(SF新人賞最終選考落選歴あり)「幸せの青い星」

牛馬走

短編

   幸せの青い星

  

プロローグ


 宇宙から地球を目にしながら、仲間の過去を受け入れていく。

 懐かしい記憶の数々。

いつだって、困難に直面していた――だが、仲間がいれば乗り越えられた。


   キャラクター1、旅立ちは遺言?


 機械の部品――ファーザーは青筋を立てて否定するが、ガラクタがその部屋の大半を占領していた。人間の鼻なら、オイルや錆びの臭いで気分を悪くしてしまう場所だ。もっとも、嗅覚の機能を持たない僕には分からない。それ以上に分からないのは、そんな臭いを好むファザーの嗜好だが……。

 狭い部屋の壁際、そこにファーザーのパイプ式の簡素なベッドがある。

 その前に、僕、デイビッド、アン、エミリーが佇んでいた。

 大柄な男がデイビー、純朴そうな田舎娘がアニー、高飛車そうな美人がエミーだ。僕も含め、皆が口を真一文字に結び眦を下げ、一様に暗い表情を浮かべていた。

 原因は、ベッドの上に横たわる小柄な白髪の老人、ファーザーだ。土気色の顔、色の薄い唇で浅い呼吸を繰り返している。ときおり、性質の悪い乾いた咳をしている。

 苦しそうだが、僕たちにはどうしようもない。ここにいるのは、お手伝いロボット、軍事用ロボット、農作業用ロボット、風俗用ロボットの四体だ。

 世界的に有名だった技術者とはいえ、専門分野というものがある。ここにいるロボットは、スクラップとしてゴミ捨て場に転がっていたのを、ファーザーが修理した者たちだ。以前の機能を完全に取り戻してはいない、不完全な代物だ。言ってしまえば、不良品。

 それでも、ファーザーは戦争で人の絶えた世界で、僕たちを家族として大事に扱ってくれた。家族だったのだ。

「は、は、は、は、は……」

 息の感覚が、どんどん短くなってきている。

僕らの父が、目の前で息を引きとろうとしていた。

 僕たちは、身じろぎもせずに無言でそれを見つめる。

「ミッキー、デイビー、アニー、エミー……」

 不意に、ファーザーが目を覚まして名前を呼んだ。

 混濁した意識から、辛うじて覚醒した。きっと、いま交わす言葉が最期のものになる。

「はい、ファーザー」

 すがりつきたい衝動を抑えて、平静を装った声で応える。

 他の三人は、痛ましげな表情をするだけで、何も言わなかった。

 ……僕たちは感情を持っている。

神経細胞回路説――神経細胞をつなぐ回路が、電気系統として記憶を担っている。つまりは、神経細胞をつなぐ回路が、外界からの刺激によって新たな回路を作ったり、既存の回路の伝達効率をよくしたりする融通性を持っている。このような新しい回路の形成が記憶の物質的記憶であると考える――に基づき、ある世代以降のロボットは創られた。

その結果、ロボットは高い自立学習能力を得た。さらには、人間と同質の記憶構造をもったことにより、感情が生じるようになったのだ。

「お前たちのお陰で、私の人生はとても幸せなものだった。ありがとう」

 顔の皺を増やして、ファーザーが笑みを浮かべた。

「でもな……」と彼の表情が曇る。

「お前たちを残していくのが、唯一の心残りだ。どうか、許してくれ、永劫に近い命をお前たちに与えてしまった私を……」

 デイビーは嫌々をするように首を振り、アニーは無言で白いエプロンの端を握った。

エミーはファーザーに悲しそうな顔を見せるのが嫌なのだろう、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。せめて、笑顔を向けてあげればいいのに。

