第6話 任務完了と足ダン







 パッチウルフの動きに警戒しながら俺は言った。


「俺の合図でクロスボウを斉射しろ。そしたら全員で抜剣体制。いいな」


 少女新兵達が無言でうなずいていく。


「撃て!」


 5人のクロスボウからボルトが発射。

 しかし当たったのかどうかが草木で確認が取れない。


 だが今さら彼女達にはそんな事は関係ないらしい。


 クロスボウを背中へ背負って腰の小剣を次々に引き抜いていく。


「隣との間隔に気をつけろ、味方を斬るなよ」

 

 これで全員が小剣での接近戦闘の準備完了だ。


 彼女ら少女新兵は鎧の類は身に着けていない。

 体力的な事を考えて、出来るだけ軽くしたためというより予算の問題だ。

 誰一人として、革鎧を買う余裕がなかった。


 だけど現状を考えると、戦闘力の弱い彼女らには、せめて軽装の防具が必要かもしれないか。

 だが、それも先の話になりそうだな。


 パッチウルフの動きが活発になってきた。


「来るぞっ、隣同士で掩護しあえよ」


 俺がそう言った矢先、パッチウルフが一斉に襲い掛かって来た。


 パッチウルフが襲い掛かって来た瞬間、空を切り裂く音がこっちに向かって伸びてきた。


 それもひとつだけじゃない。

 それは複数が地面や木に突き刺さっていく。


 クロスボウのボルトだ。


 その内の一本がパッチウルフの胴体に命中。

 「キャイン、キャイン」という鳴き声を上げて、その場に横たわるパッチウルフ。 

 そのパッチウルフは起き上がれないらしく、横になったまま必死に傷口を舐めている。


 誰かがクロスボウを撃ったのだ。


 飛んできたボルトの方を見れば、風下から第一班のラムラ達が隊列を組んでクロスボウ射撃を繰り返している。


 おう、やってくれるじゃねえか。

 俺は思わずニンマリする。


 だが、油断してはいけない。

 群れのボスの“片耳”は依然ピンピンしてやがるからな。

 あいつを討伐しない事にはこの任務は終わらない。


 残りは“片耳”を入れても3匹しかない。


 逃げられたらおしまいだが、そしたらまた臭いで追えば良い。


 だが、奴は逃げる選択をしなかった。

 

 残ったパッチウルフを引き連れて、やつらはこちらへ3匹で向かって来た。


 3匹で同時に襲い掛かる気か。

 ちょっとだけまずい気がする。

 くっそ、負傷者は出したくなかったが、これは負傷者が出てもおかしくない流れ。


「こっちから来るぞ、一列横隊に変更。全員迎撃態勢!」


 少女らは俺を中心に速やかに横隊になる。

 そして腰をかがめて剣を突ける体制になる。


 剣を振るのではなく“突く”ところがポイントだ。

 これは敵に騎馬突撃された時の防御方法。

 本当は槍が良いのだが無い物はしょうがない。


 パッチウルフの3匹は、同じ方向から一斉に襲い掛かって来た。


 そこでふと、目の前にある見慣れた猫耳頭が目についた。


 俺は思わずその頭をいつもより力を入れて引っ叩いた。


 森に「スパーン」と心地よい音が響き渡る。


 それと同時に、ミイニャの口から巨大な炎が噴き出した。



 その炎は“片耳”の姿を包み込む。


 他の2匹は慌てて軌道を変更する。


 炎の塊になった“片耳”が少女達の間に転がり落ちると、「キャァ」と言う悲鳴と共に炎から皆遠ざかる。


 少女達の視線は最早そのうごめく炎の塊に集中し、残った2匹のパッチウルフは見えていない。


「戦闘態勢崩すな!」


 俺の声に「はっ」とした少女達だが、残った2匹のパッチウルフの胴体にはボルトが幾つか刺さっていた。


 第一班の射撃によるものだ。


 ニ発のボルトを受けたパッチウルフはその場動けなくなり、しばらくするとそのまま絶命する。


 一発のボルトを尻に喰らったパッチウルフは動けないようで、その場から逃げるに逃げられず唸り声を上げ続ける。


 そこへテクテクと歩いて行くウサ耳のサリサ。


「婆さんの仇を取らせてもらうわね」


 そう言って至近距離からクロスボウのボルトを放った。


 そして炎の塊となった“片耳”だが、しばらくすると魔法の影響が切れて炎が鎮火する。

 

