第六話「平和に過ぎる夜会」

「今日はいよいよ夜会当日ですね、カルロ様」

「そうね、ヴァレッタ」

 ルームメイト兼侍女のヴァレッタと話しながら廊下を歩いていると、前方から銀髪の女子生徒が歩いてきた。リルカだ。

「ごきげんよう、カルロさん」

「ごきげんよう、リルカ様」

「ちょっと話がありますの。二人で話せないかしら?」

「わかりましたわ。ヴァレッタ、あなたは先に行っててちょうだい」

「かしこまりました」

 ヴァレッタがいなくなると、リルカは私の耳元に口を近づけ囁いた。

「あなた、どういうつもりですの?」

「なんのことでしょうか」

「ティーナさんのことよ。あなたどうしてそんなに彼女と親しげなの?みんなリリアよりもあの子の味方して、信じられないわ」

「それは、彼女にも魅力があるからですよ」

 課金アイテムの効果でね、と心の中で付け足す。

「そう……」

「リルカ様、私からも一つよろしいですか?」

「何かしら」

「リリア様を貶めようとしたティーナさんを憎む気持ちはわかります。でも、少しだけ彼女の良心を信じてみませんか?」

「……それは、考えさせて貰うわ。ではこれで」

 遠ざかるリルカの背中を見つつ確信する。やはり彼女はティーナのことをよく思っていない。

 『復讐令嬢』はリルカが主人公の物語だ。だから彼女が何故リリアを心から慕っているのかはしっかりと記されている。どうして彼女が復讐の炎を燃やすこととなったのか、それもわかっている。

 けれども私は信じている。未来が変わることを。

 少なくともリリアが今日の夜会で断罪される道は無くなっている。

 このまま行けば、リルカが復讐に燃えエリナ達に報復する未来もなくなるはず。

 私はそれだけを祈っていた。


 夜、灰色のドレスに身を包んだ私はヴァレッタと共に晩餐会の会場にやって来ていた。

 運ばれてきた料理を口に運び、時折水を飲みつつ席が近い殿方からの質問に受け答えする。

 エリナの方は上手くやっているだろうか。それが少し気がかりだ。

「お集まりの皆様に、本日の主役ティーナ・チェルニーよりご挨拶があります」

 その言葉に私は思わずぎょっとする。彼女が大勢の前で挨拶をするなんて聞いていない。

 どうか彼女が失態を晒しませんように。勝手に不安になっている自分がいた。

「えーっと、ご紹介にあずかりました、ティーナ・チェルニーと申します。この度は私のためにこのような会を開いてくださって感謝します。えっとぉ――」

 内容はまだしも話し方が良くない。ちゃんとした貴族だと二度と夜会に呼ばれないレベルだ。まぁ、一般庶民でしかも初めてだからまだ許されるだろうと思えるのが唯一の救いか。

 そこから彼女は持ち前の演技で表情を作りつつ長々と言葉を紡いでいく。

 長い。長過ぎる。内容は相変わらず良いけれど、全体を簡潔にまとめなければ参加者達は飽きてしまう。次にこういう機会がある時は絶対に事前に言って貰おう。でないと聞いていられない。

 ――などと思っている場合ではなかった。

 彼女の長い挨拶が終盤に差し掛かった時、私はどうして彼女が教えてくれなかったのかを理解した。

「最後に、この夜会に参加するにあたって私にドレスを提供してくれたり、テーブルマナーを教えてくれた親友のタルコット子爵令嬢。彼女には大変感謝しております!」

 これを本心だと信じて心から感動してしまった私は浅はかだろうか。

 あの言葉の真意は彼女自身にしかわからない。

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