第三十四話 エンリケVSオルチ

「何者だ⁉」


 下からオルチが私たちを見上げながら大声で叫ぶ。


「何者だと? 人の国に土足で上がり込んで、散々荒らし回った輩がよく言うな。と、言いたいところだが、よもやこの顔を忘れたのか?」


 そう言ってエンリケは天馬を地上に下ろさせる。

 そのまま天馬から一人下りると、エンリケはオルチの後ろに人質たちを望みながら対峙する。


「き、貴様は⁉」

「久しぶりだなぁ、オルチよ。今はキャプテン・エンリケ。宵の乙女号の船長だ」


 久しぶり? なんなの、エンリケとオルチは知り合いなの?


「キャプテンだと? 落ちこぼれが、また海賊にでもなったのか?」

「海で暴れると言う点では間違っちゃいない。まぁあんたらみたいに野蛮じゃないがね」

「っふ、貴様。あのとき命まで取らずにやったことを忘れた訳ではあるまいな?」

「あぁ、忘れてないよ。俺はあのときの俺じゃない。ずっとあんたを討つこのときを待ってたのよ」


 なんなの? この二人に何があったの?


「この俺を討つだと? 笑わせるな!」

「ついでに言うと、俺の縄張りは世界中の海だ。地中海で満足してるようなあんたらみたいな海賊は、俺から見たら小さ過ぎらぁ」

「ふはははは! 随分と大口を叩く男だ。何を言おうが、貴様はここで死ぬのだ! こいつらと一緒にな!」


 オルチは後ろの人質たちを振り向いて言う。が、そこには次々に人質たちを救出するローランとオリヴィエの姿があった。


「な⁉ 貴様ら何をしている⁉」

「あぁあ、見つかっちゃった。でもこれで最後。あとは任せましたよ、エンリケ様」


 最後の人質の縄を解くと、オリヴィエは余裕の笑みを浮かべて言った。


「オリヴィエ⁉ あなた傷は大丈夫なの⁉」

「マリア、心配には及びませんわよ。どうやらカールがマルシルを倒したようで、毒は綺麗に消え去りましたわ」

「毒もそうだけど、傷口は?」


 オリヴィエの後ろに立つイサベルが言った。

 急所はずれたと言っても、刃物で刺されたのよ。いくらなんでもこんなに動けるなんて。


「マリアさん、エンリケ様がお持ちになっていたマリアさんのネックレスのおかげで、信じられないことにオリヴィエの傷はみるみる塞がったのです」


 今度はローランが言う。


「そうそう、これな。最初見たときは俺も驚いたが、この金属には俺も心当たりがある」


 エンリケは私のネックレスを右手に持って言う。


「そ、それは⁉ おい、そいつを俺によこせ!」


 それを見たオルチは取り乱したようにエンリケに言った。


「なるほど。あんたの狙いはこいつか。っじゃ、マリア。これは返しておくぞ」


 そう言ってエンリケは私にネックレスを投げると、天馬の尻を叩く。

 天馬はオルチの頭上を飛び越え、その後ろに居るみんなのもとへ走った。


「き、貴様……」

「まぁそう怒るなって。どっちみち俺たちを皆殺しにする腹だろう? ローラン、オリヴィエ。マリアとイサベルの護衛よろしく」

「お任せを、エンリケ様。我が父ガヌロンの仇討ち、どうかお願い致します」

「雑魚たちは僕らで相手するので、エンリケ様はどうぞそいつに集中しちゃってください」


 宮殿内から続々と出てくる海賊やサラセン人兵士たちを見てオリヴィエが言う。


「いやぁ、実に頼もしいねパラディン諸君。さぁ、オロチ君。いつでもかかってきたまえ」

「オルチだ! 小僧が、舐めやがって。俺はあれから力を手に入れた。死神より賜ったこの力、存分に見せつけてやろう」


 オルチは両掌をエンリケに向け、またも闇を放つ。


「特に痛みは感じないが、一体これはなんだ?」


 エンリケは自らの体に入り込むその光を見ながら言う。


「俺は人間の魂を自在に操ることが出来る。今まさに、貴様の身体から魂を抜き取っているところだ!」

「なるほど、そいつはちょいと困るな」

「今更気付いても遅いわ! 死して我が人形となれ!」


 エンリケはおもむろにシャツのボタンを外す。するとその下から手鏡が現れた。

 体を折り曲げ、手鏡の角度を調節すると、その光は反射してオルチの体に入っていった。


「鏡だと⁉」

「さぁて、この場合やつの魂はどこに行くのだろうか」


 なんでこんな状況で笑っていられるのよ。

 私は楽しそうに言うエンリケを見て、改めてその人格を疑った。

 オルチのほうを見ると、動きこそ止めているが、特段苦しむ様子もない。それどころか、やつの体は一回り、いや二回りほど大きくなっている。


「ふははははは! 馬鹿と利口は紙一重と言うが、貴様の場合は馬鹿だったようだな。好奇心なのだろうが、自分の技でやられるはずあるまい」

「あれれ、随分と大きくなりやがったな」


「くそ、こいつら倒しても倒しても蘇るなんて……」

「これじゃまるでゾンビじゃないか」


 敵の群れを相手にしているローランとオリヴィエは、圧倒こそしているものの、倒れてもどんどん起き上がってくる敵に手こずっている。


「当たり前だ! そいつらの魂は俺の支配下にある。つまりそいつらは生ける屍。お前たちの言うようにゾンビそのものだ」


 それを聞いたオルチは大声で言う。

 ゾンビ? ってことはなに? 無限に蘇るの? 倒せないってこと?


「そんじゃ正攻法であんたの相手をしないとな」


 エンリケは剣を抜き、巨大化したオルチと切り合う。

 ローランとオリヴィエもゾンビ兵たちと懸命に戦う。

 イサベルはオルチによって魂を操作されたであろう、動かない人質たちを見守っている。


「おいおい、それで俺が倒せると思っているのか?」


 オルチはエンリケに向かって余裕の笑みを浮かべて言う。


「何しろ死人と戦うなんて俺も初めてなんでね」


 エンリケもそれに応えるが、こちらは余り余裕がないようだ。


「馬鹿が! 俺は死んじゃいねぇ!」


 オルチはなぜかそれに過度に反応すると、エンリケの体をその大きな金棒で思い切り薙ぎ払った。

 エンリケはそのまま壁を突き破って飛ばされる。


「エンリケ!」


 私はエンリケの飛ばされた方を見ながら叫んだ。


「いやぁ、巨体だけあって、随分と怪力じゃねぇか」


 砂埃の中から、エンリケは頭を掻きながら、何事もなかったかのように姿を見せる。


「あ、あなた。体は大丈夫なの?」

「お? なんだ、俺のことを心配してくれてるのか?」

「そういう呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!」

「へいへい。まぁなんだ。ぶつかる前に体に空気の膜を作ったんだよ」

「空気の膜?」

「簡単に言えば空気の鎧だ。圧縮した空気を緩衝材にしたから、この通り体はピンピン」


 エンリケはジャンプしてみせる。


「貴様も何か、特殊な能力を得たのか?」

「あぁ。俺は風の魔女と契約を交わした。悪いが俺も本気でいかせてもらうぜ」


 エンリケはオルチの前の再び対峙する。


 

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