2-6【正体を明かさないのはお約束です】

 普段ならば多くの人で賑わう大通り。

 だが、怪鳥の出現によって人々は逃げ出し、アデーレの手によって怪鳥が倒された後は、周囲を静寂が包み込んでいた。


「そういえば、これってどうやれば戻れるんだろ」


 自身の髪を手にし、それを見つめるアデーレ。

 いくら確認してみても、見慣れぬルビー色の髪が目に映る。

 服も変身後の状態から変わらず、このままでは嫌でも注目を浴びてしまう。


「そうだ、あの子は……」


 髪の毛を手放し、助けた少年を探してアデーレが振り返る。

 荒れた通りに少年の姿はない。

 既に逃げたのかと考えたアデーレだったが、少し離れた所にある店舗から人の気配を感じる。

 そちらを確認すると、軒先に置かれた樽の裏から、こちらを覗き込む少年の姿が確認できた。


 見たところ怪我している様子もなく、胸を撫で下ろす。

 そして、目下の問題である変身状態の解除方法を改めて思案する。


 まず注目したのは、最初に手にしたあの錠前。

 しかし変身後はどこにもその姿が確認できず、代わりに目を向けたのはどこからともなく現れた大剣。


(やっぱり、これがあの錠前なんだろうけど)


 竜紋のつばをじっと見つめる。

 錠前の名残はあるのだが、差し込んだ鍵どころか鍵穴も見当たらない。


(動きそうな場所はないし、どうしたら……)


 大剣を掲げ、竜の顔と鼻を突き合わせるアデーレ。


 作り物のはずの目が、ギラリと輝いた。


「やあ、お疲れアデーレ」


 沈黙。

 直後、自分を呼んだ相手を探すために周囲を見渡すアデーレ。

 変わらず人影はない。隠れている少年も、相変わらず同じ場所にいる。

 大体、初対面の少年が自分の名前を知るはずがない。


「いやいや、こっちだよこっち!」


 ここに来て更におかしなことが起きたと、アデーレがため息を漏らす。


「なんだよぉ、ため息はないだろため息はー」


 もう認めるしかない。

 目の前の剣が喋っている。具体的には竜の飾りが、だ。


 アデーレは改めて剣と向かい合う。


「あー、どちらの怪物様?」

「怪物じゃないって! これは君の魂の半分を利用して作った依り代だから!」

「魂の半分って……すごく危険な響きなんだけど」

「大丈夫大丈夫。君は転生者だから、元の魂とこちらの人間の魂が融合してて大きいんだよ」


 アデーレの眉間にしわが寄る。


「えっと……こっちの事情知ってるみたいだけど、つまりそれって私が誰かの魂を乗っ取って転生したってこと?」

「ああごめんごめん、そういう事じゃないから安心して。複雑だから説明は省略するけど」


 彼女からすれば極めて重要な話なのだが、今その話を突き詰めても仕方がない。

 今は誰かを犠牲に、自分が転生したわけではないという話を信じるしかないだろう。

 深いため息をつきながら、アデーレは自らの体に視線を落とす。


「じゃあ、とりあえず元の姿に戻してほしいんだけど」

「え? 似合ってるし、このままでいいんじゃないかい?」

「似合ってる……」


 急なお世辞に、照れくさくなったアデーレが目を逸らす。

 褒められること自体、嫌な気はしなかった。

 だが現代日本人の感覚からすると、今の格好にコスプレ感があるのは否めない。

 いや、この世界においても、日常的にこのような恰好をすれば確実に好奇の目で見られる。


 人前で目立つ格好など、アデーレからすれば辱め以外の何物でもない。

 アデーレははっきりと断るため、咳払いをした後改めて竜の飾りと向き合う。


「でも、私にも普段の生活っていうのがあるから」

「なるほどねぇ。まぁ、僕もこの姿じゃ動きにくくて仕方ないか」


 そう言うと、喋る剣がアデーレの手から離れ、宙を浮く。

 竜紋の口元から金属が動く音がすると、刃の部分が赤いオーラへと変化し、アデーレの身体もオーラに包まれる。

 全てのオーラが消失すると、剣のあった場所には錠前が浮いており、アデーレの姿も元の私服姿に戻っていた。

 髪もちゃんと、母譲りの見慣れた黒髪に戻っている。


「良かった、ちゃんと戻れた」

「あのままでもいいと思うけどなぁ」

「あんな派手な髪色になってたら、知ってる人が心配するよ」


 「そういうものか」とぼやく錠前。


「ああ、ちょっと待ってて」


 アデーレがそう言うと、振り返って少年の方へと歩み寄る。

 近づいてくる彼女を、少年は恐怖と好奇の混じった複雑な表情で見上げる。


 そんな少年を怖がらせぬよう、少年の前に立ったアデーレは、彼と目線を合わせる為その場にしゃがむ。


「えっと、怪我はない?」


 アデーレの言葉に、頷くことで答える少年。


「そっか。ご家族は大丈夫?」


 少年が二度頷く。


「良かった。それじゃあ、ええっと……」


 少しでも少年を安心させるため、アデーレが出来る限りの笑顔を浮かべる。

 そもそも子供の相手に慣れていない彼女の笑顔は、誰がどう見てもぎこちないものだった。

 それでも、精一杯のその笑顔を見て、少年は表情をやわらげた。


「私が変身したことは……秘密にしておいてくれないかな?」


 それは、変身する戦士のお約束という奴だ。

 こうでも言っておかなければ、狭い島では一日も経たずにアデーレの変身が周知のものになってしまう。


 苦笑するアデーレを前にして、少年の緊張もほぐれたようだ。


「うん。ありがとう、お姉ちゃん」


 首を縦に振りながら、恥ずかしそうな笑顔で礼を言う少年。

 そんな彼を見て、アデーレはほんの少しだけ、力を得たことを嬉しく思うのだった。

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