第7話 前線へ







 外出許可が出るこの日には、特別賞与として一人当たり銀貨十枚が支給される。

 それは「その金で世間との別れをして来い」ということだ。


 彼女らには言ってないが、戦場での死傷率は思った以上に高い。

 最前線の兵卒だと、3年も生きていられたら奇跡だ。

 下士官になってもそれはあまり変わらない。


 ヒールポーションもあるのだが、数が少なくたかが一兵卒ごときにいきわたる程数が無い。

 軍からの支給は部隊で幾つというレベルで制限される。

 それも効果の低い低レベルポーション。

 重度の負傷だと、そのレベルのポーションでは役立たない。


 だからといって平民が幾つも買えるほど安くはない。

 色々な種類を数多く持てるのは、豪商の子供や士官以上の貴族くらいだ。


 それ故、兵卒である平民の死傷率は高い。


 そういった事情から、その銀貨十枚には深い意味があった。

 ただ、俺の口からはそれを言えない。

 ま、俺みたいに生き残れば良いだけなんだが。


 でも、彼女らは街へ出てもあまり金を使わないようだ。

 なんせ食事は俺が「パイ」をおごるし、彼女らは酒も飲まなければ娼館も行かない。

 となると何に使うんだか少し気になるが、俺には関係ない事だと意識を払拭する。


 さあて、20人におごるとなると、かなりの覚悟がいる。

 ミートパイが銅貨5枚、それが20人分だと……銅貨100枚だから銀貨にして10枚だ。

 おお、思ったほど高くないな。

 これならいけそうだ。


「全員いるか、街へ行くぞ」


 俺の声に少女達が「いやっほーい!」と拳を振り上げた。

 

 何故か店まで20人で隊列を組んで行進する。

 たかが3か月の新兵訓練で、こいつらもすっかり軍隊に染まってしまったな。

 

 パイの店に到着すると一気に満席になる。

 元いた客は俺達を見てササっといなくなった。

 完全に貸し切りだな。


 店主の爺さんの口元が引きつっていたのが印象的だ。


 そして2時間ほどが過ぎ、さて会計するかと店員に金額を聞いて驚いた。


「はあ? 何かの間違いじゃねえのか」


 すると店員。


「いいえ、何度も確かめましたので間違いございませんよ。まさか払えないとか……」


「ば、ばか言ってんじゃねえよ。こ、これくらい払えるに決まってんだろ。今払うから待ってろ」


 俺は総額で銀貨40枚近くを払わされることになった。


 一人一個じゃねえのかよ。

 幾つ喰ってんだよ。


 支払いの最中、ふと後ろを見れば「店員さーんにゃあ、追加でアップルパイもう一個にゃ」とか言ってるバカが見えた。

 そうか、原因はあいつか……


 俺は履いていた靴をそいつの顔面に投げつけたのだった。

 



   *    *    *




 帰る前に生活用品を買っていく少女もいたが、夕暮れ前には全員が訓練所に戻った。


 他の隊では何人かが、決められた時間までに戻らないといった事があったが、俺の隊は全員で行動したし、酒を飲む事もなかったからなそんな事はない。

 少女達は酒をほとんど飲まないからその辺が楽なのかもしれないな。


 その日は早い時間からぐっすりと眠った。


 そして卒業の日だ。


 朝の点呼では少女達は皆眠そうにしている。

 なんせ訓練所最後の夜だ。夜遅くまで積もる話でもしていたんだろう。

 

 普通なら配属先が決まれば新兵達は各配属先へと散って行くことになるのだが、彼女らは皆一緒の隊に配属になる。


 しかし、それは彼女らには言ってない。

 それは今回は軍の特例扱いだから言うなと言われている。

 つまり彼女らは各々の配属先へと、バラバラに散って行くと思っている。

 

 そして簡単な卒業式が終わり、教官の一人が新兵の配属先を読み上げていく。

 その発表に皆が一喜一憂している。


 そして彼女らの配属先はひとまとめに告げられた。


「――え~、女クロスボウ隊の新兵全員はウーゴ・オロスコ男爵の連隊である、クロスボウ小隊への配属となる。ボルフ軍曹の指揮の元、現場へ向かえ。それとラムラとミイニャの両名は本日をもって兵長とする。以上だ」


