第17話 頭を悩ます物

「魁兄…これが校長からもらったものなんだけどさ、どうすればいいと思う?」



俺は魁兄に、校長からもらった封筒ごと渡した。魁兄は俺から受け取った封筒を開けると、険しい表情を浮かべた後、俺に向けてこの内容は本物なの?というような疑問の表情をしていた。



「これってどうすれば良いのかな?俺もうわかんないよ…」



「安心して。俺がしっかりと対処するから。取り敢えず1つ質問なんだけど、この封筒の中身は確認したかい?」



「うん。退学届が入っていたのを見たよ。」



「…ちょっとそこで待っててね。これをコピーしてきたら、すぐに渡しておくから。それと何も書かないでおいてね?まだなんとかなる可能性はあるから。それにこれを渡してくるのは問題ないけど、強制するような言動は確実にアウトだ。しっかりと対処をするから待っててくれ。」



魁兄はそう言っていたものの、俺は自分の意志に基づいてしっかりと主張をすることにした。



「魁兄。俺はあの学校にはもう通いたくない。」



「えっ!?本当に言っているのかい?」



「うん。」



「…理由を聞かせてもらえないかな?」



「今まで校長先生や教頭先生は、俺や他の生徒に優しかったし他の先生にも優しくしてくれてたんだ。でもね、校長先生や教頭先生には裏の顔があったんだ。」



「どういう事だ?」



「校長先生も教頭先生も、全員俺の事を信じてはくれなかったんだよ…慰めてくれることも、応援してくれたりすることもなくただただ俺の事を見放すだけだったんだよ。」



「そうか…辛かったんだな。」



「うん。うっ…」



突然頭にものすごい痛みが走った。思わずその場に座り込んでしまうほど、猛烈な痛みだ。



「翔太‼」



魁兄が近寄ってきてくれて、俺の事を介抱してくれた。でもその事に感謝をする前に、頭の中に声が聞こえてきた。



【目の前の人間は信用するな。】



この声が誰の声なのかは分からない。でもあの時の声ではない気がする。だったらこの声は一体…



「翔太大丈夫か?」



「うん…なんとかね。」



頭の中に聞こえてきた声の事は言わないことにした。魁兄は俺の事を助けてくれたんだよ?そんな人を信用するなって…ふざけないでくれ。



「良かった…翔太に何かあったら怖かったからな。それにしても頭痛は良くならないのか?」



「そうなんだよね。全く持って良くならないから、どうすれば良いのかわかんなくなってきちゃったよ…」



俺は魁兄にそういった後、ソファーに横になった。横になりしばらくすると、再びあの声が聞こえてきた。



【信じられるのは自分だけだ。お前自身がそう言ってたじゃないか。】



その言葉を聞いて俺は1つ思い出した。それは今から何年も前の話だ。でも強烈な出来事だったのに、何故俺はこの事を忘れていたのだろうか?



その日は、父と母二人共機嫌が悪かったようで家の中で愚痴を吐いていた気がする。当時の俺は何故父と母の機嫌が悪かったのか分からず、ひたすら付き纏っていた気がする。それが多分父と母に取って嫌な内容に触れたのだろう。



一度は優しく俺に「何でも無いよ。」と言っていたが、その後も空気を読めなかった俺がひたすら話を聞こうとしたからか、父は急に俺の事を怒鳴った。



その声に驚いた俺が泣いてしまい、すぐに父も正気に戻ったのか謝っていた。これが声の言う言葉に当たる気がする。



【思い出せたか?何故今まで思い出せなかったのか…それは当時のお前にとって強烈な経験だったからだ。強烈な経験というのは、危険だ。その人のその後の人生を変えてしまうほどにな。だからお前は無意識にその記憶を心の何処かにしまっていたんだろうさ。】



急に長い言葉を喋られてびっくりした。だが、言われてみれば確かに強烈な経験だ。



その後も父親と母親が、父が俺に怒鳴ったことについて追求され、一度は離婚しかけるほどにまでなってしまったが父にも父の事情があったこと、でもそれを踏まえて猛省していることを母に話し、なんとか離婚にはならなかったそうだ。



でもあの件以降、父は俺にどう接すれば良いのか分からなくなったのかあまり話をしなくなった。



小学生の高学年にもなれば、成績についてくらいしか聞かれなくなった。中学生になればほとんどの家庭が経験するであろう受験に向けて、その成績が更に重要になっていった。



中学に上がりたての頃は、普通の成績だったのも覚えている。だが、普段は何も言ってこない父が中学最初のテストを見てから、俺に向かって一言こういったのだ。



『次からはトップ10以内に入れ。出来ないのであれば、俺はもう期待しない。』



俺はこの言葉がなんだか気に入らなかったので、必死に勉強をして認めてもらおうと思った。次のテストでは見事トップ10以内に入ったのだが、それでも父親の俺に接する態度はどんどん悪くなっていった。



思えば、この時点で俺はこの家族から離れたほうが良かったのかもしれない。父親は俺にあまり無関心だし、母親も妹の方ばかり気にかける。



漫画や小説で見るような、俺の事を蔑ろにするようなことはしてこないけど数回だけ、俺の見えない場所で妹と俺の事を比較していたのを聞いてしまった。



それ以来、俺は母親のことも正直信頼することが出来ずに居た。



【家族は誰も信じれない。そうだろ?】



その言葉を否定することは俺には出来ない。



【眼の前の男だって、上辺だけは取り繕っているしお前のことを助けようとしている。でもな、人間というのは自分の事が最優先なんだよ。それくらいお前も分かってるだろ?】



例えば、魁兄に『痴漢をしたやつの弁護をするなんて…』のような批判が集まりだしたら魁兄はどう思うだろうか?今は俺の事を信じてくれているし助けてくれているけど、自分生活を送ることが出来ないほどに追い込まれたらどうだろうか?



【そうだ。結局は自分でなんとかするしか無いんだ。お前は誰の言葉も聞かずに自分が正しいと思うことだけをすれば良いんだ。】



俺は結局、この声の言葉を否定することが出来ないまま疑問を抱え、頭を悩ませることになってしまった。

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