第3話

コンビニに味噌なんて売っているの?

急に母におつかいを頼まれ、私は夜中のコンビニを訪れた。


あった。

私は味噌のパックを手に取り、レジに持っていく。


「袋はいりますか?」


「いえ、このまま持っていきます」


会計を済ませた私は、味噌を持ってコンビニを出た。



「志保! 久しぶり!」



声がした方を振り向くと、そこには赤いスポーツカー、そして、貴矢くん……


貴矢くんは、今日もかっこよかった。

服装も髪型もおしゃれだった。

赤い車は今日もしっかりと磨かれていて、そのボディーには貴矢くんと並ぶ私の姿が映っていた。


私は風呂上がりで、髪も乾かしただけ。ノーメイク。

上はTシャツ、下はジャージ。

今まで、私はあんなにもおしゃれに気を遣ってきたはずなのに……


よりによって、こんな姿で貴矢くんに再会するとは……


終わった……


「た、た、貴矢くん…………お久しぶり……」


貴矢くんは何か言おうとしていたが、私はこの場から一刻も早く逃げ出したかった。

こんな姿の私、貴矢くんには見られたくない。


「あの……私、急いでいるから…………」



味噌を手に持ったまま、私は泣きながら走った。

よりによって、こんな時に貴矢くんに会ってしまうだなんて……


家に帰り、買ってきたものを台所に置くと、自分の部屋に駆け込んだ。


フォトスタンドから写真を取り出し、ビリビリに破いた。



運命の神様は、私には微笑んでくれなかった。



机の上の本に私の手がぶつかる。

本は床に落ちた。

この本は偉人の名言集だ。


開かれたページには、ジョセフ・マーフィーの言葉が書かれていた。



『チャンスは最悪のタイミングでやってくる』



あは……

あははは……

あははははははは…………


* * * * * * * * * *


あれから10年が経った。


今日は大学の同窓会。

学生時代の仲間たちに久しぶりに会える。


会場で私はゼミの仲間たちと再会した。

貴矢くんもいた。渋みが加わって、一層男前になっていた。

私は声をかける。


「貴矢くん、お久しぶり!」


「志保、すっかり主婦らしくなったな」


「そうでしょ? もう二児の母だからね。貴矢くんはどうなの?」


「俺は先月、パパになったよ」


私達は、お互いに自分の子供の写真を見せあった。

二人とも、親バカであった。


私はあの後、職場の男性と結婚した。

貴矢くんも、いつの間にか結婚していた。


「卒論発表会の準備の日、俺が車で送ったときのこと、覚えてるか?」


「うん。覚えているよ。あの時は送ってくれてありがとう」


「俺さ、まぁ、今だから笑い話みたいにして言えるけどさ、まぁ、なんだその……実は、志保に告白しようとか思っていたんだ」


「え? そうだったの?!」


私は動揺を隠せなかった。


「で、なんで告白しなかったの?」


「車見てさ、志保、がっかりしただろ? あと、乗るとき、顔をしかめていたよな。タバコの匂い、苦手だったんだろ?」


「うふふ……私、顔に出てたんだ」


「うん。それで、今は告白のタイミングじゃないな、って思ってさ。ベストの状況作ってから告白しようと思っているうちに卒業だもんな」


「あら、そうだったんだ……こんな言葉、あるよね。『チャンスは最悪のタイミングでやってくる』」


「あぁ、知ってる。ジョセフ・マーフィーの言葉だろ?」


「うん」


貴矢くんも、私と似た体験をしていたんだ……


「働くようになってから、憧れの車を買ったよ。毎日磨いてたんだぜ。それでさ、偶然、コンビニの前で志保に会った。覚えてるか?」


「覚えてる」


忘れもしないよ、あの日のことは……


「志保、ものすごい勢いで走っていなくなって、言いたかったこと、何も言えなかったぞ」


「あはは……あの時、急いでいたからね」


実際のところは、風呂上がりですっぴん、ラフな服装だったので、恥ずかしくて逃げ出したのだった。


「走って逃げていく志保を見て、あぁ、俺には興味がないんだな……って分かったよ」


「あの時は急いでいただけ。別に貴矢くんのこと、興味なかったわけじゃないよ」


むしろ、私は貴矢くんを意識しすぎていた。

だから逃げ出した。


「俺さ、この大学に行けて良かったって後になってから思えた。この大学に行く運命だったんだ、って。志保のこともさ、結局、縁がなかったのは残念だったけど、そういう運命が初めから決まっていたのなら仕方ない……そう自分に言い聞かせた」


私は、あえてふざけて言ってみせた。


「あら、もったいない。私の連絡先、知ってたんでしょ? いつでも呼び出して告白すればよかったじゃない?」


「なんかさ、運命を感じたかったんだよ。この車に乗っているとき、いつかどこかで偶然、志保に会う。そんなことがあれば、それが運命なのかなって」


「ドラマや映画じゃないんだからさ、貴矢くん、夢を見すぎだよ」


私はそう言って笑った。


けれど……

私だって正直に言えば、夢を見ていた。

いつかどこかで、ばったり貴矢くんに会って、その時、ステキに変身した私を見せて驚かせるんだって……

私、貴矢くんのこと、本当は笑えない……


「私達はさ、すれ違う運命だったんだよ」


「ま、そういうことかもな」


「貴矢くんさ、もう一回、赤ちゃんの顔、見せて」


「いいぞ。志保も見せてくれよ」


お互いの子供の写真を再び見せ合った。

写真の赤ちゃんの顔も、そして、それを見る自分たちの顔も、とっても幸せそう。


「これが、私達の運命」


「そうだな。これが俺たちの運命だ」


顔を見合わせて笑った。

貴矢くんとは付き合う運命ではなかったけど、私には今、素敵なパートナーとかわいい子供たちがいる。

それは、貴矢くんも同じだろう。


同窓会を終え、私は家に帰った。

今日は懐かしい実家へと帰る。

同窓会に行っている間、子供たちを母に預けていたからだ。


「ただいま」


「おかえり~」


子供たちは走って玄関までやってきた。

そして、抱きついてくる。


「おばあちゃんのおりょうり、おいしかったんだよ! みそしる、ママのあじがした!」


「ふふふ……」


あの日、味噌なんて買いに行かせた母を恨んだものだった。

けれど、母は私の事情なんて知るはずもなかった。

あの後、母は味噌を使ったお料理をたくさん私に教えてくれた。

私は料理の腕を上げ、今は旦那や子供たちに、毎日美味しいご飯を作れるようになっていた。


これも運命だったのかな……


私は、かつての自分の部屋に入ってみた。

母はあの時のまま、部屋を残していてくれた。


机の上には、空のフォトスタンドがあった。

私は机の引き出しを開けてみた。


あの日に破いた写真が出てきた。

ジグソーパズルのように、写真をつなげてみる。


裏からテープを貼って完成。

今日の同窓会で会ったメンバーたちが、10年前の姿で蘇った。

やっぱり、この頃はみんな若かった。

貴矢くんも……私も……



部屋の外から、私を呼ぶ子供たちの声が聞こえる。



私はつなぎ合わせた写真を、そっと引き出しの中にしまった。



< 了 >


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