 少女達は皆「え?」という表情だ。

 特にラムラとミイニャ。

 兵長ということは副分隊長でもある。


 そこで俺は声を掛ける。


「何してる、クロスボウ隊は荷物をまとめて集合だ。ラムラ兵長、ミイニャ兵長、皆をまとめろ」


 そこでやっと彼女らは動く。


「やった、一緒だよ、ラムラ兵長殿」

「また一緒だね」

「あれ、もしかして軍曹もかな?」

「にゃ、にゃ、兵長になったら食事は大盛りになるのかにゃ」


 一様に喜びながら宿舎に荷物を取りに行く。

 俺も一緒なんだが、厳密に言うとちょっと違う。


 一個分隊は8人の兵卒と分隊長と副分隊長の二人の合計10人で構成されるのは普通である。

 だが、少女分隊は11名構成となる。

 上層部も女だけは不安なようで、最初は11名にして慣れたところで俺を引き抜く考えらしい。


 だから20名いる彼女らは二つに分かれることになる。

 といっても同じオロスコ連隊で同じ小隊に所属する。

 でも一つの分隊は俺が受け持つが、もう一つの分隊は別の下士官が受け持つ。

 どんな人物なのかは俺も知らないけどな。


 一応俺は一個分隊を受け持つ形だが、もう一個の少女分隊もしばらくは面倒を見てくれと言われている。

 つまり二個分隊ともしばらくよろしくなってことだ。

 

 俺も荷物をまとめ、訓練所隊長に挨拶を交わす。


 彼女らが荷物を持って集合したところで、すでに到着している馬車へと乗り込んだ。


 馬二頭だての馬車が2両用意されているのだが、荷物用の吹きさらしのワゴン車で、そこへ10名ずつでかなりギュウギュウに詰め込まれている。

 少女だから乗れたともいえる。

 男じゃ無理だろう。


 御者台ぎょしゃだいには、かなりくたびれた感のある爺さんと婆さんがそれぞれ乗っており、馬もすべて老いた老馬2頭だ。

 これは軍用ではない、街で借り上げた馬車だ。


 もちろん乗り心地は最悪。

 

 一時間もしないうちに気分が悪くなる少女が続出した。


 それでも馬車は止まらない。

 

 3時間ほど走ってやっと少し休憩。

 その繰り返しだった。


 野営しながら3日ほどでやっと目的地に到着した。


「全員下車して整列!」


 俺が声を張り上げるも、少女達の足取りはフラフラだ。

 ったく、だらしない。

 だがしょうがないか。


 取りあえず彼女らの野営地へと向かう。


 戦場は久しぶりだ。

 訓練所で教官をやっていたからな、何年ぶりだろう。


 この戦場独特の鼻を突く匂いも久しぶりだと懐かしくさえ思う。

 それに自然と胸の内が高揚する。


 まずは彼女らはここで待機させ、近くの兵にクロスボウ部隊の小隊本部を聞いて、そこへと向かう。


 小隊本部のテントへと行くと、中には小隊長らしき記章の士官がいた。

 それと副官数人とその前に立つ女性下士官?


 俺はテントに入って敬礼し、新しく配属されたクロスボウ隊の到着の報告と、簡単な自己紹介をした。


 すると小隊長は笑顔で立ち上がり、俺に握手をしながら言った。


「おお、君があの“魔狩りのウルフ”か。いやあ、我が小隊は君を歓迎するよ。僕はこのクロスボウ小隊の隊長のルッツ・ペルルだ。よろしく頼むよ」


「あの、ボルフです……」


 戦場にいたころに呼ばれていた俺のあだ名は“魔を狩る者”だ。

 知らない間にあだ名が変わってるんだが。

 まあ、どうでも良い。

 どうやらこの少尉、戦場に来てまだ日が浅いと見た。


「そうだ、ボルフ軍曹。丁度良い。彼女は君が連れて来た分隊に配属の“マクロン伍長”だよ」


 伍長という事は分隊長という事か。

 しかし女とはな。

 年齢は10代後半くらいか。 

 ブラウンの髪の毛をポニーテールにしている、ちょっとか弱そうな女の子って感じだ。

 軍歴は補給部隊で3~4年ってところだろうな。


 マクロンは俺の方を向くと、強張こわばった表情でしゃべりかけてきた。

 

