流れからのサークル結成


 作る前にもう一度、似たようなサークルがないか探したけど、なさそうだったので、本格的にサークルを作ることにした。

 サークル活動場所は空き部屋を借りることにした。開催は月1、2程度。サークルの種類は教養。周りが興味を引くようなテーマを決めて、各自発表内容の準備してプレゼンする学びのサークルだ。

 人数は少人数で、新規メンバーは入会希望して来たら受け入れるって形を取るつもりである。もう新歓時期もとっくに過ぎたから勧誘もできないしね。


 サークル立ち上げするのに顧問がいるとのことだったので、ドイツ語講座でよくお話することのある教授に顧問をお願いすると快諾してくれた。

 ちなみにサークル内の飲み会はなし。持ち寄りでおやつを食べる程度の出費があるくらいだろうか。



 申請してから数日後に無事サークル申請許可されたので、次の講義で会った市脇さんにサークル作ったのだと話してみたけど、参加できないからと断られてしまった。

 うん、それはわかっていたけど、秘密にすると後で知られたとき気まずいから前もって言っただけだ。


 今日もバイトで大変そうな市脇さん。今まで入っていたバイト先のシフトが減らされたから、今度は別のバイトを始めたのだと話していた。奨学金を満額もらっても、すべて学費で消えるのみ。他にもお金がかかると彼女はつぶやく。


 大変そうな彼女の前では楽しい話や明るい話をしにくくて、私は口をつぐむ。

 彼女との会話はもっぱら講義の話題になり、お互いの話をすることが徐々に少なくなっていた。



◇◆◇



 新たに立ち上げた教養サークル、第1回目の活動日は起案者である私のプレゼンから始まった。

 習っている内容でもよかったけど、どうせならあまり知られていないであろう、サバイバル方法について深堀してプレゼンした。

 もしも遭難したらどうするべきかというテーマである。


 家で作ってきたプリントを2人に配り、ホワイトボードに注釈を書き足しながら説明していく。ふたりとも割と真面目に聴き入ってくれているようだった。

 自分トップバッターだし、ウケなかったらどうしようと思ったけど、割と楽しんでもらえたみたいでよかった。


「すごいなぁ、こんなに本格的なんだね」


 途中割り込み参加した顧問の教授が感心した様子でため息を漏らす。

 記念すべき第1回目だからとお目付け役もかねて、お茶の差し入れにきていたのだが、思いのほか私のプレゼンに没頭してくれたようだ。

 楽しんでくれたならよかった。私はホッと胸を撫で下ろした。


 発表後は質問とか討論する感じなイメージでいたんだけど、最初だしゆるーい感じで持ち寄ったおやつを囲んでみんなで談笑した。

 今日は徳用のバウムクーヘンをスーパーで買ってきたのだが、お嬢様にこんなものをお出ししていいのかと私はヒヤヒヤしていた。


「ごめんねこんな安物食べさせて」


 びくびくしながら廣木さんにバウムクーヘンを渡すと、彼女は困ったように微笑んでいた。


「とんでもない、森宮さんは私のこと誤解しているみたいだけど、私は駄菓子も普通に食べるのよ」

「そうなの? 毎日高級なお菓子食べてそうなのに」

「毎日は食べないわよ」


 それを真に受けていいんだろうか。

 もしかしたら庶民に合わせようと気を遣っているだけなのかもしれないので、半信半疑で受け止めることにしておく。




「せっかくだから経済学入門についてプレゼンしようと思うんだけど、堅すぎるかな?」


 次回の発表担当の北堀くんが不安そうにそんなことを言ったので、私は彼を安心させるべくニッと笑ってあげた。


「いいね、楽しみにしてる。自分の得意で興味のあることをどんどん発表してよ」


 北堀くんの学部ではもうすでに専門科目の講義が始まっているので、ちょっとうらやましい。

 私も医学部生らしい発表がしたいけど、講義もまだだし、自信がないからまだ何もできないんだなぁ。


 そんな会話をした約半月後、第2回目のサークル活動日が訪れた。

 北堀くんはどんなプレゼンをするのかとワクワクしながら、大学からお借りした一室に訪れると、中にはすでに人影があった。

 顧問の教授はまだわかる。念のためにお目付け役として参加しているだけだろうから。しかし……見覚えのないそこのおじさんはどこのどなたなのだろう?


