第5話 魔物と名前

「真白。大事な話をしましょう」


 配信が終わるとリンドヴルムさんが私に声をかけた。そのままリンドヴルムさんの方向を見るとリンドヴルムさんが食い気味でこっちを見ていた。


「リンドヴルムさんの名前の確認ですよ」

「どんな話でも真白にとって大事な話は僕にとって大事な話です」


 最初は興味が無さそうだったのにな。念のため確認するように言うが、リンドヴルムさんは変わらずに食い気味で早口だった。

 ちょっと怖いのでリンドヴルムさんに気付かれないように距離を取ってから話しかける。


「えーっと……なら良いんですが。そしたら……確認をさせて下さい。リンドヴルムさんは名前がないと言っていましたが、何か特別な理由があるんですか?」

「ないですよ。ただ不必要なだけです。ダンジョン内で僕は光の竜と識別されていますからね。人にもリンドヴルムと呼ばれているみたいですし。それに真白が僕と認識してくれれば十分です」

「けど、リンドヴルムさん以外のリンドヴルムが現れた時はわかりにくいとは」

「思わないですよ。そもそも僕以外のリンドヴルムいるかもわからないですからね。それに真白は僕の事をリンドヴルムと呼びますし、差別化は出来ています。問題ないです」

「そう、でしたか」


 どうやら余計なお世話だったらしい。そのままリンドヴルムさんを見ていると不思議そうな表情をしていた。


「人は名前に拘るんですね」

「拘ると言うか、人って呼ばれるのはあまり嬉しくないです。私は羊川真白で。……だからリンドヴルムさんもリンドヴルムさんと呼ばれるのは嫌かもしれないって思ったんです」

「僕がリンドヴルムと?」

「はい。そのっ、ただ私が勝手に思っただけなので気にしないで下さい」


 話していたらそもそも興味を持っていなかったってのがわかった。

 リンドヴルムさんはリンドヴルムさん。それでいい。よし、この話は終わらせよう。自分のカップを持って台所へ行こうとしたらリンドヴルムさんが引き留めるように私を呼んだ。


「真白」


 なんだろう? 声の方向を見るとリンドヴルムさんが窺うような表情で私を見ていた。


「もし僕が名前を欲しいと言ったら真白は名前をつけてくれますか?」

「え? 私が? リンドヴルムさんの」

「はい。もし、真白がくれるなら欲しいです」


 私がくれるなら。何でも良いから欲しいみたいな言い方だな。名前はそんな軽いものじゃない。名前は一度ついたら人の世界にいる限りはついて来てしまうものだ。


「そんな簡単に頼むものじゃないですよ。名前はとても大事で」

「はい。真白にとって大事な物なので欲しいんです」


 リンドヴルムさんが私の言葉を遮りながら早口で言った。

 あーこれは決まるまで聞いて来そうだ。うーん……別に私が名前を考えたからその名前をずっと使わないといけないわけではないしな。

 リンドヴルムさんはしっかり自分の考えを持っているし、自分の好きな名前を名乗るのが一番良い。


「リンドヴルムさん。もし私が考えた名前が気に入らなかったら、すぐに捨てて下さいね」

「はい」


 明るい声色だった。本当にそう思っているかは謎だが。

 ってそれよりもリンドヴルムさんの名前。……そう急に考えて簡単に出てくる物ではない。


「えーっと。何か希望がありますか」

「特にないですが、強いて言えば、動物をいれるなら竜。色をいれるなら白が良いですね。ほら白い竜に兎黒とぐろとかはおかしいですし」


 たとえがずれている。

 だけど言いたい事はなんとなくわかる。と言うかそんなツッコミ待ちな名前をつけるわけはない。


「そんな事しませんよ。名前は大事なものなんですよ」


 リンドヴルムさんに返事をしながら考える。

 動物なら竜。リンドヴルムさんは良く自分の事を竜と言っているし、竜は入れた方が良いかな。

 他に特徴はないかな? 白竜ぱいろんは安直すぎるし、光……光竜こうりゅうはそのまんまだ。

 ひかり。ひかる。かがやき。輝く竜。きりゅう? 違うな。りゅうき。いや、それよりも


「たつき」


 思い浮かんだ言葉を言うと、リンドヴルムさんがこちらを見た。


「たつき?」

「竜に輝くで、たつき。です」


 リンドヴルムさんは何も言わずにじっと私を見続けていた。もしかして気に入らなかったとか。


「や、やっぱりリンドヴルムさんが決めて下さい」

「竜輝が良いです!」

「良いですよ。気を遣わないで」

「思っていたよりも綺麗な名前でしたので、びっくりしていただけです」

「思っていたよりもってなんですか!」


 気に入らないなはっきり言って欲しい。リンドヴルムさんの気持ちを窺うようにじっと見るとリンドヴルムさんが困ったように笑った。


「真白が僕の事を考えながらつけてくれるだけで十分だったんです。なのに僕らしい名前を考えてくれた。それがとても嬉しいです」

「そりゃあ。もしかしたらこれからずっと使い続けるかもしれないんですよ。ちゃんと考えます」

「かもではないです。ずっと使いたいです。貰っても良いですか」


 ふわりと笑いながら言った。そう言われたら私は”はい”以外は言えないってわかっているのに、リンドヴルムさんはずるい。


「はい」


 観念するように言うとリンドヴルムさんが満足げに笑った。


「ふふっ。これからは僕の事を竜輝と呼んで下さいね」

「リンドヴルムさんの事を?」

「リンドヴルムじゃなくて、竜輝ですよ」


 窘めるようにリンドヴルムさんが言った。もうリンドヴルムさんとは呼んではいけないらしい。


「た、つき、さん」

「はい。……名前なんて不必要と思ったんですが、実際貰うととても特別な感じがしますね」


 とても嬉しそうに微笑んだ。リンドヴルムさんに名前を送ったのは良かったかもしれないけど、進んではいけないものが進んでしまった気がした。

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