第15話 イジメっ子襲撃

 あいつらの待ち伏せに気づけたのは、呪詛が見えるようになったおかげだった。下校時間に、物陰から漏れ出て揺らめく呪詛が、そこに誰かがいることを知らせてくれたのだ。


 しかし、あいつらが振り下ろしたホウキが見えなかったのも、また呪詛が見えるようになったからだった。


 いきなり顔面を横殴りされて、視界がぶれる。


「きゃああああっ!」


 近くを歩いていた下級生の悲鳴を聞きながら、地面と激突する衝撃に身構えた。


(あれ?)


 殴られて倒れた場合、固い地面が凶器に変わる。生前、いじめで何度か経験した。なのに――


(痛く、ない?)


 ギュッと閉じた目を開けると、目の前に目を閉じた文佳ちゃんの顔があった。一筋、血が頬を流れ落ちる。強烈な違和感に身がすくんだ。


「学校にチクりやがって! ちょっとかわいいからって、調子乗ってんじゃねぇぞ」


 モヤは、文佳ちゃんの身体に蹴りを入れる。痛くないし、僕はそれを横で見ている。何があったかはわからないが、それを横で見ているということは、僕が文佳ちゃんの身体から弾き出されたということだろうか?


「あんたら何してのよっ!」


 そこに月夜ちゃんが駆け寄ってきて、スカートのまま黒いモヤに飛び蹴りを入れる。


「グア」


 蛙が潰れるような声を上げて、黒いモヤにしか見えないイジメっ子は地面を転がった。その後ろには、モヤが四つ。

 異様に濃い呪詛が、うねって何かの形を取ろうとしている。


「密倉さん! 大丈夫」


 文佳ちゃんが、月夜ちゃんに揺すられて、眉間に皺をよせる。そして、呻きながら目を開けた。

 僕は今、離れてそれを見ている。では、目を開けたのは誰だろう? ばあさんの話だと、文佳ちゃんの魂は悪霊に喰われたのではなかったか。


「いたたた」


 文佳ちゃんが僕の目の前で、出血する頭を押さえながら起き上がる。身体を動かしているのは僕じゃない。じゃあ、あれは誰だ。


「いい加減にしなさい。人を何だと思ってるのよ」


 その言葉は、僕にも向けられていそうな気がする。文佳ちゃんは、つかつかと無造作にまだ立っている方のイジメっ子に歩み寄り、ホウキを握った手を掴んだ。


「え?」


 グルン、と黒いモヤが一回転して、二人目が地面に転がった。


「この野郎!」


 黒いモヤが怒声を発しながら文佳ちゃんに突っ込んで、しかし文佳ちゃんは一歩だけ動いてホウキをかわした。


「ねぇ。黙って見てるんじゃなくて、手伝ってくれない? 一人じゃ無理っぽいんだけど」


 文佳ちゃんは月夜ちゃんを見て、僕を見た。確かに僕が見えているようだ。つまり、これは僕への指示でもあるわけか。


「わ、わかったわ。あなたたち、先生を呼んできて」


 口を押さえてへたり込んでいる下級生の女子に、月夜ちゃんが指示を出す。それから拳を固めて構えをとった。


「少林寺の先生、けんかしたら破門って言ってたっけ……」


 イジメっ子たちの黒いモヤが、揺らいで煙のように流れていく。モヤが薄れて、イジメっ子たちの怯えた顔が一瞬見える。


 そこで気づいた。イジメっ子たちは四人。しかし、黒いモヤは五つ。数が合わない。


「因!」


 また幽霊になってしまったけど、ばあさんに教えてもらった術はそのまま使えるようだ。動揺して少し薄くなった呪詛のモヤを、術でイジメっ子たちから引き剥がす。


「一閃!」


 僕の術は、急に突進してきた黒いモヤに阻まれて、途中で消えた。引き寄せようとした呪詛は、突進してきたモヤにパクリと食われる。


「狐?」


 突進してきたモヤは、いつの間にか狐の形を持ち始めていた。凶悪そうな狐だが、なぜかサイズが異様に大きい。大型犬よりさらに大きそうだ。

 狐は僕の術を警戒したのか、大きく飛んで距離をあけてくる。


「あんたら、恥ずかしくないのっ!」

「ヒ、ヒィ」


 名は体を顕わさない。静かな夜をイメージさせる月夜ちゃんは、モヤから解放された三人目のイジメっ子を、かまわず殴り倒す。モヤが晴れたので、殴られる瞬間のおびえた顔がハッキリ見えた。


 ホウキがイジメっ子の手中からすっぽ抜けて、きれいな弧を描いて飛んでいく。


「だああああっ、、、あっ」


 別の一人が起き上がって文佳ちゃんに再突撃し、また優しく地面に転がされる。


「すごーい。それ、合気道っていうんだっけ? 魔法みたいだね」

「そう?」


 女子二人に良いようにされるイジメっ子たち。鍛錬もしていないのだろう。ホウキを振りかざしていても、まったく通用する気配がない


 一方、狐も慌てた様子はなく、甲高い鳴き声をあげてから、ゆっくりと周囲を見回してか、転がされたイジメっ子に足をかけて、腹に口をつけて何かを啜りはじめる。


「一閃!」


 狐の鳴き声に誘われたのか、形を取り始めたモヤが集まってくる。僕の術は扇状に広がって、あっという間にモヤを消滅させていく。

 狐に啜られていたイジメっ子は、急に我に返って泣きながらキョロキョロしはじめる。

 最後まで立っていたイジメっ子は、一閃で黒いモヤが晴れても、ホウキを構えたままだ。我に返りつつある他の子たちとは、少し様子が違う。


「ねぇ。先生来たら終わりだけど、どうする」


 ホウキを構えているのは最後の一人だけ。しかし、彼は不敵に笑ってみせた。


「俺のじいちゃんは密倉不動産の社長なんだ! お前らなんか、俺が言いつければ、この街じゃ暮らせないんだからな!」


 その場を、沈黙が支配する。文佳ちゃんと月夜ちゃんが顔を見合わせ―――


 思いっきり吹き出した。

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元いじめられっ子の僕、大物霊媒師に愛され転性者となる hisa @project_hisa

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