いろんな人が集まる場所、大学。


「森宮さーん、ここだよ」


 次の講義の行われる講堂ではすでに市脇さんが着席していた。私は一緒に来た廣木さんに「じゃあね」と小さく声を掛けてそこで別れると、市脇さんが取っておいてくれた席に座った。


「お疲れ様、市脇さん。席取りしてくれてありがとう」

「いいんだよ、森宮さんにはいつもノートや講義のデータでお世話になっているから」


 バイトを終えて出てきた市脇真歌さんはいつものラフな格好だった。彼女の手元にはエナジードリンク。飲みすぎるとあまり良くない奴なので私は普段飲まないだけど、彼女には必須アイテムになりつつある。


「大丈夫? あまり寝てないんじゃ」


 よく見なくても彼女の顔には疲労感が滲んでいる。バイトの後には勉強をしていると聞くし、あまり眠れていないのだろう。


「平気。今日朝早かったからさ」

「お昼ご飯は食べた?」

「バイト先で賄い出してもらったから!」


 彼女は講義に出席できることが嬉しいようで、ワクワクした表情で前を見ていた。

 ──こんな風にバイトに精を出しながらも学業に専念しているのは市脇さんだけじゃない。サークルに参加せず、周りの学生達が青春を謳歌している隣で、学業とバイトだけに専念する人はあちらこちらにいる。

 それは医学部に限った話じゃなく、いろんな学部にそういう事情を抱えた学生達が存在する。そういう人たちと、親のお金で悠々自適な大学生活を送って、尚且つ遊び回っている学生を見比べるとしょっぱい気持ちになる。


 私も特待生としての学費援助と、親の稼ぎで大学に通わせてもらっているので恵まれている立場なのだが……なんというか生まれによってこの後の人生が大きく左右されるよな、という世の中の不条理さに虚しくなるのだ。


 蓄積した疲労で講義中うとうとしかける市脇さんの姿を見たりすると、心配になるが、頑張っている彼女にバイトを控えろとも言えず。

 私には、彼女が出られなかった選択科目の講義内容のコピーをあげたり、わからないと聞いてきた箇所を口頭で教えるくらいしか力になってあげられない。もっと何かしてあげたいのに、それ以上のことは何もできないのが悔しかったりする。



◇◆◇



「じゃあまた明日ね!」

「うん、また明日」


 空いた暇はいくつも掛け持ちしているバイトのために駆け回る市脇さん。一緒にお茶したり、遊びに行ったり、勉強したりっていうことができないので、私はそれが少し寂しいけど、彼女は頑張らなきゃならない理由がある。

 私と同じ方向を向いているからこそ、応援するべきなのだ。

 彼女は私と同じ志を背負う、未来の医者の卵なのだから。



 4時間目は空きだけど、5時間目には講義が入っている予定なので、それまで勉強しようと私は学食に移動した。この時間帯は食事している人もいないのでがらがらに空いているのだ。


「あっ森宮さんだ! 空きなの?」


 テキストを開いて勉強を開始しようとしたら、明るい声に話し掛けられた。短い髪を明るく染めたその人は経済学部1年の北堀くん。一般教養の講義で知り合った人である。


「そうだよ、そっちも?」


 北堀くんは根っからの人懐っこいタイプだが、本能で相手のパーソナルスペースを察知して対応するので、話していて不快感になることがない。


「俺は3時間目で今日の講義は終わりなんだ。帰る前に何か食ってこうと思って」

「変な時間に夕飯食べると寝る前にお腹すくよ?」

「だって学食の方が安いもん」


 何かを注文してそれの出来上がりを待っている途中だったらしい北堀くんは私の前の席に座った。


「そういえばさぁ、森宮さんってサークルには入らなかったの?」

「うーん、医学部の中のサークルは合わなそうでねぇ」


 インカレサークルの勧誘場所でこんなことがあったんだと目の前の北堀くんに愚痴るのもあれなので事情を話すのは飲み込んだ。医学部内のごちゃごちゃを知られるのも恥ずかしいし。


「それならさぁうちはどう? 割と自由だし、楽しいよ」

「スポーツサークルでしょ? 道具代かかるの困るし、私体育会系じゃないからなぁ」


 運動より勉強がしたいので、あんまり興味ない。

 新歓時期にいろいろ見て回ったけど、興味を引くサークルがなかったし、無理して入る必要ないと考えている。


「サークルを新たに作るってのは?」

「えぇ?」


 そんなことできるの? 私まだ1年なのに?

 私が困惑の声を漏らすと、北堀くんはテーブルに肘をついて前のめり体勢になった。


「申請手順を守れば、誰でも作れるらしいよ。どんなサークルがいいの?」


 そうなんだ。

 そうか、自分で作るという手もあるのか……

 私は北堀くんの問いについて真面目に考えた。

 当初入ろうとしていた医学部インカレサークルは、医学の道を志す同士達が切磋琢磨し合う場所だと思っていたのだが、全然そうじゃなかったんだよね。私が求めていたのは、もっと知識を取り入れられる、そして人脈を広げられるようなそんなサークル。


「学びのあるサークル、かな」


 そう、私の目的は人脈と教養を深めることだった。

 間違ってもマッチングアプリもどきなサークルではない。思い出すとイラッとするが、頭を横に振って忘れることにする。


「学びかぁ……才女な森宮さんが考えつきそうな感じのサークルだね」


 うん、と頷く北堀くん。なんかからかわれている気がするが、まぁいい。どうせ真面目とかがり勉って言いたいんでしょ。


「そうだ、各自が学んだ事をプレゼンするってのはどうだろう。学部が異なれば学ぶものが自然と異なって来る。新しい知識を知るのは刺激になっていいかも!」


 他の学部の学生と交流することで世界観が変わるだろうし、刺激になると思うんだ。我ながら前向きで素晴らしいサークルなんじゃないかと思う!


「ほぉー、いいんじゃないそれ。じゃあ俺、入会しちゃう」

「え? 北堀くんすでにサークル入ってるじゃない」

「掛け持ちオッケーだから問題ないよー。どっちにしてもひとりじゃサークル活動できないでしょ?」


 面白そうだからと北堀くんが入ってくれることになった。入るのはいいけど、ちゃんと参加してくれないと困るよ。私ひとりで壁に向かって話すことになるじゃない。

 しかし2人でもサークル結成できるのだろうか……2人だとサークルですらないじゃんと考えていると、「あの」と後ろから声を掛けられた。

 ん? 話す声がうるさかったかな? と肩を竦めながら振り返ると、そこには廣木さんの姿があった。


「ごめんなさい、お話が聞こえてしまって……その、私もそのサークルに入れてもらえないかしら。森宮さんが作るサークルってなんだか趣があって楽しそうだわ」

「わぁよかったねぇ森宮さん! これで3人になったよ!」


 思ってもみない場所から参加希望者が出現し、私は本格的にサークルを作らなくてはならない空気を察知した。

 軽口でこんなんどうだろう! と発言しただけなのになぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る