第6話 透明人間に取り憑かれている

「そこに誰かがいるのかい?」

 とぼくは尋ねた。


 新田一は頭のいい女の子である。

「和田君には見えていないのね」

 と彼女が言った。

 そして何かを悟ったような溜息をついた。


「君は迷子ではなく、私にとり憑いているのかな?」

 と新田一は何もない空間に問いかけた。

 そこには彼女にしか見えない少年がいるんだろう。

「お母さんに会いたいのね」と彼女が頷く。


「いつから少年と一緒にいるの?」

 とぼくは尋ねた。

「昨日」と彼女が言った。

「和田君と離れてからすぐにこの子と出会ったの」


 原作では和田和也は新田一に告白しない。

 新田一は2人のキスシーンを見た後に、透明人間の少年と出会うのだ。


 そうか、とぼくは思い出す。

 ぼくが愛の告白をしてから逃げるように彼女は立ち去った。

 新田一が消えることを知っているのに、ぼくが彼女を追いかけないわけがない。

 追いかけたのだ。

 そして見失ったのだ。

 見失った後に、ぼくが誰を追いかけていたのかを忘れた。

 ぼくは推しの存在を忘れてしまったのだ。

 ジョジョ風にいうと、すでにスタンドの攻撃は受けていたのだ。


 そしてぼくは新田一の存在を思い出した。

 もしかしたら『存在が消える』という現象は安定的なモノではないのかもしれない。

 これは仮説だけど、ぼくにとって彼女が必要である事を伝えたことで、新田一は自分の存在価値を認識したのかもしれない。

 だから『存在が消える』という現象が安定的なモノではなくなっているのかもしれない。

 その仮説が正しければ、ぼくは彼女に愛を伝え続けなければいけないだろう。


「和田君には私が見えているの?」

 と彼女が質問をした。

 自分の存在が消えている、ところまで思い至っているらしい。


「見えている」

 とぼくが言う。

「だけど新田一の存在を完全に忘れる事がある。君の存在を思い出さない時がある。ぼくは君の事が大好きで1秒も忘れたくなくても」


「クラスの人は私の事を覚えていた?」

 と彼女が質問した。

 君の事が大好きで1秒も忘れたくてくても、というセリフは見事なまでにスルーされた。


「クラスの人は新田一の存在を完全に忘れていると思う」

 とぼくが言う。


「いやはや困りましたね」と彼女は呟く。

 その発言はゲームでミスったぐらいに軽かった。

「私の存在が忘れ去られているだけじゃなく、たぶん和田君以外には私が見えていないかも」

「どうして?」

「交番に行っても無視されるし、買い物が出来なくなっているし、よく人にぶつかるようになっているの」


「もうすでに透明人間になっている」

 とぼくは呟いた。

 ぼく以外に彼女は見えない。

 ぼく以外は彼女の事を忘れている。 


「ぼくは新田一が大好き。ぼくは新田一が大大大好き。君が消えればぼくも消える。ぼくは君を助けるためにココにいるんだ」

 と呪文のように呟いた。


「あっ、コレは愛の告白じゃなくて、ぼくが君の存在を忘れていないのは新田一の事が世界一大好きだからなんだ。その事を君に伝える事で、君の『存在が消える』という現象を不安定にさせているんだ」

 とぼくは言い訳するように捲し立てた。


 彼女がニッコリと笑った。

「どうやら私が頼れるのは和田君しかいないみたい」

「ぼくを頼ってくれ。新田一のためなら何でもする」

「まずフルネームで呼ぶのをやめてほしい」

「わかったよ。新田さん」とぼくが言う。

「迷惑かけてごめんね。和田君」

「決して迷惑なんかじゃない」とぼくが言う。

 転生したのは君を助けるためなんだから。

「この怪異の勝利条件は?」

 とぼくは尋ねた。

 彼女は頭の良い女の子である。

 勝利条件も思い至っているのだろう。

「この子のお母さんを見つける」

 と彼女が言った。

「あるいは山本君に、怪異の存在を伝える」

 と新田一は小さい声で呟いた。

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