3-5【ロントゥーサ沖の決戦】
上空で、二匹の怪物が爆散する。
アデーレは爆炎の中から飛び出し、そのまま埠頭近くの倉庫の屋根に着地した。
埠頭の方を見ると、兵隊が怪物達に苦戦を強いられているようだ。
「数が、増えてる?」
最初は二十匹ほどだったはずの怪物は、四十近くまでに増加している。
一体どこから現れたのか。アデーレが港の周囲を見渡す。
「アデーレ、海だ!」
ロックンに言われ、アデーレが海面に視線を向ける。
港から百メートルほど離れた深場だろうか。
青い海面に、黒い影のようなものがうごめいているようだ。
海藻が茂っているだけに見えたが、それは港に向けて少しずつ移動している。
「あれは……」
アデーレが目を凝らし、影の正体を見極めようとする。
その瞬間、影の上部から水柱が立ち、空中に巻貝らしきものが射出される。
数は五つ。殻は放物線を描きながら、港の方へと飛んでくる。
「まずいっ」
屋根を蹴り、飛来する殻めがけて再び跳躍するアデーレ。
構えた大剣の刃が、炎を
アデーレと貝殻の距離が、一気に縮まっていく。
纏う炎が、十数メートルほどの炎の刃となる。
それを空中の殻に向けて、全力で振り抜く。
「吹っ飛べっ!」
炎の刃は五つの殻を飲み込み、殻は火の玉となって海に撃ち返される。
水平線に五つの水柱が立つ。
直後、再び影の方から殻が発射される。
今度は十個以上飛来するのが確認できた。
「ちょっ、多いって!」
剣を二、三度振り、同じように殻を打ち返す。
しかし、射出される勢いに収まる気配はない。
アデーレは地上に殻が落ちてこないよう、何度も殻を打ち返していく。
「ロックン、アレ何なのっ!?」
剣に向けて、アデーレが尋ねる。
「侵攻型の魔獣だろうね。ああやって兵隊をどんどん送り込んで、敵の領地を奪うって寸法さ」
「送り込むって、さすがに吐き出すにも限界があるんじゃないの?」
「数百数千を抱えて奇襲してくる奴もいるから、期待しない方がいいよ」
無慈悲なロックンの言葉に、眉をひそめるアデーレ。
そうこうしているうちに、次々殻がロントゥーサの港に向けて発射される。
「こんなのキリがないって……」
空中で剣を振り続けるアデーレ。
その姿は、地上にいる人々にはどう映るだろうか。
これ以上目立つのは、今後の活動にも支障が出るかもしれない。
それに、アデーレ自身の体力にも限界がある。
出来る限り早く決着を付けなければならないだろう。
「ロックン」
「なんだい?」
「この剣、水中でも使える?」
「フラムディウスは火竜の力の片鱗だよ。多少能力は制限されるけど、水程度では消えないさ」
この剣がフラムディウスという名前だったことを、アデーレはここで初めて聞かされた。
だが、それは大したことではない。
炎の大剣が水中でも使えるのならば、アデーレがやるべきことは一つだろう。
フラムディウスを両手で構え、軍艦の煙突に着地するアデーレ。
その場で膝を曲げ、両脚に力を込める。
「なら……」
水面めがけて、真っ直ぐ跳躍する。
「大本を叩く!」
踏み込みの反動で、船が大きく揺れる。
甲板にいた兵士達は、振り落とされぬようその場にかがむ。
放たれた矢のように跳び出したアデーレの身体は、怪物の本体であろう影の方へ真っすぐ進む。
アデーレの目に、水面下に潜む怪物の姿が映る。
瞬間、彼女の体が水面を貫いた。
アデーレの体が、一気に海中へと沈む。
体にかかる水の抵抗は力により軽減され、呼吸にも問題はないようだ。
だが、目の前に映る光景に、アデーレは声を漏らす。
「うわ……」
海中に沈む影の正体は、五十メートルはあろうかという円錐状の貝だった。
表面には等間隔に五メートルほどのとげが並び、一部は穴の開いた煙突状になっている。
魚雷でも発射しそうなその煙突から、地上に向けて小型の魔獣を発射していたのだろう。
