第5話 推しを探す

「新田一って知ってるか?」

 とぼくは尋ねた。

 山本世界観は首を傾げた。

「知らねぇーな。作家か何かか?」

 と彼が言う。

 新田一の事をぼくだけが忘れている訳ではなく、山本世界観も忘れていた。

 彼女の存在が消えかけている。

 こうしているうちに彼女の存在を忘れるんじゃないか?

 覚えているうちに彼女を探さなくちゃ。


「ごめん。用事を思い出した。帰るわ」

 とぼくは言った。

「次の授業どうすんだよ?」

「先生には体調が悪いから帰ったって言っといてくれ」

 とぼくは言いながら慌てて椅子にかけていたブレザーを着て、学校規定のシャカシャカジャンバーを着込んだ。


 教室を足早に出た。

 走りたい気持ちを抑えながら廊下を歩き、校庭から出ると思わず走った。

 そして自転車に乗って学校を抜けた。

 新田一がよくいる場所をぼくは知っている。

 新田一は図書館にいる事が多かった。

 1人でいるのは嫌。だけどお金は使いたくない。それに静かに過ごしたい。

 彼女の要望の全て網羅する場所が図書館だった。


 ぼくは自転車を立ち漕ぎして彼女がよく行く図書館に向かった。

 白い煙を口から吐いた。外は寒い。


 自転車を漕ぎながら昨日の告白の事を思い出していた。

 ぼくは彼女に気持ちを告げたのだ。どんな事があっても彼女の味方である事を告げたのだ。

 あの告白の後に彼女は顔を真っ赤にして去って行ってしまった。

 ぼくは彼女を追いかけるべきだった。

 ぼくだけが新田一が透明人間になる事を知っている。彼女の存在が消える事をぼくだけが知っている。

 逃げて行く彼女を追いかけて、新田一が消えないように一緒にいるべきだったのだ。

 ぼくは彼女を手放してはいけなかったのだ。


 自転車で図書館に到着する。

 息が上がっていた。

 自転車を図書館の駐車場に止めて施設に入った。

 古本の甘い匂いがする。

 いつも彼女が座っている場所をぼくは見た。


 そこには誰も座っていなかった。


 図書館の中をグルッと一周回った。

 だけど彼女はいなかった。

「黒髪で黒縁メガネの女の子は来ていませんか?」とぼくは図書館のスタッフに尋ねた。

「さぁ」とスタッフは首を傾げた。


 彼女はいない。

 そもそも新田一はすでに透明人間になっているんじゃないのか?

 もうぼくには見えないんじゃないのか?


 目の前が暗くなる。

 推しの消滅をぼくは阻止できなかったのか?


 彼女の元へ行きたくて、また自転車に乗った。

 古い一軒家。

 元々はおばあちゃんの家で、今では新田一が一人暮らしをしている家。

 彼女の家のルートを和田和也は知っていた。

 ぼくの家の近くである。


 チャイムを押す。

 誰も出ない。

 何度も何度も押す。

 出ない。

 家にはいないのか。


 どこを探せばいい?

 君はどこにいる?

 もうぼくには見えないのか?

 この街に君はいるのか?


 自転車を漕いだ。

 新田一を探すために自転車を漕ぎまくった。

 日が沈んで行く。

 薄暗い闇が広がって行く。


「新田一」

 とぼくは叫んだ。

 彼女の事を忘れないように。


「新田一!」

 とぼくは喉を震わせた。

 彼女の事を忘れたくない一心で。


「新田一!!」

 とぼくは震える声で叫んだ。

 愛おしい彼女の事を思うと胸が張り裂けそうだった。


「和田君?」

 と声が聞こえた。


 ぼくは走らせていた自転車を止めた。

 声がした方を振り返る。

 彼女がキョトンとした顔で立っていた。


「新田一」とぼくは呟いた。

 消えていなかったんだ。

 泣いてしまいそうだった。

「探したんだぞ。君が消えたと思ったじゃないか」

「私は消えてないよ」

 と彼女がニッコリと笑って言った。

 昨日の事が尾を引っ張っているのか、彼女は少しだけ気まずそうだった。

「和田君、何度か私の横を泣きそうな顔で通っていたよ」

 と彼女が言う。


 気づかなかった。

 いや、見えていなかったんだと思う。


「こんなところで新田一は何をしてんだよ?」

 とぼくは尋ねた。


「この子が迷子なの」

 と彼女が言った。


 この子、と言って彼女が視線を向けた隣には誰もいなかった。

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