「ファーザー、僕もあなたと過ごした時間は、とても大切に思っています。そして、その時間を与えてくれたことに感謝しています」

 僕は胸の内を滔々と語る。普段、気恥ずかしくて口にできなかった言葉が、自然と流れ出た。いま言わなければ、その機会は永遠に失われる。

「謝らないでください、ファーザー」

 僕はできるだけ優しい声音で告げ、口の端を上げて笑顔を形作った。

 ファーザーの眦に、光るものが溢れ出した。頬を伝って、枕を濡らす。

「ありがとう、これで悔いを残さず天国に行ける」

 彼は、安らかな表情を浮かべ深く息を吸う。

 ――吸った息は吐き出されなかった。

 ファーザーの瞼を閉じてあげる。

 途端、エミーが声を上げて泣き出した。嗜虐趣味の客のために、彼女には涙を流す機能が与えられている。もはや、その機能は純粋に彼女の感情の発露以外に使われることはないだろう。

 アニーは気丈にも、唇を噛んで悲しみに耐えていた。……いや、流す涙を持たない彼女はそうする以外に、激情をやり過ごす術を知らない。暴言を吐かれても言い返せない性格の彼女に、大声を上げて感情を発散しろいうのは酷だ。

 デイビーはその外見とは裏腹に、顔を覆って肩を震わせていた。

 僕は、慰めの意を込めてデイビーの肩を叩いた。

「そうだ! あたしたちも天国に行けばいんだわ!」

 不意に、エミーが叫ぶ。その表情は良い事を思いついた、と言いたげなものだ。

 天国に行く……僕たちも、死ね、壊れるということだろうか?

「エミー、気持ちは分かるけど、ファーザーはそんなことを望んではいないよ」

 優等生な意見を唱える。いつだって、僕はそうだ。

 でも、僕は過ちを犯す代わりに、正しい判断を下すことを求められ設計された。それも、僕の個性だ。

――彼女の意見に賛同する気持ちもある。でも、それはファーザーの意思を裏切ることになる。

「何を言ってるの、ミッキー?」

 エミーはきょとん、とまるで理解できないものを見る顔をした。

「…………!」

 彼女の反応に、脳裏に閃くものがあった。

 そうか、彼女は本当に『天国』という国を探そうとしているのだ。ファーザーが口にした「ありがとう、これで悔いを残さず天国に行ける」というセリフを文字通りの意味に取ったのだ。

 愕然とする。体の中で動くモーターの一つが、不協和音を奏でた。

 亡骸があるというのに、彼女は死とうものを理解していない――または拒否したのだ。それが、故障なのか、心の働きによるものか、はたまた、元から抽象的な事柄を理解する能力が不足しているのか、僕には分からない。

 だが、予想外の事態はさらに続いた。

「エミーの言う通りだ、天国を探しに行こう!」

 デイビーが、真剣な顔で賛同の意を示す。

 恐いほどに彼の目は本気だった。「どうして……?」という質問をできる雰囲気だ。

 多分、彼がエミーを愛しているからだ。

ここに人間がいれば笑い出すだろう。「ロボットが愛だと?」と。

だが、彼は本当に彼女を大切に思っている。例え、それがプログラムのバグでも……本物だ。

「私も、エミーの意見に賛成。ここにも、もう住めない。……だって、ここには思い出が染み付きすぎてるわ」

 アニーまでも、エミーの意見を肯定した。

 彼女の意見には賛同できる部分がある。確かに、ファーザーとの思い出が詰まったこの家で暮らすのは辛い。

「そうだね」

 僕も、最後には肯いた。

 それぞれの思惑は違うが、意見は一致した。


キャラクター1、私たちの旅


 ……Now loading.

