第三十三話 白馬の王子様

「そんなもので、俺の岩と化した体にダメージを与えられるかな?」


 カールはにやりと笑って言う。


「ただのツタだと思わない方がいいよ。私はね、岩以上にツタを硬化させることも出来るんだ」


 そう言うとマルシルは鋭く尖ったツタの先端をカールに向けて素早く伸ばす。

 間一髪、カールは体をのけ反らせてそれをかわすと、その先端は後ろの壁を突き破った。

 硬い大理石で作られたその壁は、見るも無残に粉々になっている。


「なるほどな。俺の身体を突き刺すってのもでまかせじゃないようだな」

「今更気付いても遅いんだよ。どんどんいくよ。逃げ回ってもいいけど、そのたびに貴様に植えた種が芽生えるというのをくれぐれも忘れないように」

「そいつは警告ありがとさんよ」


 状況を考えると強がりとしか言えないカールの言葉を聞くと、マルシルは手先から複数のツタを出し、それらを一斉にカール目掛けて伸ばす。


「うぐぉぉぉぉ」


 カールはそれらをどんどんかわしていくが、その度に彼の腕や足から血しぶきと共にツタが次々と生え出す。

 苦悶の表情を浮かべながら、カールはそれらを手刀で生えては切り落としていった。


「さぁ、どこまでもつかな? 動けばそれだけ痛みが増えるだけだよ」

「こんなの屁でもねぇ。だいたい、お前さんの攻撃は一発もまともに俺を捉えてねぇぞ。ちゃんと狙えや!」

「ふっ。挑発しているつもりかい? 生憎、私はそういうのには乗らないタイプでねぇ。どうせそろそろ貴様もその出血で、まともに立つことも難しくなるだろう」

「それこそ残念だったな。俺は元々血の気が多いんだ。これしきの出血で貧血になるほどやわじゃねぇ!」


 マルシルは余裕の笑みを浮かべたまま、再び硬い刃物と化したツタで攻撃を続ける。

 カールは相変わらずよけ続けるも、大量の油汗とその苦しそうな表情は、如何に余裕がないのかを感じさせる。足元も、避ける度に破壊された壁の残骸で、どんどん悪くなっている。そもそも、避けるだけで彼は一切攻撃が出来てい彼に勝機があるとは思えなかった。


「まったくしぶといねぇ。逃げるのは構わないが、それだけじゃまるで勝負になってないんだよ」

「へっ、攻撃すりゃいいんだろ? お前さんのツタが底を尽きれば、遠慮なく反撃させてもらうぜ」

「おやおや、呆れたねぇ。そんなものに賭けていたのかい? 残酷なことを言わせてもらうが、私のツタは無限だ。いくら待っても出せなくなることはないよ」


 マルシルはそれを証明するように、今までの倍のツタを同時に出してカールに猛攻を仕掛ける。

 カールはそれを聞いても諦めることなく、避け続ける。


「ぬぉっ⁉」


 ついに足元の瓦礫に足を滑らし、カールはバランスを崩す。

 そこへマルシルのツタが襲い掛かる。が、それをジャンプしてかわす。


「へっへっ。やっとツタが底を尽いたな」

「何を言っている? いくらでも出せると――」

「俺の身体に植えたツタの種のことさ!」


 カールの言葉通り、最後のジャンプの際、彼の身体からツタが生え出ることはなかった。


「なるほどねぇ。そっちのことかい。種が終わったならまた植えればいいことだよ」


 マルシルはツタの先端を膨らませ、カールのほうに向ける。


「私もいつまでもここで遊んでいる訳にはいかないのでね。そんなボロボロの体では満足に避けられまい。これを貴様に植えて、止めを刺すことにするよ」


 カールはその場に立ってそれをじっと見ている。


「もう観念したのか、それとも痛みで動けないのか。どちらにしてもここが貴様の墓場だ」


 マルシルはツタの膨らみから大量の豆鉄砲をカールに発射する。


「このときを待っていた。お前のツタが軟化するときをなぁ!」


 カールは全く避ける素振りも見せず、豆鉄砲を全弾まともに喰らう。

 だが、彼の周りには破壊された大理石の壁の残骸が集まり、大きないくつもの塊となって浮いている。


「な、なんだこれは⁉」


 さすがのマルシルもそれを見て驚いて言う。


「豆を出すために丸くなったツタでは防げまい。ロックオン!」


 大理石の塊は一斉にマルシルに向かって飛んでいく。


 大量に舞い上がった砂埃が晴れていくと、マルシルの立っていた場所には大理石の塊が山のように積み上げられていた。

 そして一番下の隙間からは、流れる血と共に、マルシルの右手が力なく見えていた。


「動いても、ツタは出てこないな。ようやく終わったな。マリア嬢、すまねぇ……俺は動けそうにねぇ……」


 勝利と同時に、カールの体も限界を迎え、彼はその場に倒れてしまった。


    *****


「陛下!」


 私は拾った棒を思い切り振りかぶって、処刑台の手間にいた衛兵を後ろから叩くと、ついに陛下たちのもとへたどり着いた。


「……」


 だけど私の声に何の反応もしない。はっきりと目は見開いているのに、なんで?


