第6話「夢へもう一度」

 2095年4月8日 総廻市・月士区


 総廻市の都市計画の一つとして、ヒーロー制度が作られたのと同時に学園都市として開発された地域である。

 日本に四つある「異能専校」こと「国立異能専門学校東京校」もこの月士区の中央にあり、異能者を教育し、人々を守るためのヒーローを輩出する名門校としても知られている。


 その性質上、月士区は普通の行政区とは異なる構造を持っている。


 都市の中心部には学園があり、そこから四角の二重構造の地区となった学園都市になっている。これは「大崩壊」による壮絶な戦いの影響で地形が変わってしまった地域の再開発も含め、都市開発の段階でメトゥスだけではなく異能犯罪者を始めとした悪意を持つ者たちから守護するために霊脈が集中しやすい土地と構造を選んだという背景を持つ。


「テレビで何度も見ましたけど、月士区ってこんな感じなんですね。なんというか、独特な雰囲気がするというか」


 月士区第二東衛門で順番を待つ黒塗りの車の中、助手席から誠は外の様子を見ていた。

 最初の第一東衛門を通って来た道で見えた光景では、高層ビルが立ち並ぶ中央区や紅戸区と比べると、高い建物がほとんどなく、最低でも5階建て分の建物しかない。マンションの類ですらそれで、どことなく懐かしい雰囲気のある街並みをしていた。


「そりゃあ、月士区全体が学園都市で学園の敷地内だからな。総廻市の中でも屈指の霊地の上に建てられた学園都市というのは伊達じゃないだろ?」


 運転席で三郎がハンドルを握りながら言った。


「確かに、そんな感じはしますけど……。なんで建物とか、少し古臭い感じのものが多いんですか? 見た感じは綺麗だけど、都市部ではあまり見かけない感じがするというか、懐かしいというか……」


「それどんな感想? まぁいいや。理由としては簡単だ。メトゥスや外敵に対する防衛策でもある」


「防衛策?」


「そう。この街の出入り口は東西南北で四か所のみにある。これはかつて京都に平安京が作られた時のやり方を模倣して、それぞれ四神に見立てて建設されたという事情からだ。仮にメトゥスが外から攻撃してきても、常に展開されている防衛結界によって阻まれ、立ち往生している所をヒーローが対処するという仕組みなんだ。人間の外敵はさっきの衛門もあるし、最新鋭のセキュリティもあるから簡単には入って来れない。あえて古臭くすることで神秘の親和性を高めて防御策とする。まさに科学と魔術のハイブリッドセキュリティってヤツだ」


「そうやって聞くと最早なにかの軍事基地ですね」


 正直な所、警備とかに関しては過剰警備では?と疑問が浮かんだのだが、根本的に対メトゥスを想定していると考えるとそれぐらいが妥当なのかもしれないと誠は納得する。


「こんなの海外のヤツとかと比べるとまだ序の口だよ。イギリスのキャメロットとか、アメリカのマサチューセッツとかにある学園都市も結構なものだ。こっちは民間軍事警備会社PMSCsが警備しているけど、あっちは軍隊が直々に警備しているという徹底ぷりだ。こういう所が、異能者メイガスにとって世知辛い所なんだよ。数が少ないから、手が回らない分、民間に警備とかを委ねるしかないってわけ」


 ため息をつきながら、三郎はアクセルを踏んで前方車両との距離を詰める。


「それはそれとして、本当に大丈夫なんですか? 僕なんかが、本当に入学して……」


「いいんだよ。というか、そうしないと捕まるって話しただろ。引き受けたのはお前さんだし、根回しするの結構骨が折れたんだからなー」


「……はい」


 三郎の言葉にぐうの音も出ない誠。


 目的地に到着するまで時間がかかりそうだったので、助手席から街の景色を見ながら、ここ来ることになったのかを思い出す。



 ◇◆◇



 昨日 総廻市・門上区 総廻市立中央病院 隔離病棟


「お前さん、うちの『異能専校』に入学してもらうことになったから」


「はぁ、そうですか。…………ってはぁぁぁぁぁっ!?」


 三郎からとんでもないことを言われて声が出た誠。


“いやいや、本当に意味わからないんだけど!? というか嘘言っていないっぽいし、なんでそんなとんでもないことを言っちゃっているの!?”


 あまりの突然の出来事に誠の脳内は絶賛困惑中だった。

「今から散歩に行かない?」ぐらいの軽い感覚で異能専校に入学してもらうなんて言われてしまっては、困惑するのも無理はないのである。


「既に手続きとか、そういうのを終えているから。今日中に退院できるので、そのまま家に帰って向こうに行く準備を早急にしてもらうって感じだが」


「ま、待って、待ってください! 一体どういうことなのか説明してくださいよ!」


「言葉の通りというか、ぶっちゃけそれしかないというか。さっきも言ったけどお前さん、割と本気で社会的にピンチだったんだぞ?」


「う……」


 そう言われ、誠は押し黙ってしまう。

 自分の人生を狂わせる要因になった“眼”の正体が実は異能ミュトスであることを知らず、正当防衛のためとはいえ紅戸区で無自覚に“眼”を使ってメトゥスを倒してしまった。

 理不尽でどうしたらよかったんだと言いたくなるのだが、それをこんな所で言ってもしょうがないと飲み込んだ。


「君の話を紅戸区での一件を聞いて、ピンと来たんだ。だからオレの方から上に掛け合って根回しをして、君を異能専校に特待生として入学してもらいたいと思ってな。全寮制だし、特待生としての入学だから学費に関しても大幅に免除されるというお得なお話だ」


