第五話「マナーはたくさん」

 王宮にて開催される夜会まであと少し。

 全校生徒が呼ばれるので私達貴族はもちろんのこと、一般庶民であるティーナも例外ではない。

 しかもこの夜会は彼女の社交界デビューを兼ねている。

 そんな彼女から協力を要請されたのは、夜会の三日前のことだった。

 私は放課後エリナによって彼女の部屋まで連行された。

「もっとたくさんのイケメンにちやほやされるには、夜会にたくさん呼ばれる必要があるの。だから協力して!」

 部屋の扉を締めるなり彼女が言う。

 なんてわかりやすい目的だろう。彼女の野望は留まることを知らない。

「それにしてもよく知ってたね、そんなこと」

「ランデリック様に聞いたのよ。アンタが教えてくれないから」

「それはごめん」

「いいわよ別に。その辺は最初から頼りにしてないから」

「まぁ……うん、そうだよね」

 当たり前のことなんだけど、なんか刺さる。

「……そんなに落ち込むことないじゃない。それよりも早くテーブルマナー教えなさいよ」

「いいよ」

 今回は晩餐会。つまりテーブルマナーさえきちんとしていればどうにかなるということだ。

 できるだけ丁寧に教え込むとしよう。後で文句を言われないように。

 あ、でも、それだと飽きちゃうかもしれないな。どうしようか。うーむ、悩むなぁ。

「なにをそんなに考え込んでるのよ」

「その、どうやって教えようかと」

「テーブルマナーってそんなに面倒なの?」

「うん。結構難しい」

「もう基本だけで良いわよ。あとはランドリック様達にフォローして貰うから」

「いや、上手くこなして褒められる方が良い顔できるんじゃない?国王陛下達に対しても」

「……それも一理あるわね」

 結果的に私の身に付けている最低限のマナーをしっかり教え込むことにした。けれどもエリナの集中力は私が思うよりも遥かに長く続かなかった。

「あーもう!無理!」

「じゃあ一回休憩ね」

 それを聞いたエリナは何度も瞬きした。そんな彼女に尋ねる。

「どうかした?」

「『もう少し頑張ろうよ』とか言わないのね」

「やる気が無い時に言われると余計やる気がなくなるの、私が一番よくわかってるから」

 これに関しては前世で実証済みだ。

「やる気がないわけじゃないわ。逆ハーライフのためだもの。はい休憩終わり!」

 躍起になっているのか、エリナは自ら休憩を終わらせた。その様子に私は自然と口角が上がる。

「そうこなくっちゃ」

 その方が教えがいがあるもの。

 マンツーマンのテーブルマナー教室は夕刻まで続いた。

「そろそろ夕食の時間だから終わりにしよっか」

「そうね。あー、疲れた!」

 エリナが伸びをする。私は彼女に労いの言葉をかけた。

「お疲れ様」

 けれども彼女はそれに対して礼すら言わず、顔をしかめて尋ねてくる。

「教え忘れとか無いでしょうね?あったら承知しないわよ」

「大丈夫だって。あとは当日できるかどうかだね」

「いや、今からテストよ!アンタ試験官ね!」

「え?」

 突然の宣言と指名に、私は呆気にとられる。

「これから夕食でしょ?教えられた通り完璧にやるから見てなさい」

「わかった……」

 いつの間にか一緒に夕食を食べることが確定している。今までは誘っても「ランデリック様達と食べるから」って別々だったのに。

 たとえ口実があっても彼女と一緒に食事をすることができる。その事実がなんとなく嬉しかった。

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