僕のカノジョはえっちでビッチな秋月さん。

名暮ゆう

ちゅぽんっ♡

「はぁ~、のど渇いたんだけど」


 一人の女の子が欲望を呟く中、僕は鼻の感覚器官に全神経を研ぎ澄ませていた。

 四時間目の体育終わり、制汗剤特有の香りが僕の鼻孔をくすぐる。

 だが、残念っ!

 それで体臭を抑制しようとも、僕の鼻には通用しないぞっ!


 制汗剤のその先にある、性的本能をときめかせる人間の汗の臭い……うーん、たまらn


「ぐへぇっ! い、痛いよ秋月あきづきさん!」


 後頭部をいきなり拳で殴るなんて、暴力性指導には断固反対だよっ!?

 ……あっ、いや。秋月さんは別だ。僕を殴るためにたった今作られた握り拳、まるで道端に放置された糞尿を一瞥するかのような視線……ああ、心臓の高鳴りが最絶頂に達しようとしている……!!


「……やっぱり、変なこと考えてるでしょ」

「断じて考えてないよっ!? う、うん、秋月さんのフレーバーな香りを堪能したいなんて、微塵も思ってないよ!!」

「考えてるじゃねーか、ばか!!」


 うう、酷いよだなんて……!

 でも、君が馬や鹿になれと言うなら、喜んでなります! ねっ、朝から晩まで獣の交尾を堪能したいってことだもんね!!


 ……さて、ここまで鼻の下を伸ばして秋月さんを眺めてきた僕――篠山輝樹ささやまてるきは健全な高校二年生。人間観察という僕の特技は、いつしか女の子のえっちさを判定する為の神聖な儀式へと変貌していった。


 これに完璧なまで適合し、僕の中枢から末端の細胞がオールコレクトの反応を示した聖母たる女子高生が、僕とお付き合いをしてくれている秋月さん。えっちさをむんむん放つその太もも、整った顔、みずみずしい唇、稀有な金髪……全てが魅力的でたまらない。


「そう言えばおまえ、なんであたしのこと名字で呼ぶの?」

「だって、肌を重ね合わせる関係になったら、もう名字で呼べないんだよ!?」

「はだっ……」


 その言葉を聞いた途端、言葉を詰まらせて赤面する秋月さん。

 あれれ~? ビッチなはずなのに、どうしてそんな言葉で恥ずかしがってるのかなぁ?


 そんな秋月さんに追い打ちをかけるように、僕は彼女の両肩を並大抵の力じゃ解放できないくらいにがっちりと掴んでこう宣言した。


「ココネ、僕はね! 君の全てを愛したい。君の体も、心も、名字も名前も全部、大好きなんだ。そんな愛する君と結婚したら、もう秋月さんって言えなくなっちゃうだろ? だから、どうか僕のわがままを許してほしいっ! ココネ、頼むよ!」


「ば、ばかっ……」


 体育終わりなので、体の芯が未だに火照っている。このままじゃ僕も君も歯止めが利かなくなっちゃうね。


「あっ、またあの二人やってる」

「むかつくバカップルだぜまったくよぉ!」

「………………私、ああいうシチュ好みかも」


 僕と秋月さんのATフィールドに、外野の野次なんて届きやしない。

 君の、その一瞬の些細な表情の変化は実に愛おしい。ずっと見ていたい。

 できることなら君を眺めるだけで一生を終えたい。


「す、好きなのは……あたしも……一緒だからっ」

「うん。相思相愛!」

「だから、さ」

「うん、もう何でも言って! どうせならここで挙式したって良いんだよ!」

「そろそろ、痛い」


 あっ、そうだった。

 彼女の一言で拘束していたことを思い出し、すぐさま彼女を自由の身にする。

 ……さて、今度は僕の番だ。秋月さんにあんなことやこんなこと、されちゃうのかなあ!!!

 

 ――そう言えば。


「そう言えば、秋月さん喉が渇いたって言ってたよね」

「うん」

「ほら、いつものオレンジジュース!」


 彼女は紙パックのオレンジジュースを好んで飲むので、なるべく冷たい状態で提供できるように心掛けている。どうやって冷やしてるかって?