「と、特待生で、しかも学費の大幅免除……!?」


 とんでもない破格の待遇(誠基準)で誠は思わず目をひん剥いてしまった。現在住んでいる家でも完全に銀司の収入に依存していることもあって、個人的に気にしていた誠にとって学費の大幅免除というのは入学予定だった高校では絶対になかったものだ。 しかも全寮制という通学に関しても経済的に優しいという。


「で、でも。ピンときたって、そんなの適当すぎでしょう。いくら異能者だからって異能専校への入学義務があるとはいえ、特待生とか普通ならありえないですよ。なにを、考えているのですか?」


 だが、誠にとっては解消できていない問題がまだある。

 至極単純、なぜ特待生としての入学ということになるのか。そこは通常の入学、もしくは転校による編入ではないのかと誠は疑問に思った。


「特待生というのは、純粋に推薦入学をした者であること、異能ミュトスの性質上、個人の力だけでは到底管理しきれないものであること、そしてこれまでに前例のない能力を持っていることといった条件で入学した生徒だ。お前さんの場合は後者……本来先天性の機能である魔眼を異能ミュトスとして開花したというイレギュラーの異能者ということになる」


「それで僕は特待生として入学してもらう、ということですか」


「そういうこと。さっきも言ったけど、俺ですら初めて聞いた話だからな。だからこそ、上の連中もうるさかったし、俺一人の力だけではお前を入学させるなんて力技は実現しなかった」


「? もしかして、貴方以外に掛け合った人がいたのですか?」


 三郎の一言が気になり、誠は質問する。


「ああ。俺以外にもう一人、君を推薦したんだよ。叶うのなら、立派なヒーローに育ててやってくれってね。全く、相変わらずギリギリの瀬戸際になってから上手くやる男だ」


 そういう三郎の顔には、どこかやれやれと言いつつも嬉しそうな表情を浮かべていた。だが、その表情の意味を誠はわからない。


「……誰が推薦したのか知らないですけど、僕はヒーローになるなんて言っていませんから。在学中に甲種取ればいいってことじゃないですか?」


 誠からすれば、こっちの事情なんて知らずに「立派なヒーローに育ててやってくれ」なんてあまりにも余計なお世話としか言いようがない。


「いいや。君の場合、上の連中から条件をつけられているんだよ」


「条件?」


「そう。式波誠が3年の在学中に丙種異能許可証ヒーローライセンスを取らなかったら逮捕するってね」


「は……? なんですか、それ……」


 三郎の口から出た言葉に誠は開いた口が塞がらず、どう考えても自分の意思なんかどこにもないそれに怒りが募った。


「厳しいようだけど、これが最低限の譲歩だった。知らなかったとはいえ、君のその特異な異能ミュトスの性質を無視することが出来ない上層部の連中が考えそうなことだし、何をするかもわからない。選択肢がないと言われてもしょうがないことだ。俺としては、お前さんにも選ぶ権利があると思うんだけど、こればかりはどうしようもない」


「……」


 怒りのままに“眼”を向けて見ても、三郎の“炎”は一切の乱れもなく、“声”も聞こえてこない。嘘偽りなく、ただありのままに言っている。

 遠慮もない。躊躇いもない。淡々と事実のみを語っている。それがわかってしまうだけで、誠の中の怒りが静かになってしまう。


「それに……。俺は、お前さんのしたことは間違いだとは思わない」


 三郎は椅子に座ったまま、真っすぐに誠を見て言った。


「あの周辺は人通りが少なかったと言っても、ちょっと移動すれば人がたくさんいる大通りがある場所だ。仮に君があのメトゥスを倒していなかったら、多くの犠牲者が出ていたに違いなかったと思う」


「それは……。あの時、僕は彩羽を守りたかっただけで……。ただ、助けないといけないと思っただけで……」


「ほら、それだ」


「え?」


 ビシっと指を指され、誠は驚く。


「人間というのはそんな状況にいきなり出くわしたりしたら、すぐに体を動かすことが出来ない生き物だし、戦うという選択を最初に取れない。誰かを助けるのに自分の損得を考える人もいるし、自分の保身のために見捨てて逃げ出す人もいる。力がない人なら尚更そうだろうさ。だが、お前さんはそうしなかった。法律がどうとか以前に、あの時のお前さんの起こした行動は、確かに“ヒーロー”そのものだったんだよ」


「……」


 本当に、バカげている。

 誠にとって、あの時はひたすら必死でただ「助けたい」「誰も死んでほしくない」という理由でしかないはずだった。

 助けることが出来たのは結果論であって、自分なんかが誰かの助けになれるなんて、思えなかった。

 彼の言葉は正しいけど、何も知らないのになにを、と真正面で否定したくなる。


 “あの時のお前さんの起こした行動は、確かに“ヒーロー”そのものだったんだよ”


 ……だからこそ、三郎のその言葉は、どこまでも深く少年の胸を打ったのだった。


いつか諦め果てた、自分がなりたかったものを、成り行きであったとしても三郎は肯定してくれたのだから。


「僕、は……」


 俯いたままの誠は、近くにあった手鏡で改めて自分の“眼”を見る。


 まるで子供の頃に見た宝石のような色合いを持つ、鮮やかな赤い目。人ならざる何かのようで、自分のものなのに自分のものではないと思ってしまう。


「決めるのはお前さんだよ。その決意は、これからのお前さんを形作るものになるのだからな」


 背中を押すように、三郎の言葉がかけられる。


 ……それが、少年の心にどれほど大きな影響を及ぼしたのかはわからない。だが確かなきっかけにはなった。


 故に。


「僕は、異能専校に行って……。もう一度、ヒーローを目指します」


 半ば強制的な状況であったとしても、もう一度自分で選ぶと決めたのだった。

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