 僕は――私は、エミリーの言葉を真に受けた訳ではない。

 そして、彼女の真意も分からない。

 それでも、家族が離れ離れになるのは嫌だった。

 私たちの旅はいくつかの幸運に恵まれ、概ね順調に進んだ。

 旅の交通手段は、「イージス艦」だった。ファーザーの家は海辺の町にあり、軍事基地に寄り添う形で発展した土地だったのだ。

 打ち捨てられたイージス艦、それをミッキーとデイビーが数週間の時間をかけて修理した。

 ――そして、いま、私たちは広大な洋上の上にいる。周囲三百六十度、すべてが海水だった。完全な防水加工が施されたデイビー以外、死へと繋がる場所だ。生物の生命の源は、私たちには猛毒だ。

 それでも、艦橋に立つと気持ちがいい。開放感がある。

 私たちの乗る戦艦は、クジラに似たフォルムをしていた。だから、

 ――海面から噴水のように水が舞い上がった。クジラが仲間と間違えて寄ってくるのだ。

「残念ね。お仲間じゃないのよ、私たちは」

 微笑ましい気分で呟く。

 ――ドオォォォォォォン。

 海面が再び吹き上がった。だが、それはクジラのものではなかった。

「何、何が起きたの?」

 紅い花が水面に咲いていた。クジラが血を流して動かなくなっている。無残にも、側頭部が砕けていた。

 ――続いて、艦内警報が鳴った。

 その音を聞きながら、私は走った。扉をいくつも潜り抜け、操舵室を目指す。軍用ロボットのデイビー以外、無線通信が組み込まれていないため連絡ができない。

「何が起きたの?」

 操舵室の扉の開けて、開口一番叫んだ。

「無人潜水艦が攻撃してきた!」

 デイビーが険しい顔で言った。

 操舵室には、ミッキーとエミーも顔を揃えている。

 警報が鳴りつづけていた。

 モニターを覗きこむと、敵影はなおも追ってきている。

「皆、配置につくんだ」

 ミッキーが冷静に指示を飛ばす。

 私は、各種レーダーを操作する席についた。間に合わせではるが、イージス艦操作のプログラムはインストールしてある。

「何で、人間は滅んだのに、潜水艦が動いてるのよ!」

 エミーが悲鳴を上げた。

「正確には、まだ滅んじゃいない! それに、無人潜水艦は出された指令に従って動く。その指令が例え百年前のものでも、実行し続けるんだ」

 専門家のデイビーではなく、ミッキーが応えた。

 軍事用ロボットだというのに、デイビーは浮き足立っている。もしかしたら、戦闘そのものが初体験の可能性もあった。

「敵潜水艦から、熱源複数接近よ!」

 私は、レーダーの画面を見つめて声を上げる。

 ミッキーが囮を発射し、デイビーが艦を操作して回避を計る。

 ――数発の魚雷は囮に引っ掛かり誤爆した。

 一発が、それでも艦に向かってくる。

「クソォ!」

 デイビーが必死に艦を操った。

 ――爆音。

 イージス艦が揺れる。

……直撃ではない。

「これでも食らいなさい!」

 エミーがお返しに機雷を散布した。

 艦は高速離脱する。この艦は高速航行可能な型だ。

 十数秒後、

 ――爆音が響いた。

「……敵潜水艦、沈黙」

 私は安堵の息と一緒に吐いた。

 このまま、戦争の遺産と戦闘を繰り返すことになれば、無事ではいられないかもしれない。


   キャラクター2、あたしは、あたし


……Now loading.

 (僕は)――あたしは、風俗用のロボットだというのに、虫の知らせというものを感じることが多かった。心を持ったロボットは数限りなくいるが、第六感までも備えたものは恐らくは世界にあたし一体だけだろう。

