信じて飛び続けたまま」


振り向けばいつでも貴女がいると思っていた

引き返せばいつでも元通りになれると、そんな訳ないのに


「引っ張ってあげようか?そこから抜け出したいの?」


「お人好し過ぎませんか?昔のままじゃないですか」


「私はもう、すっかりマダムですから」


「熟女も好きですよ」


「うわぁ、お前、女の趣味幅広いね?」


「貴女の夫はもう抱いてくれないのですか?」


「ムッ!毎日断るのに苦労してますからラブラブです」


「羨ましいです」


目を閉じると瞼の裏には、あの頃の美しい少女の姿が蘇る

すっかりマダムになってしまった今でもモテるだろう

美しい白銀の髪に優しい眼差しと可愛い笑顔は

この年でも男を魅了してやまないだろう

見た目は変わっても、オレを見る眼差しは変わらない


マリーウェザーは愛してるんだ今もオレを


初恋でも無いのに体に電撃が走ったような感覚があった、死んだように生きてきたのに

バチバチとしびれる心地よさは彼女以外では味わえない



ふと静かになった彼女の横顔をみる

窓の外は雨だった


コンコンとノックの音がした

何があっても開けるなと言っていたのにと思ったら

ドアがバキンと開いた

久しぶりに見る元同僚のデュランは、グレーの髪に変わりヒゲを生やしていた。すっかり老けたな


「奥さまお迎えに上がりました」


「早かったわねデュラン」


デュランは怒りの表情からすぐに憐れみの顔に変えた


「奥さま、雨で冷えます。こちらをどうぞ」


「だから赤のコートはキツいんだって……ハァ、いつまでも持ってても仕方ないね、もう捨てるわ。

デュランも斬鉄も雨の中を走ってきたの?心配かけたわね、ごめんなさい」


「いえ、雨を避けて来ましたから……さぁ行きましょう」


先輩が外にいるのか…見つかるのが早かった

せめて海まで出れると思ったのに

デュランに肩を支えられてマリーウェザーは出ていく

出ていく時、マリーウェザーはチラリと振り返ってヴラドを見る


視線が合った


その瞬間マリアンヌが出て来た

マリアンヌの体に隠れて、マリーウェザーの最後の表情を見逃してしまった


本当にどこまでも邪魔してくれる!


『お前馬鹿だよな、世界一馬鹿だよ、今更出てくるなよ目障りだ』


マリアンヌの魔力が膨れ上がる

警戒する間もなく後ろからズドンと体に穴があき、ヴラドの胸から生えた腕は心臓を掴んでいた


「ゴボッガボッ」

胸を貫かれヴラドは口から血を吐きちらす


やはり最後はこうなったか


『お前、何で逃げたんだよ馬鹿だよな本当に

あいつがお前と一緒になりたいって泣いてたから譲ってやったのに…

譲るんじゃなかったよ本当に!アホじゃね』


「ゴボッ…先輩って目障りでふね…ウッ」

吸血鬼のオレの殺し方をちゃんと知ってやがる


『お前ほど目障りなやつもいないよな!

兄としてもマリーウェザーの最後の頼みはきけないなぁ?お前に何もするなって言われたけど、どの面下げて出てきたんだ!

戻って来るのが遅すぎたんだ、すべてが終わってるのに、まだ引き摺ってたのか』


「ゴボッ…だって…忘れられない…です。

もう彼女は…長くないじゃないですか」


『だからって今更清算しに来られてもな?本当に馬鹿だなお前。

まぁお前が心配するほどあいつ泣いてなかったから。とっくの昔の嫌な思い出としてずっと蓋してたんだ、今更こじ開けて出てくるなよ』


最後の、最期に一目会いたかった

会いに来れば殺されると解ってた


「マ"リーウェザー…貴女の…為なら……死んでもいい…。

月が…綺麗ですね」


『はぁ?雨降って空見えないだろ

もう2度と這い上がってこないようにしっかりあのダンジョンに捨ててやるよ!未来永劫ダンジョンで彷徨っとけ!』


マリアンヌはヴラドの心臓を握りつぶして

ヴラドごとダンジョンに捨てた


『情けないお前の顔も見飽きた死ねよクズ』


何とも先輩らしい

デュランなら二度と来るなと言ってヴラドを逃がしていただろう主に似て甘いところがある元同僚。


「マリーウェザー…ゴボッゴボッ」


あの時逃げなければ

今も愛し愛されていたのはオレだったのに


「マリーウェザー…」


どうか幸せに

オレのことを覚えていてくれてありがとう

マリーウェザーが死ぬ間際、オレに似た息子は側にいてくれるだろうか

最後に俺のこと思い出してくれるだろうか

愛してる誰よりも、オレを見て愛しそうに笑う貴女が好きだった…愛してる…


オレだけのマリーウェザー


消えゆく思考

暗くなる眼の前に

一人淋しくダンジョンの奥で消える

罪深いオレには相応しい最後だ






「ヴラドも寝落ちするんだな、働きすぎじゃね?」


暖かくて柔らかい小さな手がオレの頭を撫でた

この感触は5歳のマリーウェザーの手だ

パスが繋がっていてマリーウェザーから絶え間なく流れてくる魔力が流れてくる

バーベキューで出た酒が強くて飲みすぎたようだ

執事らしくなく寝ていたらしい


「飲みすぎました…うっ酒臭っ!」


「お前らが酒臭いんだからな?吐くなら外行けよ!デュランが調子乗ってたし!早く酒飲みてーし!」


「マリーウェザー様は…」


「うん?」


オレの事愛してますかって

今聞いてどうする!過ぎた夢を見すぎた…幸せな夢だった

ハッピーエンドじゃなくても

貴女を愛し、貴女に愛される幸せな夢


待ってても貴女は落ちてこない、この現実世界で

隙あらば先輩から奪ってやる!

それまで誠心誠意お仕えします



「マリーウェザー様は間違ってお酒飲んでませんか?」


「飲まねーし!まだ5歳児だからね!酒が苦くて飲めないから!早く大人になりたいよ」


「ゆっくり大人になって下さいよ」


マリーウェザーがオレに手を伸ばす

いつもする抱っこのポーズだ

抱きしめるように抱き上げる

いつまでも続かないこの世界でいつまでも愛してます

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ヤンデレ吸血鬼の逃避行 ワシュウ @kazokuno-uta

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