 火が消えた後には黒焦げになった“片耳”がいた。

 死んでない、まだ動いている。


「こいつ、まだ生きてるよ」


 そう誰かが口走る。


 そこへ第一班のラムラ達が到着。

 それを見たラムラが走って行って、その黒焦げの“片耳”の頭を蹴り上げた。


 すると黒い塊が森の中へと消えて行く。


 残ったのは首が無くなった黒焦げの“片耳”胴体だった。


「おいおい、討伐証明の死体に何するんだ」


 と俺が言うと、横から。


「おいおい、私の頭に何するんですにゃ」


 と頭をさするミイニャが俺をジト目で見ていた。


 ・

 ・

 ・


 取りあえず討伐任務はこれで完了だ。


 ワゴンにパッチウルフの死体を積み終えると、再び隊列を組んで来た道を戻る。

  

 帰り道、俺は歩きながら皆に聞こえる様に言った。


「これで訓練所に戻れば卒業試験は終了だ。恐らく全員が合格だ。これで晴れて一端の兵士だな」


 そこで歓声が上がる。 

 俺は話を続ける。


「特に今回の遠征は合格点以上の出来と言っても良いぞ。なんせ負傷者を一人も出さずに任務を完了したんだからな」


 そう言うと、何故かミイニャが近づいて来て、俺に頭の登頂部分を指差して見せる。


 その頭には白いパッチが張られていた。

 応急処理用の包帯だ。


 あれ、俺そんなに強く叩いたか?


「な、何だ。そ、そんなのは負傷に入る訳ないだろ。は、はははは」


 なんとごまかそうとするのだが、ミイニャは上目遣いで俺を睨んだままだ。


「わかった、わかった。訓練所に戻ったら何かおごってやるよ」


 その俺の一言でミイニャの表情がぱあっと明るくなる。


「食べたいものがあるにゃ。ミートパイを食べてみたかったのにゃ」


「なんだ。いいぞ、それくらい。ご馳走してやる」


 その程度のおごりはなんてことない。


 しかし、その話に喰いつく奴がいる。


「軍曹、野良猫ミイニャばかりずるいです。私はキャロットパイ食べたいです」


 そう言ってきたのはウサギ系の獣人サリサ。

 言い終わると何故か地面を「ダンダン」と何度も打ち鳴らす。


 そうなると大変だ。


 次の瞬間、私も私もと声が殺到した。

 ついでに誰かがサリサの真似をして地面を「ダン」と鳴らす。

 すると面白がって他のメンバーも「ダン」と地面を踏み鳴らす。


 気が付いたら珍しい玩具を受け取った子供の様に、笑顔で地面を「ダンダン」やり始める少女達。


 何なんだよ、お前らは。

 

「わかったから、ちょっと静まれ!」


 そう言うと、少女新兵ども全員が俺に注視する。

 馬車の女性兵士二人も微笑ましい表情でこっちを見ている。


 俺はため息を吐いたのち言った。


「こうなったら卒業祝いだ。全員にパイをおごってやる!」


 俺がそう宣言すると、少女達から一段と大きな歓声が上がった。

 そんなに喜ばれると何だか俺も嬉しいな。

 

 何かハーレムっぽいな。


 自然と笑いが漏れた。




   *   *   *




 討伐終了で訓練所に帰還したことにより、卒業試験は終了だ。

 この日の夜、少女新兵にとっては初めて外出許可が出ている日でもある。


 そして訓練所での最後の外出許可でもある。

 明日で卒業だからな。


 明日は簡単な卒業式をやって、その後に正式に配属先を言い渡される。

 そしてその日の内に戦地へ向かうことになる。


 その卒業前の最後の自由時間だ。




 


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