「ぼ、ボルフ軍曹、初めまして。お噂は聞いております。この度女性下士官として初めて分隊を率いて戦場へ出ることになりました。ノエミ・マクロンです。ど、どうぞよろしくお願いしまひゅ…あ、します、です……」


 服装は平民が良く着るチェニックだが、ちょっと良い生地を使っている。

 それに軽装の革鎧を身に着けている。

 良いとこの商人の娘ってところか。

 しかしそんな裕福な家の子が前線に出て来るとはねえ。

 志願でもしたんだろうか。


「ボルフと言う。姓は無い。一緒の小隊だな、こちらこそよろしく頼む。マクロン伍長」


 自己紹介が終わり、ペルル少尉の副官の伍長から説明を聞き、やっとテントから解放される。


 俺はマクロン伍長を連れて、待たせてある少女達の元へと向かった。


 そこにはお決まりのような展開が待っていた。


 チンピラのような男兵士が6人ほど、彼女ら20人に絡んでいるのが見える。

 しかもそれを囲むように兵士達が野次馬のように集まっていた。


 彼女らはチンピラ風の兵士6人に絡まれてはいるが、少女部隊は総勢20人いる。

 数では圧倒的に少女らが勝っている。

 それにラムラとミイニャがいればそう簡単にやられはしないはず。


 だがそれを知らないマクロン伍長が狼狽うろたえながら俺に言う。


「あの達がうちの分隊ですよね。ボルフ軍曹、どうしたら良いんでしょう~」


 新任配属の初日からこれでは、そりゃあ不安だろうな。


「なあに、危なくなったら俺が出て行くよ。面白そうだから少し見学しようか」


「ええええっ!?」


 驚くマクロン伍長を無視して俺は近くの木に登って見物を始めた。

 一人じゃ何もできないと悟ったのか、マクロン伍長も木陰で彼女らを見守るようだ。


 チンピラ男の一人がしきりに声を掛けている。


「おいおい、良いじゃねえか。ちょっと付き合うだけだろ。こんなにたくさんいるんだからよ」


 ラムラが返す。


「ゲス野郎が。目障りだからあっちへ行ってな」


「わかったよ、金か? これでどうだ」


 男がポケットから銀貨を数枚出した。


 サリサがすかさず地面を「ダンッ」と力強く踏み鳴らす。


「おうおう、なんだ。生意気な奴らだな。やろうってのか」


 ラムラが他の少女達を見まわしながら言う。


「ふん、こっちは20人いるんだよ。あんたらボコボコになるよ?」


「あああん? 新兵の女が男に勝てると思ってんのかよ。そっちがそう言うならよ、力づくでもこっちは良いんだぞ。おっ、奥の金髪、可愛じゃねえか。そいつをかっさらっていくか」


 金メッケこと金髪のメイケの事だ。

 メイケは縮こまってうつむいてしまう。

 

 それを見た男たちが笑い出す。


「なんだ、なんだ。威勢の良いのはお前と猫女だけかよ」


 ミイニャは先ほどから「ふーふー」と唸り声を上げて威嚇中だ。


 そして遂に男が手を出した。


 ラムラの襟首を掴もうとしたのだ。


「いい加減になあ――うわっ」


 手を伸ばした途端、男の身体がくるっと回転した。

 男はそのまま肩口から地面へと激突。


「いってぇぇえっ」


 男が悲鳴を上げる。

 それを見た他の男が身構えて言った。


「女だと思って手加減してりゃあなっ。やっちまえ!」


 男達が一斉にラムラやミイニャに躍りかかった。


 それをラムラとミイニャが2人だけで対抗する。

 他の少女達は怖がって手出しできないようで、その後ろで固まってしまっている。

 サリサが勇気を振り絞って前へ出ようとするが、格闘するラムラとミイニャの奮闘ぶりに最後の一歩が出ない。


 うわあ、ダメだなありゃ。

 あれくらいなら勝てると思った俺がバカだったか。



 

 



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