「ひぃ! なんで教授がいるんすか!」

「間違ったことをプレゼンしてないか確認を」


 どうやら北堀くんの知っている人らしい。ドイツ語教授が口コミでひろめ、今日の発表が経済学と聞いたからやってきたと言う。なるほど、経済学関連の教授なのだろう。


「なんで俺が発表する時に限って!? 発表しづらぁ!」

「北堀くん早く始めなさい」


 なんか教授に進行されてしまった。部長の立場は? と突っ込みたくなったけど、黙ってるが吉だ。


「指摘は発表後にお願いしますね!」


 発表の途中で突っ込まれることを恐れた北堀くんは情けない声で懇願していた。でも彼の気持ちも分からんでもない。専門の教授の前で発表するとか精神削れちゃう。

 発表後は教授からちょいちょい指摘と訂正され、北堀くんは最後らへんしょぼんとしていた。


「もっと勉強しよ……」


 小さくつぶやかれた言葉は前向きだった。

 彼のやる気に繋がったようだったのでよかったのかもしれない。



 さらに半月後に廣木さんが発表する第3回目のサークル活動日が訪れた。彼女のプレゼンテーマは筋肉とスポーツの関係について、だった。


 資料とパソコンを駆使した彼女はいつになく饒舌だった。

 スポーツ選手の怪我と実際の手術方法について説明するときはやけに目がぎらぎらしていて、いつもの廣木さんじゃなかった。


 たまげた。

 お医者家庭3世だから親に言われて渋々医学部に入ったんだろうなぁと思っていたけど、目の前で熱く語る彼女を目にしたらそんなこと言っていられなかった。

 スポーツ選手のお気に入りの筋肉部位を語られた時には目を点にするしかなかった。「この選手のヒラメ筋、素晴らしくないですか!? 私の理想です!」と言われても「お、おう、」としか返せない。

 せやな、ふくらはぎは第二の心臓だから大事やな。


「…廣木さんは筋肉好きなのかなぁ」


 同じく圧倒されている北堀くんがつぶやき、私は言葉なく頷く。

 そういえば廣木さんのお父さんは整形外科医だったな。それならこんなに詳しくて当然なのかも。


 筋肉の世界、とても興味深い。私は彼女のプレゼンに夢中になった。質問タイムではたくさん質問した。その中には廣木さんも答えられない問いもあったみたいで、お父さんに聞いて後日回答すると返された。

 そこまでしなくていいよ、とは言ったけど、彼女が謎のままにするのが嫌だからと自らに宿題を課していた。


 私、廣木さんのこと色眼鏡で見ていて彼女のことよくわかっていなかったのかもな。

 こんなに熱くなる人だったんだ。


 これこそ私が求めていたものなのかも知れない。

 流れで作ることになったサークルだったけど、なんだか楽しくなってきた。


 最初はぎくしゃくしていた私たちだったが、回数を重ねるごとに笑い声や討論する声が増えた。

 変に意識して壁があった廣木さんとも少し親しくなれた気がする。



「あの、森宮さんですよね?」


 講義の移動中に呼び止められた私は首を傾げた。

 知らない男子学生が私の名前を知っていたからだ。素朴そうな彼とはしゃべった覚えがないなぁ、誰だろう。


「なにか?」

「あの、教養サークルの部長だと聞いたんですけど……今からでも入れますか?」


 まさかの入会希望者であった。

 どこで噂を聞いたんだろう。別に目立つような行動をしていないのにどこで……

 私がぽかんとしていると、それを悪い方に受け取ったのか、「あ、やっぱりダメですよね……」と後ずさりはじめたので、私は慌てて彼の手を掴む。


「もちろん! 学びを必要としていればどなたでも歓迎します!」

「あ、どうも……」


 どこで評判を呼んだのかは不明だが、入会希望者が増えたのはいいことだ。



 7月に突入すると期末試験が行われたが、それは普通に授業に出ていればなんの問題もなくクリアできた。


 大学では順位が公表されないためわからないのだが、私の場合特待生という立場のため、何となく自分の成績の位置がわかったりする。

 単位も取得できたし、評価もよかった。特待生としての上位成績を維持できたので、私は安心して大学入学して初めての夏休みに突入したのである。

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