――そして、嫌な予感は例外なく当たる。

 その日も、海を眺めていたら、胸の内を虫が這い回るような感覚が走った。

「何かしら?」

 水平線に視線を走らせる。

「あれは……?」

 遠すぎてはっきりとしないが、ゴミみたいな物が波間に漂っている。板切れにこびり付いたボロ布の塊、そんな風に見えた。

 ……じっと目を凝らして、観察し続ける。

「人間?」

 それは、粗末なイカダに髪の毛が伸び放題で、薄汚れた格好の男が乗っていた。

 放ってはおけない。でも、男の姿が確認した途端、嫌な予感はさらに強まっていた。

「しょうがない……」

 あたしは、デイビーたちを呼びに走った。

 艦を停止させ、操舵室から皆で甲板に移動する。

「本当に人間だ……」

 デイビーが茫然と呟いた。

「ぼーっとしてないで、ボート下ろして助けに行くよ!」

 ミッキーが艦備え付けのボートを海面に下ろす。

 デイビーも慌ててそれを手伝い、二人でボートに乗り込んだ。

「気をつけてね」

 アニーが心配そうに声をかけた。

 ……あたしは、アニーが嫌いだ。のろまな癖に、一生懸命で――とにかく大嫌いだった。

 二人が慣れないボート漕ぎに四苦八苦しながらも、着実にイカダに近づいていく。

 やがて、男を回収し、彼らは艦に戻ってきた。

 デイビーが男を背負って、上がってきた。

「こいつは生きてるぞ」

 デイビーはあたしたちに向かって言った。

 ミッキーも甲板に上がってくる。

「でも、例のウイルスで死にかけてる」

 ミッキーが、諦めの混じった声音で告げた。

 人類は、大戦で核、化学、生物の三つの兵器を用いて自滅した。正確には、自滅の道を歩んでいる。

 皆でぞろぞろと男を担いだデイビーと一緒に医務室に向かった。

 医薬品があっても効果がないため意味がないが、病人を寝かせるようなベッドは医務室にしかない。男を運び込む。

 とりあえず、交代で男を見守ることにした。

 あたし、デイビー、ミッキー、アニーの順だ。

 あたしたちにできるのは、男の死ぬまで近くで見ていること。

「…………」

 あたしは丸椅子に座り、無言で男を眺めた。

 顔やボロボロの服のからのぞく手足は垢が層をなし、顔中を不精髭が覆っている。髪もフケだらけで、伸びきっていた。不潔で汚い。

 他の三人と違い、あたしは男がどうなろうが知ったことではなかった。

 ……人間なんて、ろくなものじゃない。

 それが、廃棄されファーザーに修理されて意識を取り戻すまでの、あたしの人に対する認識だった。

 風俗用のロボットとして、人間の醜い面ばかりを見てきた。人ならばともかく、ロボットに対して優しさを示す男などいない。

 ファーザーは、下心もなくあたしに優しくしてくれた。

 ――でも、人間が馬鹿な戦争をしていたせいで、ファーザーは死んでしまった。

 結局、彼のせいで払拭されそうになっていた人間への嫌悪感は、消えずに残っている。

 ――ピクリ、男の瞼が痙攣した。

 男が目を開く。

 やがて、焦点を結んだ目で部屋を見回した。

 男の視線が、あたしを捉える。

 ――男が下卑た笑みを浮かべた。

「お前、風俗街で抱いたタイプと一緒の風俗ロボットだな。見覚えがある」

 男はふらつきながらも立ち上がる。

 あたしに近づいてきた。

 汚い手が、肩に触れる。

「嫌……」

 人間なら、鳥肌が立つような不快感が込み上げた。

「何、言ってんだよ、それがお前の仕事だろ!」 

 どこにそんな力が残っているんだという力で、奴は掴みかかってくる。男の手が体の表面を這い回る。

――医務室の扉が開いた。

 デイビーだった。彼は、驚愕に目を見開く。

「おい、何してんだ!」

 デイビーは状況を把握すると、奴をあたしから引き離した。

 彼は男を締め上げる。