言うなれば、こいつは兵隊を運ぶ潜水艦だ。
その時、目の前の巨大な魔獣が、鋭い先端部を海面に向けて立ち上がる。
蓋を開いた底部からは、巻貝の本体である軟体生物が姿を現した。
「来るぞ、アデーレ!」
叫ぶロックン。
直後、巨大な貝殻がアデーレにめがけて倒れ掛かってくる。
アデーレは貝殻を冷静に剣で受け、左側に受け流した。
殻から伸びる煙突状の筒が、アデーレの方を向く。
その穴から、大量の触手が出現し、アデーレ目掛けて襲い掛かった。
「うっ!」
両手で剣を構えた姿勢のまま、手足や体、首を触手で拘束されるアデーレ。
アデーレの自由を奪った触手は、彼女を引きずり込もうと穴の中に戻っていく。
穴の奥には、無数の歯の生えた口のような部分が確認できた。
「そんなところに口あるの!?」
「言ってる場合じゃないよ、アデーレっ」
剣が赤く輝き、オーラが推進力となり放出される。
何とか捕食されぬよう抵抗するが、触手の引き込もうとする力は強く、徐々に引き込まれていく。
これが能力の制限かと、アデーレは舌打ちをする。
「アデーレ、剣に鍵を差し込めそうかい?」
「くっ……な、何とか」
「それじゃあ、この鍵を剣に。急いでッ!」
ロックンに促され、剣から左手を離す。
その直後、左手の中で光が出現し、鍵の形へと変化する。
変身の時に使う鍵とは違い、黄金色の雷雲が描かれている。
同時に竜紋の口が開き、鍔に隠された鍵穴が出現した。
「僕の上司の旦那から借りた力さ。変身には使えないけど、力の解放くらいには使えるよ!」
「神様の序列を職場みたいに……ああ、くそっ!」
見た目や上司発言から、アデーレにはこの鍵の力が何なのか、大体理解が出来た。
確かに現状打破には最適な判断だが、この力を使うことで自分にダメージが来るのではという心配が頭を過ぎる。
しかし、もはや化け物の口はすぐそこだ。
アデーレは覚悟を決め、かろうじて動く左手で鍵を鍵穴に差し込む。
そして強く目をつむり、鍵を回した。
剣から伝わる、電気の感触。
それは一瞬にして全身を巡り、アデーレの手が小刻みに震える。
まるで、電気がアデーレの体中に蓄えられているかのような感覚だ。
しかし体はすぐさま限界を迎え、そして……。
重い爆発音がロントゥーサ沖の海中に響き渡る。
同時に、金色の閃光がアデーレを中心に放出。
その衝撃は拘束していた触手全てを吹き飛ばし、怪物の強固な殻の一部に大穴を開けた。
穴の中には、触手か内臓かも分からぬ肉塊がうごめいていた。
「やっぱり電気だ……」
「解放されたからいいでしょ。それよりほら、今すぐトドメを!」
全身にしびれを感じるアデーレ。
手にする剣を見ると、いつもの赤いオーラではなく、金色の光が刃から放たれている。
アデーレは痺れて不自由な体を無理やり動かし、切っ先を殻の内部に向けて構える。
「これで……」
剣から放たれる衝撃。
それが推進力となり、アデーレの体は目の前の肉塊めがけて放たれる。
「終わらせる!!」
切っ先は瞬きする間もなく肉塊に突き刺さる。
それでもアデーレの身体は止まらない。
切っ先が硬い物を破壊する感触が手に伝わり、先ほどの場所とは反対側の地点に彼女の姿があった。
雷撃の力を得たフラムディウスが、巨大な怪物の身体を一直線に貫いたのだ。
アデーレの背後で、複数の爆発音が響き、水圧が彼女の背中を押す。
魔獣の本体各所から金色の光あふれ出し、膨張を始める。
背後を確認し、慌てて水面へと脱出するアデーレ。
今日一番の水柱が立ち上ったのは、アデーレが空中へと脱出した直後の事だった。
「……ふぅ」
一息つき、剣を下ろすアデーレ。
今更になって、これだけ派手に動いても帽子が脱げていないことに気付いた。
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