 ……愛は全てを解決してくれるんだよ。


 僕の宇宙的純愛論(比喩)に造詣が深い秋月さんは、逆にストローを常態している。凄いよね。ほら、これが僕と秋月さんの愛の結晶だよ。見てみて、すごくない?


「……ん、おいしい」

「それは良かった」



   *



 僕らは邪魔の入らない休憩スペースに移動して、いつも通り会話を交わしていた。


「……明後日のテスト、だいじょぶ?」

「う、うん。うんうん……うん、だいじょうぶだよ!」

「絶対だめじゃん」


 だだだ、だって、テスト勉強追いつかないんだもん!

 ……付き合う前、僕は秋月さんに一度だけテストの点数で勝利したことがあるのだけれども。

 考えてみてくださいよ、普段赤点ギリギリの人間が、まあ五十点はなあなあだよねと言ってくる女の子に連勝を飾れると思いますか?

 ……いや、努力次第か。だから一度でも勝利できたんだし。そうと決まれば――!


「よし、分かったよ! 僕は秋月さんに勝つため、放課後から本気でテスト勉強します」

「いや今からやれよ」

「え、じゃあ今日はこのままお開き?」


「……それはちょっとやだ」


 もう、かわちい。秋月さんの可愛さにはマジが無限に続くほど隙がない。

 ……いや、むしろ隙だらけなのか。ビッチの所以ゆえんは、彼女が他人の目をさほど気にせず露出をして、かつ若干だらしないところにある。


 僕は君のそういう人間らしさが好きなんだよね。付き合ってもそのままでいてくれる君が好きで好きで仕方ない。


「んー、この菓子パン、あんまり美味しくないかも」

「ほんとに? 僕のチョコチップパン食べる?」

「……うん」


 彼女と食べかけのパンを交換して、間接キスを故意にするようひとかじり。

 あー、もうちょっと柔らかい食感だったら良かったな。

 そうは言っても、彼女が食べた物は何でも美味しいよ、君の味がして。


「……また変なこと考えてたでしょ」


 僕って考えてることが顔に出やすいのかな? 秋月さんのことで妄想していると、いつも突っ込まれてしま――大丈夫、僕のお尻は純潔が保たれているから。飽くまで妄想に対するツッコミが飛んでくるって意味ね。念のため言っておきました!


「変なことじゃないよ。愛だよ、愛」

「噓つけ。……え、妄想してるってこと? あたしで?」

「そうそう」


「……」


 秋月さんは黙りこくってしまう。そんな、嬉しがらなくても良いのに。

 ……日常会話でおふざけが過ぎると思うかもしれないけど、これでも僕らはまだ体の関係は持っていない。つまり、純愛なのです。


 ビッチな秋月さんだと思ってたけど、意外とそういうのはピュアっぽい。

 いや、もちろん抱き締め合ったりはするよ? 夏、海水浴場に行った時は感覚が新鮮でずっと抱き合ってたっけ……で、でもそれ以上は何もなかったからねっ?


「いひひっ、じゃあまたテストで勝負する?」


 開き直った秋月さんが、独特で愛嬌のある笑い方を浮かべながら言ってきた。


「――僕が勝ったら秋月さんに裸踊りしてもらおうかな!」

「ふざけんな。お嫁に行けなくなる」

「もちろん、責任は僕が取るよ?」

「うっ……やらない」

「えー、どうして?」


 本当は分かっているけど、意地悪をするように微笑みながら彼女に問い掛けた。秋月さんは唇を尖らせて僕を見つめた。


「だって……何か一つでも頷くと、そのまま全部許しちゃいそうだから」

「こ、これだから……僕はっ! 秋月さんが、好きで好きでたまらないんだっ!」


「あ、あんま軽々しく好きとか言うなっ!」


 そうやってツンツンしちゃって~。本当は言われて嬉しいのが顔で分かっちゃうよ?