「止めて、デイビー!」

 あたしは悲鳴を上げる。

 奴の心配などしていない。ただ――。

 男はじたばたともがいている。

 ――ゴキ。

 奴の首の骨が折れた。動かなくなる。

 そして、

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 デイビーが悲鳴を上げた。

「デイビー!」

 あたしはデイビーに抱きついた。

「デイビー、デイビー、デイビー――!」

 名前を連呼する。

「アアアアア、アア、エ、ミー、アア、俺は、アア、お前の、ことが、アア、好きだ、アアアア!」

 悲鳴の合間に、愛の告白を口にした。

「あたしも……あたしもだから、デイビー! お願い、壊れないで、死なないでえ!」

 必死に呼びかけた。

 でも――

「アアアアアア、アア……」

 呆気なく、彼は動かなくなる。

「デイ、ビー……」

 あたしは動かなくなっても、彼の体から離れなかった。

 頬を涙が伝う。

 それは、あたしが風俗用のロボットとして作られた証だ。

 いままで、自分の涙が嫌いだった。

 ファーザーの死を悲しんで涙を流したときも、眦から流れる液体は憎かった。

 でも、この瞬間だけは、製作者に感謝しよう。

 彼の死を悼んで、涙を流せることを。


   キャラクター3、地獄とはどこか


 ……Now loading.

 %#@¢§∴∞……(僕は)――俺は軍事用に開発され、量産されたロボットだ。製造番号B66―66。名前などなかった。製造番号で呼ばれるか、数字の偶然でつけられた「デーモン」というあだ名で呼ばれていた。

 その名の通り、俺は悪魔のように、過酷な戦場を生き延び続けたのだ。

 あるとき、作戦で某国の首都に攻め入ることになった。


 正確無比の空爆が、敵の防衛ラインを寸断していく。

 爆発の中を、弾丸のように駆けていく。爆風などもろともしない。

 孤立した人間の兵士を、

 ――銃撃、銃撃、銃撃、銃撃。

 銃弾の雨を浴びせ、射殺していく。簡単な作戦だった。

 血しぶきの花火をいくつも咲かせ、死体、瓦礫、血溜まりを踏み越える。煙と炎に彩られた街は、それ自体が何かの合図、狼煙を連想させた。

 住宅街の地区の路地を駆けていく。女子供が逃げ惑っていた。

 ――俺は足を止めた。

 眼前に、自動小銃を胸に抱いた幼児が立っている。

 俺の中のプログラムが、判断に迷い、さらなる詳細な情報を求めた。

 幼児は足をガクガク震わせ、一向に銃を向けてくる様子はない。

 頭の中のプログラムが、悲鳴を上げる。こんな状況はプログラムの中になかった。

 武器を持っているというのに、それを向けてくるでもなく、かといって逃げる訳でもない――大量生産の低品質の俺には、こんな状況を想定したプログラムはインストールされていない。

 硬直したまま、幼児と向き合う。

 周囲では怒号と銃弾が飛び交い、炎が燃え上がっていた。

 ……結局、俺は幼児を無視して走り出した。


 ――いま、ファーザーにデービッドという名前をもらい、戦場とは無縁な生活を送っている。

 俺に愛する人ができた。同じくファーザーの手によって再び命を吹き込まれたエミリー。

 彼女を愛するようになり、あのとき子供を撃たなくよかったと思うようになった。

 例え、この命を投げ捨ててでも、俺はエミリーを傷つける全てのものから守ってみせる。


   キャラクター4、老人介護

 僕はかつて、老人ホームにいた。ファザーに修理されて目覚める前の話だ。

 そこは、小高い丘のうえにあった。本当は、相当海抜の高い土地だったが、戦争で使われた兵器のせいで南極の氷が溶け、海面が上がってしまった――という話をホームの老人の一人から聞いた。何でも彼は、戦争の指揮を執っていたらしい。