「おいお前! どうやってここに――」


 私に近付いてきたもう一人の衛兵も棒で叩き倒す。

 やっとここまで来たのよ。女だからって、おとなしく出来るはずがない。


「陛下! 私はアルバ公女マリアです!」


 反応のない陛下の正面に立って名前を告げる。

 もう身なりがどうの言ってられない。とにかく陛下に反応してもらわないと。

 だが、それでも陛下は素知らぬ顔。

 どうなってるの⁉ とりあえず、縄を解かないと。

 私は倒した衛兵の腰から短剣を抜き出すと、陛下の手に巻かれている縄を切ろうと試みる。


「おい貴様! 動くな!」


 私は駆け付けた数十人の衛兵に剣を突き付けられ囲まれた。


「私は陛下やみんなを助けに来ただけよ!」

「小娘が。そんなことさせるはずがないだろう! 構わん、こいつを殺せ!」


 衛兵の言葉に、無数の剣が一斉に私に向かう。


「待て!」


 野太い男の大きな声が響くと、衛兵たちの剣はピタリと止まった。

 そして大柄の男が処刑台に上がってくる。


「女、お前一人か?」


 その男が私に言う。


「ええ、そうよ。だけどすぐに私の仲間たちが来るわ!」

「なるほど。ここに忍び込んだネズミたちとはお前らのことだったか」

「私の仲間はみんなすごく強いの。残念だったわね。あなたも命が惜しいならすぐに人質たちを解放なさい。そうすれば――」

「お前たちは下がれ」


 男は衛兵たちに言うと、波が引くようにみな居なくなった。


「俺の聞き間違いでなければ、お前はアルバ公女と言ったな? 名を聞こうか」

「あら、人に名前を聞くなら、まずご自分から名乗るのが礼儀でなくて?」

「っふ。なるほど、これは失礼した。俺はバルバリア海賊の首領、バルバロス・オルチ」


 こいつがオルチ。私を奴隷船に売った赤髭、ハイレディンの兄。

 つまりこの男は私の知っている世界に居て、しかもこの世界でも知られている存在。


「私はマリア・トレド・アルバレス。アルバ公、ガルシアの娘です」

「ほう、お前が。俺は随分と幸運らしい」


 私は素性を隠さずに言った。それを聞いたオルチはそう言って高笑いする。


「……仰る意味が分かりませんが」

「ネックレスはどうした?」


 ネックレス? お父様からもらったあれよね?


「あなたの弟、バルバロス・ハイレディンに奪われました」


 エンリケのもとにあるけど、元々奴隷船でおばちゃんが私の為に隠し持っていてくれなきゃ、本当に赤髭の手にあったはずだし。


「弟が奪ったのはそこに嵌められた宝石だけだ。もう一度聞く、ネックレスはどこだ?」


 え? なんでネックレスに執着するわけ? 宝石のほうが絶対に価値があるじゃない。


「答えぬのか? ならばお前の魂に直接聞くとしよう」


 は? 魂? 何言ってるのこいつ……。

 オルチは私に向かって両手を向ける。やつの手の平から真っ黒い闇のようなものが私の体に入っていく。


「俺は人の魂を自在に操ることが出来る。死神の化身だ。お前も俺の操り人形に――」


 死神? どういうこと? 陛下たちの反応がないのもこいつの仕業? まさか陛下たちは……。

 考える最中突然突風が吹き、私の体を覆っていた黒い闇が消え去った。

 視界が開けた私が目にしたのは、空から見る光景だった。


「何者だ⁉」


 下から聞こえるオルチの声。

 私の体は白馬の上に置かれていた。その馬は見事な翼を羽ばたかせている。

 そして私は次に聞こえる声で、自分を抱えて白馬の上に乗せた人物に気付く。


「よお、待たせたな。マリアよ。その髪型も悪くないぜ?」


 エンリケだった。

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