「好き好き好き好き好き好き好き」

「しねしねしねしねしねしねしね」


 あんまり言い過ぎると、恥ずかしくて頭がパンクしてしまうのか、暴言製造機になってしまう秋月さん。ね、順応で可愛いでしょ?


 そんな感じで幸せなひと時を過ごしているうちに、昼休憩は終わりを迎えてしまう。時間って残酷だ。君と一緒に過ごす時間が永遠に続けば良いのに。


 ……まあ、一喜一憂するのも恋愛の醍醐味だよね。それに僕の脳内にはほぼリアル秋月さんが存在してるから、何も困ることはないっ! これで君のことをずっと眺められるよ。

 そんなことしてるからテストで点数取れないだろ、なんてこと言わないで……。


 退屈な午後の授業を終えて、ようやく僕らは解放されるんだ。この解放のドラムは、僕の秋月さんに再会の時を知らせてくれる。


「あぁ……会いたかったよ、秋月さん……」

「どうしたの、まるで地獄にいたみたいな」


 そうだよ、つまらない授業なんて地獄だ!


「ちゃんと受けな。あたしも受けてるし」

「確かにっ! 秋月さんが受けてるんだから僕が受けるのは当然だよね!」


 彼女は僕の扱い方を熟知している。勿論、何か自分の利益のために僕を働かせることは絶対にないんだけど、僕がだらけていると、それを校正するような言葉で用いて寄り添ってくれる。


「ああ、秋月さん……幸せ」

「ちょおまっ……ばか!」


 隙だらけの生足に飛びつき、振り払われまいと必死にしがみつく。幸い、周囲には誰もいなかったので秋月さんもやりたい放題なのだが、それでも僕は離れようとしない。これはほら、僕にとって養分だから。


 次第に太ももが湿ってきて、彼女の疲労を感じる。


 秋月さんの太ももって凄いんだよ。毛穴一つなくてすべすべで、何より食べ物のような弾力がある。一度吸い付いたら、容易には忘れられない魅惑の太ももを彼女は持っていた。


「そんなに気持ちいい?」

「うんっ、そりゃもう最高だよ! 秋月さんを超える太ももはないな」

「……ふぅん」


 落ち着いた僕はようやく彼女の足から離れ、机に向かう心構えを獲得した。秋月さんのおかげで、放課後の勉強が捗りそうだよ。

 そりゃあもちろん、保健体育のね!


「いいから、おまえは数学と世界史をやれ」

「嫌だ! 僕は文系だぞっ!」

「だめ、文系でも範囲だから。留年したいの?」

「留年も嫌だ。秋月さんと一緒に卒業できなくなる」

「あたしが大事なんだったら、ちゃんとやれるよね?」

「はいっ、やります!」


 秋月さんが望むなら、僕は君の犬にだってなるしエロ猿にだってなります。そうして今日まで生きてきたので、今更スタイルを変える気はありません!


 秋月さんは理系なんだけど、文系科目だって不可なくできてしまう。僕にとっては本当に優秀で勿体ないくらいの人だ。まあ、歴史が苦手で聖徳太子を知らないんだけどさ。


「ねえこれ、ちんk」

沈降ちんこう。地面が海面に対して高度を下げること。逆に隆起りゅうきは高度を上げることね。おまえがやってるのは、保健体育じゃなくて理科」

「ん? ちょっと待って。いつ僕が保健体育をやってるなんて錯覚したの?」

「だってちんk……あっ」


 そうだよ、僕はって言おうとしたんだよ?