 話相手になっていたのは、この元軍人の老人ぐらいだった。

 その老人ホームの老人は、大半が認知症を発症していた。延命技術は、かつてに比べて飛躍的に向上しているが、老化を完全に止める技術は発見されなかった。

 老人ホームで、僕は何の希望も、家族も――記憶さえもない老人たちを無意味に養っていた。オシメをかえ、風呂に入れ、食事をさせ……。

 その場所を訪れる者はいなかった。

 老人たちの家族が非情な訳ではない。彼等は、既に死んでいたのだ。

 街に落ちた生物兵器のカプセルのせいで……。

 それらのウイルスは、老人には感染しなかった――結果、死を待つばかりの人間が生き残るという皮肉なことが起こったのだ。

「なんで、私たちは生きていたのだろうな?」

 元軍人が最後に息を引きとった。白いカーテンが風に揺れる、温かな日だった。

 そして、僕は死に場所を求めて旅に出たのだ。

 海辺の町で動かなくなったところ、ファーザーに拾われ、家族を手に入れた。生きる目的を手に入れた。


   エピローグ

 僕は、とある島にたどり着いた。

 ……そう、僕、だ。

 数々の戦争の遺産、生き残った人間――それらと争う内に、エミリーとアニーは死んでしまった。

 戦艦を沖に停泊させ、ボートで島に上陸した。

「た・ね・が・し・ま――種子島か」

 お手伝いロボットである僕には、世界中の言語が記録されている、日本語であろうと、簡単に理解できる。

 旅の目的はとうに失っていた。

 天国を探すと言い張っていたエミーはいない。

 苦楽を共にする仲間もいなかった。

 僕は、迷子だった。世界を舞台にさ迷っている。

 島を探検する。

 下草を掻き分け、歩いていく。

 やがて――

「ロケット……?」

 円錐形の胴体に、数枚の翼をつけた機械がそびえていた。

「天国か……」

 昔、人類は空の上に天国があるとしていた。

「空からなら、天国が見つかるかな?」

 おどけてみるが、

「…………」

 反応などあるはずもなく、虚しいだけだ。

 だが、口にした考えは案外悪くない気がする。

「よし……マニュアルでも探してみるか」

 ロケットの向こうに見える基地らしき建物を目指して歩いた。


 ――そして、いま僕はロケットの操縦席にいる。

 幸い、マニュアルのプログラムが基地に完全な形で保存されたいた。それをインストールしたのだ。

 全ての操作を終え、ロケットが激しく振動し出す。

 轟音を立て、ロケットが宙に浮いた。

 体がシートに押し付けられる。

 あっという間に、周囲の景色が移り変わっていく。

 青空が迫り、去って行った。

空気の層を突き抜け、やがて、宇宙の暗闇にロケットは飛び出した。

燃料の噴射が終わり、宇宙空間を漂う。

「あ……」

 ロケットの向きが変わり、地球の姿が目に入った。

 戦争で緑地の大半を失った地球は、緑の星ではなくなっている。

 だが、それでも――

「美しい……」

 茫然と呟いた。

 臭い、自分でも分かっているが、こう思ってしまう。「天国は自分たちが立っていたこの星ではないか」と……。

「幸せの青い鳥か、ふふ」

 おかしくて笑いが漏れた。

「あはははははははははははは……」

 笑いは段々と大きくなっていく。

「はは、はは、は?」

 頬を伝っている液体の存在に気づいた。

「何だ?」

 頬を指の腹で拭う。それを顔の前に掲げる。

「涙……?」

 透明は雫が指を湿らしていた。

「そうか……そうなんだ……」

 何が「そう」なのか、自分でも分からない。

 オイル漏れ? でもそんなのは味気ない。奇跡だと思いたい。

 不意にあることを思いついた。

 ポケットの中の記録媒体と取り出す。これには、デイビー、アニー、エミーの記憶とそれに付随する感情が記録されているのだ。

 自分にそれをインストールし、死んでしまった仲間にこの光景を見せてやりたかった。人格が記録されている訳でもないため、厳密にはそんなことはできない。

 それでも――。



 僕は、私は、あたしは、俺は――皆の記憶を見終えた。

 そして、私たちは青く美しい星を眺めた。

「天国はここにあった」

 シートベルトを外し、椅子を蹴って窓に近づく。

 地球に手を伸ばした。

                                       了

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(SF新人賞最終選考落選歴あり)「幸せの青い星」 牛馬走 @Kenki

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