 秋月さんは僕の口を抑えてまで何を考えていたんだろう。保健体育……? あれれ、おかしいな。保健体育でもそんな言葉は使わないのに。


「……うっさい、えろ猿」


 どうしても事実を覆したい秋月さんは、椅子を持ち上げて僕にぶん投げようとしてくるが、あと一歩のところでどうにか静止する。


「ね、変態はなんだって」

「……っ」


 露出が多めでえっちな体付きをしてる秋月さんも、変態なのである。僕の要求を一度でも許したら全部頷いてしまう彼女の性格が大きな根拠となっていた。


「……あたしが悪かった。ごめん」

「……茶化した僕も悪かったよ。ごめんね」


 二人で頭を下げて、顔を見合わせる。そこにあるのは、妙に真面目な表情を浮かべた秋月さん。それがどうしても面白くって、思わず笑い声を上げてしまう。


 どうやら彼女も同じようで、僕が笑い出すと同時に笑顔になっていた。


「あはは、秋月さん面白いってww」

「ぐひひ、そっちも変な顔すんなww」


 何かが起きても、最後は笑い合える二人。

 僕らの時間は、いつもこうやって幸せに溢れていた。


 やがて下校を告げるチャイムが鳴り出して、僕らは帰宅の準備を始める。


「あれ、こんなところに消しゴム落ちてる」


 際どい黒の下着を晒しながら、彼女は消しゴムを取る動作を見せる。


「……今、見たでしょ」

黒薔薇くろばらが咲いておりました――いててて」


 頬を抓らないで! 秋月さんがしゃがんだのが悪いじゃん!

 ていうか爪、ネイル! 痛い痛いいたいいたいいたい……!!



   *



 ……結局、誰の消しゴムか分からず教卓に置いて帰ることにした。

 教室を施錠して職員室に向かう。僕が鍵を返却して、彼女と肩を並べながらゆっくり昇降口へ足を進めてゆく。


 ……外に出ると斜陽が眩しくて、思わず右手で遮った。

 同様に秋月さんも右手を出すと、続けて呟いた。


「まぶし……日暮れも早くなったね」

「そーだね。冬になったらこの時間はもう真っ暗だよ」


 ……僕らは夕日に照らされながら同じ道を歩いている。

 直球な暴言も、恥ずかしがる仕草も、僕にとっては愛する要素の一つなんだ。今、君が浮かべる哀愁漂う横顔だってそう。


「今日も終わりか―、早いね」

「……うん」


 秋月さんと一緒に居られる時間も、ほとんど残されていない。

 道を進めばじきに駅へ辿り着いてしまう。

 ずっと一緒に居られないのは、やっぱり寂しい。

 24時間、気持ちを共有できないのは辛い。


 ねえ、秋月さん。

 ――君が浮かべていたあの横顔は、僕と同じ気持ちだったりするのかな。


「テストが終わったらさ」


 心苦しさを掻き消すように少し声を大きくして、僕は彼女に話しかけていた。二人で立ち止まって、顔を見合わせる。

 何かを期待するその表情、僕は何度君に助けられたことか。


 特に溜めることなく、優しさのこもった口調でこう呟いた。


「一緒に、出掛けようよ」


 秋月さんは両目を見開いてみせると、すぐに口角を上げて口元に右手を当てた。


「秋は紅葉、お月見――図書館もあり」

「読書の秋だね!? よし、官能小説をいっぱい読むよっ!」

「ばか。……純愛でしょ?」


 ……純愛か。

 まるで、僕と秋月さんみたいだね。えっ、違う?


「僕らって純愛なのかな」

「いひひっ、多分……そうであって、そうじゃない」


 傍から見ればおしどり夫婦でも、僕から見れば一匹の変態とそれを付き従える秋月さんだもんね。


「でも……あんたは、あたしにとって自慢の彼氏だよ」

「えっ?」


 今、自慢の彼氏って言ってくれた!?

 秋月さんの思わぬ一言に心がドキドキする。心臓が高鳴って、自分が自分じゃないような感覚に陥った。


 でも、それは秋月さんも同じだったらしくて、すぐにそっぽを向くと、僕を置いて走り出していた。


「ちょっと、待ってよ秋月さん!」

「いひひっ、駅まで競走しよ!」


 無邪気に笑いながら走る秋月さんと、それを必死に追いかける僕。

 ちょっとえっちだけど純愛な恋愛譚れんあいたんは、残念ながら僕ら二人にしか分からない。



 だからって、悲しんだりしないよ。

 僕には愛する君がいて、君には自慢の僕がいる。



 ――それが分かっただけでも、凄く幸せなんだ。


<了>

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僕のカノジョはえっちでビッチな秋月さん。 名暮ゆう @Yu_Nagure

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